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コメ政策は誰のものか・・・食料安保の最前線で農水省の“読み違い”がなぜ起きたのか?混迷極めた2025年を振り返る

経済
2026-01-01 06:30

コメ不足、備蓄米の放出、史上最高値、農水大臣の失言、農政の歴史的大転換、おこめ券――。まさに政府のコメ政策に振り回された1年だった。


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“令和のコメ騒動”の渦中にいた農水省担当の記者である私にとって、「コメに始まりコメに終わった1年」となったことは間違いない。


あの時、現場では何が起きていたのか――。その舞台裏を振り返る。


突如として起きた“令和のコメ騒動” 世間と乖離した農水省

「コメ不足」


そんな言葉が世間に飛び交うようになったのは2024年8月。


この時、「南海トラフ地震臨時情報」をきっかけにパニック買いが起き、スーパーの棚からはコメが忽然と消えた。


前年の猛暑による不作と相まって、じわりじわりとコメ価格が上昇。7月中旬時点では2400円程度だったのに対し、8月末には2800円近くに。


当時の農水大臣だった坂本哲志氏は「新米が出回れば価格は落ち着く」と会見で繰り返し述べ、楽観的とも言える姿勢を貫いた。


また、農水省内の複数幹部からは「コメは必ずどこかにある」「高くて買わないなら、それはそれで仕方ない」といった、世間の感覚とはどこか乖離した声も聞かれた。


一方、大阪府の吉村洋文知事が突きつけたのが“備蓄米”という切り札だった。「倉庫に眠らせておく必要はない」とし、農水省に対し政府備蓄米を放出するよう要望したのだ。


しかし、政府の予想とは裏腹に秋を過ぎても、年を越して2025年になってもスーパーにコメが十分に出回ることはなく、消費者は旅行先でコメを買うなど想像とは一線を画すような状況となっていた。


2025年1月、コメの価格は3600円台に。4000円という大台が目前に迫っていた。この状況下で農水大臣だったのが江藤拓氏だ。


コメ政策に注目が集まる中・・・大臣から飛び出した“前代未聞”の大失言

2024年11月の第2次石破内閣で入閣。農林族の代表格で、農水大臣としては2度目の登板だったため、省内からは少し雰囲気が変わるのではないかとの声が聞こえていた。


就任直後の会見で江藤氏は「今の値段が高くても仕方がないのだと、高くても当たり前なのだと言うつもりはありませんが、ただ今回のことによって、農業の現場では一息ついたという声も、多々あるということ」と語っていたが、後に国民感情を逆なでする問題発言をすることとなる。


2025年に入ると、官邸では“下がらないコメ価格”を受けて、とうとう「備蓄米の放出」を検討する動きがちらつき始めていた。


農水省幹部は当時の様子について「価格を抑えるためという理由では出したくなかったが、官邸からの圧力がすごかった」と振り返る。


2月中旬、備蓄米21万トンをようやく放出することを表明。コメ価格高騰の要因について当時、農水省は「流通の目詰まりだ」と繰り返し強調し続けた。


“市場に安価なコメが出回れば品薄感は和らぎ、コメ価格は落ち着く――”


どこか期待と安堵が入り交じる空気が省内に広がっていた。しかし、それはすぐに裏切られることとなる。


放出を表明してから2か月経った4月になっても、スーパーなどの小売や飲食店にたどり着いたのは全体の2%=4179トンだった。


省内からは「通常の取引と異なり調整に時間を要している」「これまでやったことないことが最初からスムーズには進まない」と、不満にも似た声が飛び交っていた。


そんな“コメ政策”に対し、国民の注目度が高まっていた最中だった。


5月18日。江藤氏から「コメは買ったことがない。売るほどある」と、前代未聞の失言が飛び出したのだ。この直後、農水省幹部は「なぜあんな発言に至ったのか、勘弁してほしい」と頭を抱えていた。


石破前総理はいったんは江藤氏を続投させる考えを示したが、野党の攻勢を受け、失言からわずか4日で更迭に追い込まれた。


そして、この状況を挽回すべく、石破前総理が国会で「米価は3000円台でなければならない」と言及。そのピンチヒッターとして登板することとなったのが、小泉進次郎氏だった。


“超”異例のスピード政策 記者が感じた“常軌を逸した”雰囲気

5月21日、就任直後の小泉氏は自身を“コメ担当大臣”と位置づけ、怒濤のコメ政策に舵を切り始めた。


翌日からテレビ出演、現場視察も精力的に行った。小泉氏の登庁・退庁時はほぼ毎日会見がセッティングされ、コメに関して何かしら発信。その発言の一挙手一投足に記者らは踊らされることとなった。


「5キロ2000円程度」「6月頭には店頭に並べられる」とまさに小泉氏らしいキャッチーな言葉を会見で並べ、予定されていた備蓄米の入札は中止。スーパーなどへ直接売り渡す「随意契約」での放出に切り替え、“超異例のスピード感”でコメ政策を推し進めていった。


そして、省内でも“ある変化”を目撃することに。


就任した翌週の5月26日、省内に事務次官をトップとする“コメ対策強化チーム”を急きょ立ち上げた。地方農政局を含めると500人規模となり、地域ごとの店頭価格調査や随意契約の申請業務補助などの作業が行われていたのだ。まさにコメに対し、常軌を逸した雰囲気が漂っていた。


「備蓄米」が生んだ代償 続かなかった“劇薬”の効果

小泉氏の就任からわずか10日。随意契約の備蓄米が店頭に並んだ。相場より半額のコメを求め「安く買いたい」消費者が殺到。長蛇の列となった。


“備蓄米ビジネス”は企業にとっても緊急対応案件となり、当時、私は「いま日本では主食のコメを巡り、とんでもないことが起きている」と国民の関心の高さ、そしてコメ政策の重要さを再認識したことを鮮明に覚えている。


結果、備蓄米を大量放出したことで品薄感は改善。


5月中旬には平均価格が4285円と過去最高値を更新していたが、6月中旬には4か月ぶりに3000円台に。価格高騰は一旦落ち着き、参院選を前に“石破前総理の宣言”を果たしたのだった。


しかし、“備蓄米の大量放出”といった劇薬の効果もそう長くは続かなかった-


まだ小泉氏が農水大臣を務めていた7月下旬頃からコメ価格が上昇に転じ始め、高い新米が本格的に出回り始めた9月には4000円台に逆戻り。


まさにその場しのぎの政策となってしまい、農水省内からも「来年の春先まで、このまま4000円台が続くだろう」といった少し諦めにも近い雰囲気が流れ始めていた。


小泉氏は“コメ担当大臣”としての職責を果たす一方で、次第に総裁選への対応に比重を移していった。


結果、随意契約の備蓄米放出前の価格水準、5キロ4000円超えに戻り、農水大臣を離れることとなったのだ。


「コメ不足」を認めた農水省 大転換の陰に「農水省の失敗」指摘も

結局、いまも高止まりが続くコメ価格。


7月1日、石破前総理は関係閣僚会議で2025年産からコメを増産する方針を示した。「今般の価格高騰の要因や対応の検証は重要」と述べ、検証を進めることも指示した。


そして、約1か月後の8月5日。再び行われた会議で、一連の価格高騰は「コメ不足」が要因だったとする検証結果を公表したのだ。


この事態を受け、値崩れを防ぐために生産量を抑えてきた「事実上の減反政策」を見直し、「需要に応じた増産」に舵を切ることを改めて表明したのだ。


農業政策の歴史的な大転換だった。


農水省はこれまで頑なに「コメ不足」は認めず、「コメは足りている」との主張を繰り返してきた。ただ、誰が見ても明白だったコメ不足。


なぜその姿勢を崩すことになったのか。


官僚のひとりは、「検証の結果、データとして裏付けられた。需要に対して“足りなかった”」「引き金を引いてしまったのは農水省だから反省しなきゃいけない」と述べ、別の幹部からは「早く認めるべきだった」「農水省の失政だ」との声まで聞かれた。


「事実上の減反政策」への先祖返り・・・コメ政策は誰のものか?

しかし、10月――。農水省の官僚出身で“はえぬき”の鈴木憲和氏が大臣に就任した瞬間だった。


「マーケットの中で不足感があれば現場で増産をする。そして供給過剰であれば、逆に生産を抑制していく。これが需要に応じた生産だ」と述べ、「増産路線」から一転、「需要に応じた生産」を基本とする考えを強調したのだ。


増産が招く過剰供給や価格暴落のリスク、特に生産者の経営不安定化を最重要課題と位置づけ、農政は再転換へ――


舵を切り直す形となった。これには、「事実上の減反政策」に先祖返りしたとの見方もある。


鈴木大臣は「無責任にずっと増産をし続けるのは、コメのマーケットが拡大しないうちは難しい」として、まずは海外マーケットの開拓も含めて需要創出を優先し、増産を進めることが必要だとしている。


年末にかけては「おこめ券」が話題に。物価高対策として自治体に推奨するなど鈴木大臣肝いりの政策だったが、高止まりするコメ価格を下支えする狙いがあるのではないかと、批判の声が相次いだ。


果たしてコメ政策はいったい誰のものなのか――


日本人の主食であるコメを持続可能に、そして安定的に供給できるようにすることは、引き続き政府一丸となって取り組むべき課題であることは言うまでもない。


取材後記

「コメ不足」を振り返ると、備蓄米の放出はやはり遅かった、そこに尽きると思う。農水省官僚から「省内の全員が当時の対応について、いいと思っていたわけではない」との声を聞いた時、ではなぜもっと早く手を打つことができなかったのか、と腑に落ちなかった。


備蓄米の放出に歴史的な農政の大転換――。そして、大臣の交代を重ねても店頭価格が高いまま終了した2025年。全て後手後手に回った感が否めず、来年に向けても課題が色濃く残った。ある幹部も「年が明けてもコメ問題は続く」と話す。


変わる大臣に振り回される官僚や生産者、そして消費者。しわ寄せの先は、結局いつも現場だ。


農水省担当として、消費者のための政策になっているのかを節節に自問した。下げるための「劇薬」は果たして本当にあったのか。一過性のものにしかすぎなかっただろう。


業者間での取引価格はすでに下落傾向にあり、2026年、徐々に店頭価格も下がっていくとの見方がある。


日本人の大事な主食であるコメ。そのコメについて考えることがない日はなかった1年だった。


毎日テレビや新聞で取り上げられ、「もうそろそろ良いのではないか」と思ったこともあった。だが、コメ政策の持続性について腰を据えてしっかり考えるべき時は恐らくいまだろう。


一連の取材を通して得た経験をしっかり今後に活かし、正しくないことは正しくないと引き続きしっかり世の中に伝えていきたい。


TBS報道局経済部 田中優衣


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