
ミャンマーとタイの国境付近で行われている特殊詐欺。中国系犯罪集団が日本人を含む多くの外国人を騙してその拠点に連れて行き、詐欺に加担させている。筆者はその詐欺拠点の対岸にあるタイ西部の「国境の街」メーソートに入った。そこで取材した筆者が感じたメーソートの“日常”と“危うさ”とは。
ミャンマーの詐欺拠点では、殺人や暴力も横行しているとされ、タイなどを経由して連れてこられた外国人の中には複数の日本人もいたことが明らかになっている。各国が自国民解放の圧力をかけたことで、詐欺拠点がある地域を支配するミャンマーの少数民族武装勢力が“摘発”に乗り出しているが、犯罪集団は周囲の別の場所に新たな拠点を建設するなどして、活動を続けているとみられている。
タイ側の「国境の街」メーソート 空港も警戒態勢に
2月下旬、私は取材のため日本から飛行機でタイの首都バンコクに向かい、さらに乗り継いで約1時間ほどでタイ側の「国境の街」メーソートに着いた。
預け荷物を受け取りロビーに出ると、タイ軍の兵士らが外国人の渡航目的や身分証明書を確認していて、外国人が長蛇の列をなしていた。
1日に2〜5本程度しか飛行機が発着しない、のどかな雰囲気の空港とは思えないような警戒態勢だった。
「鉄柵の向こう側はミャンマー」 国境を感じさせる街メーソート
メーソートを車で走ると、想像以上に発展していると感じた。訪れる前は店もあまりない田舎を想像していたが、実際には大型のショッピングモールや飲食店も多くあり、中心地には至る所にコンビニが建っている。
メーソートには現在、タイとミャンマーを結ぶ、入国管理施設がある橋が2つ設けられている。そのうちの1つ、第1友好橋のすぐ近くに「国境」を間近に感じられる場所がある。これがその写真だ。
商店が並び、市場のようになっていて、この奥には川が流れている。私たちがその横を車で通っていると、タイ人のスタッフが「道とお店の間に鉄柵が見えるでしょ。鉄柵の向こうはミャンマーだよ。並んでいるお店はもうミャンマー側」と言ってきた。私は「ミャンマーは川の向こうではなく?」と思わず聞き返してしまった。
つまり、鉄柵を挟んで、ミャンマー側のお店から物を買うことができるのだ。
道に掲げられている標識や看板にも、タイ語に加えて、当たり前のようにビルマ語が書かれている。また、木からできたミャンマーの伝統的な化粧品“タナカ”を顔に塗ったミャンマー人も多く見かけ、彼らが営むミャンマー料理の店もある。
ガソリンスタンドに“変化” ミャンマーからの車で長蛇の列が
元々ミャンマーとの間で人の行き来が多いメーソートではあるが、ミャンマー側の特殊詐欺拠点が注目を浴びるようになったことによる変化もあるという。その変化が目に見えて分かるのがガソリンスタンドだった。
中国系詐欺集団の活動を弱体化させようと、タイ政府はそれまで行っていたミャンマー側への電力や燃料の供給を停止するなど対策を強化した。それに伴い、ミャンマーから多くの車が給油のためにメーソートのガソリンスタンドに来るようになったのだ。
ガソリンスタンドの店員は「燃料の供給が停止される前は、ミャンマーからの車はあまり見かけなかったが、今では1日200〜300台が訪れるようになった」と話した。時折燃料が足りなくなり、タイの地元住民から不満の声を聞くこともあるという。
一方、ミャンマーから給油のために訪れた運転手は、「国境の橋が給油のためにタイ側へ向かう車で渋滞していて、朝の6時から並んできた。ミャンマー側には燃料が無く大変だ」と嘆いていた。
犯罪集団の“財力”示す巨大な詐欺拠点 「KKパーク」
メーソート中心部から車で10分ほどの位置に、ミャンマー側の特殊詐欺拠点の1つ「KKパーク」が見える場所がある。
先に現地入りしていた先輩カメラマンからは「毎日のように訪れると、川の向こうがミャンマーだということも、対岸には特殊詐欺拠点があるということにも慣れてきて、なんの驚きも無くなってしまう。新鮮な気持ちでぜひ見て欲しい」と言われていた。
左右に農場が広がる道を少し走ると、ミャンマー側へ不法に越境する外国人がいないか確認するためのタイ軍による検問所が現れ、そこを通過すると次第に家屋が並ぶ景色へと変化していった。
すると突如、道路と並行して流れるモエイ川の向こうに大きな建物が現れた。私たちがいるタイ側には木造の伝統的な家屋が並んでいたため、対岸のコンクリート造りの大きな建物はとても異様な光景だった。
「あれがKKパークか…」思わず声が出た。田舎に突如現れる巨大な建物は、まるで犯罪集団の“財力”を見せつけるかのようだった。中で働いている人たちが逃げないようにするためか、周囲は高い塀で囲まれていて、監視塔もあった。
特殊詐欺拠点「KKパーク」の対岸に暮らす住民たちの“日常”と“変化” 世代によって異なる認識も
私たちは早速取材を開始し、地元住民に「KKパーク」について話を聞くことにした。すると世代によってKKパークに対する認識の違いが垣間見えた。
高齢の住民に「対岸のあの建物が何なのか知ってますか」と尋ねてみると、「よく分からない」という言葉が返ってくることが多かった。人身売買が行われているとされ、「一度入ったら帰ってこられない」とも言われている詐欺拠点がすぐ目の前に建っているにもかかわらず、「よく分からない」と言うのは驚きだった。しかし、詐欺に加担させられる可能性が低い高齢者からすると「KKパーク」も日常の風景の一部に過ぎないのかもしれない。
だが、もう少し若い世代に話を聞くと、KKパークへの不満やそこから逃げてくる人たちに関する情報を口にする人も多くいた。「刺されて怪我をしながら対岸から逃げてきた中国人を見たことがある」と話す女性は、「タイ政府が電力を遮断する前はKKパークから大音量の音楽が流れていてうるさくて寝られなかった」と当時の不満を口にした。そして、「ミャンマー側への電力が遮断されるようになってからは、音が静かになって嬉しい」と喜んでいた。
ただ、彼女はKKパーク内部で行われている犯罪行為などについてはあまり知らず、彼女にとってKKパークは、あくまでも自分が生活するうえで“迷惑をかけてくるご近所さん”くらいの位置づけであるように感じられた。
さらに年齢層が低い若者たちは、対岸の詐欺拠点をより強く意識して生活しているようだった。
22歳の男性は、タイ人の友人(当時17歳)がミャンマー側の詐欺拠点で働いたことがあると話した。学校に通わず無職だった友人は去年、騙されてKKパークに連れて行かれ、半年ほど働かされたという。友人は「携帯電話は押収され、十分な食事も与えられなかった。他の人が暴力を振るわれているのを見た。“仕事が上手くできなければ売り飛ばす”と脅迫された」と語っていたそうだ。
友人からそうした話を聞いたこともあってか、男性はKKパークについて「行きたい所ではない」と話した。また、最近は友人とのグループチャットでもミャンマーの詐欺拠点から大勢の外国人が解放されたニュースが共有されているそうで、犯罪集団のターゲットになりやすい若者たちの関心は高かった。
日本人も巻き込まれるミャンマーでの特殊詐欺…垣間見えた「簡単に行けてしまう危うさ」
日本人の高校生2人が詐欺拠点で働かされていたというニュースは世間を驚かせた。例に漏れず、私も衝撃を受けた。愛知県に住む16歳の男子高校生はネット上でやり取りしていた相手から「特技を生かせる仕事がある」などと勧誘されたという。
メーソートを訪れる前、私は「日本から遠く離れた場所から特殊詐欺が行われているのか」と考えていたが、今回の取材を通して感じたのは「いとも簡単に詐欺拠点へと行けてしまう危うさ」だ。タイ当局が警戒を強めているものの、依然として国境となる川は歩いて渡れてしまいそうな場所があったり、検問のない小さな橋が架かっていたりと、正式な手続きを経ずに越境できてしまう状態だった。簡単に渡れる場所だからこそ、犯罪組織にとっては外国人を連れ込みやすいのだろう。
だが、対岸の詐欺拠点を間近に見たり、住民などから「暴力や殺人なども横行している」という話を直接聞いたりして、「絶対に行くべきではない場所」でもあると改めて感じた。闇バイトに応募して軽はずみに渡ってはいけない場所だ。
少数民族武装勢力が“取り締まり”を強化したことで、犯罪集団がカンボジアなど他の国に拠点を移しているとの情報もある。しかし、タイ当局は「犯罪集団がまだ活動を続けている」としている。少数民族武装勢力はもともと犯罪集団と利権でつながっていたと指摘されていて、“取り締まり”も国際社会からの批判をかわすための“その場しのぎ”のパフォーマンスなのかもしれない。
「ミャンマーとの国境の街」メーソートが「詐欺拠点に隣接する街」でなくなる日は来るのだろうか。いまだ複数の日本人がいるとされる詐欺拠点をめぐる動きを、今後も注視していく必要がある。
・スマホのバッテリーを長持ちさせるコツは?意外と知らない“スマホ充電の落とし穴”を専門家が解説【ひるおび】
・「パクされて自撮りを…」少年が初めて明かした「子どもキャンプの性被害」 審議進む日本版DBS “性暴力は許さない”姿勢や対策“見える化”し共有を【news23】
・【検証】「布団の上に毛布」が暖かい説 毛布は布団の「上」か「下」か 毛布の正しい使い方【Nスタ解説】