
私たちが普段何気なく見ているYouTubeやInstagram。
こうした海外のサーバーを介した通信のほぼすべてが「海底ケーブル」を通じてやりとりされていることをご存じだろうか。
【写真を見る】“地球37周分”日本が誇る通信の生命線「海底ケーブル」 AI時代支えるハイテク通信の最前線で見えた壮大な“アナログ”の世界【前編】
国際通信の99%は海底ケーブルが担い、衛星通信はわずか1%に過ぎない。
海底ケーブルはまさに人々の通信を担う「生命線」だ。
では、その海底ケーブルはどのように作られ、どのように海に敷かれ、どのように修理をしているのか──
その“秘密”を知るべく、ケーブルの製造工場と敷設船の現場を訪ねた。
(前編・後編のうち前編)
国際通信の99%以上 AI時代の「第2次海底ケーブルブーム」
海底ケーブルの歴史は意外にも古い。
1851年、イギリス・フランス間のドーバー海峡を横断し、モールス信号による通信を実現したことが始まりとされる。その後、イギリスは世界各地の植民地を結ぶため海底ケーブル網を拡大した。
日本では1871年に長崎と上海を結ぶ海底ケーブルが敷設され、初めての国際通信を実現した。
そして、現代。
インターネットの登場によって国際通信量は爆発的に増加。さらに膨大な通信量を必要とするAI=人工知能時代を迎え、海底ケーブルの重要性はかつてないほどに高まっている。
これまで通信会社が主導してきた海底ケーブル敷設だが、現在ではGAFAMなどの巨大IT企業が多額の投資を行うなどし、世界ではいま1990年前後以来の「第2次海底ケーブルブーム」とも呼べる現象が起きている。
実は日本が握る“通信の要” 製造の現場に密着
世界の通信を支える海底ケーブル。その製造で重要な役割を果たしているのが日本だ。
北九州にある国内で唯一、通信海底ケーブルを製造するNECグループの工場。ここで作られる海底ケーブルはフランス、アメリカの企業に次ぎ、世界シェア第3位を誇る。
工場の中に入ると、直径2mを超える銅線の巨大な筒や、高さ10m近いケーブルを巻くためのタンクが並び、そのスケールに圧倒される。
ケーブルには大別すると太いものと細いものがある。
岩場や珊瑚礁があったり、漁業など人の活動が多い浅瀬では、断線しないよう鉄線で二重に補強された「ダブルアーマー」と呼ばれる太いケーブルを使用する。一方、障害物の少ない深海では、細いケーブルが使われる。
浅瀬用のダブルアーマーは、持ち上げるとずっしりと重く非常に頑丈。それでも、船の錨が引っかかったり、地震で地盤が動いたりすると、破損や切断は避けられないという。
そして、海底ケーブルの中で最も重要なのが「光ファイバー」。髪の毛ほどの細さの光ファイバーを48本束ねることで、海底ケーブル1本で「ギガ」の100万倍にあたる「ペタ」単位の通信量を実現。これは最新の衛星160機分に相当する通信量だ。
太平洋1万2000kmを支えるのは“人力”?
世界中に張り巡らされた海底ケーブルの地図を見ると・・・その総延長距離は約148万km、地球37周分に相当する。
NECグループ OCC 川上浩 社長
「このタンク1つに巻く量は90kmだと思ってください」
「中継機を接続して、接続して、接続して、結局1万kmとかそういう距離になる」
たとえば、日本とアメリカを結ぶ海底ケーブルはおよそ1万2000km。約100kmごとに「中継機」を接続し、光信号の減衰を防ぎながら太平洋を横断している。
そして驚くのが、完成したケーブルは機械ではなく人の手で巻いていくこと。ほとんどの作業は機械化されているものの、ケーブルがねじれやすいため、いまでも「巻く」作業は“人力”が欠かせない。
日本に5隻 世界に64隻しかない海底ケーブル敷設船
完成したケーブルは、専用船に積み込まれる。
こうした海底ケーブル専用の敷設・保守船は日本に5隻しかなく、世界でも64隻という貴重な船だ。
この船は、荒れた海でも“ピンポイントの場所に止まり続ける”必要があるため、スクリューが360度回転する特殊な仕組みを備えている。
狭い船内を進むと、巨大な「ケーブルの保管場所」にたどり着く。
驚いたのは、工場で巻いたケーブルを船に積むために一度ほどき、さらに船内で再び手作業で巻くということ。
NTTワールドエンジニアリングマリン 桜井淳 船長
「ケーブルを船に積み込むだけで1か月半くらいかかりますね。例えば2000km誰かがそこを歩いているわけですから。太平洋の真ん中まで誰かが歩いて行っているのと同じことです」
この船には最大4000kmのケーブルを積載できる。
作業員はその距離分歩かなければならないため、交代制で昼夜1か月以上かけて巻き続ける。
そして、やっとケーブルを積み込み終えると、ようやく船が出航。海底にケーブルを敷いていく。
浅瀬ではケーブルを守るため海底を2mを掘って埋設し、水深2000m以下の深海では漁業などの活動が行われないため細いケーブルをそのまま海底に敷設していく。
敷設を進めていき、反対岸に到達すると、陸地ではケーブルをまるで“地引網”のように引きあげる。この手法は、100年前とほとんど変わらないそうだ。
深海8000mでケーブルが切れたら? “世界一難しいクレーンゲーム”とは
こうして海に敷かれたケーブルは、通信事業者によって24時間監視されている。
万が一故障が発生すると、連絡を受けたケーブル敷設船がただちに光信号の減衰などのデータを解析、ケーブルが切れた場所を特定した上で海に出動する。
いわば、海底ケーブルの“救急車”だ。
そして、私が取材する中で最も気になった「深海8000mでケーブルが切れた場合、どうやって修理するのか?」という疑問。
まず、GPSを頼りに故障地点の真上に船を止める。
そこから、人の背丈ほどの巨大な錨を6時間かけて水深8000mの海底へ落とす。
次に、その錨を12時間かけて慎重にケーブルに引っかける。そして、いかりに引っかかったケーブルをさらに12時間かけて船へ巻き上げる。
ケーブルを引き上げる一連の動作で24時間以上かかるという、まさに“世界一難しいクレーンゲーム”。
最も大変なのはせっかく引っかけたケーブルが途中で外れてしまうこと。ケーブルは海流に流され、どこに行ったのか分からなくなる。
ーー失敗したとき、みんなすごくがっかりしませんか?
NTTワールドエンジニアリングマリン 桜井淳 船長
「すごいがっかり、とんでもないがっかり感があります。水深1000mくらいまではテンションがかかっていて、それが抜けちゃったときはもうどこいっちゃったかわからないので。もう幹部会議ですね(笑)」
その場合は再び海底でケーブルの位置を探すところからやり直し。一日が完全に無駄になり、「船内にため息が広がる」と桜井船長は話す。
やっとの思いで切れたケーブルの両端を引き上げると、船上で48本の光ファイバーの接合を行い、それにカバーを取り付けて再び海に落とすとようやく修理が完了。深海での作業の場合、1度の修理で1か月弱の時間を要する。
最先端のハイテク通信を支える海底ケーブルだが、それを支える作業は思いの外“アナログ”で、とてつもない人手がかかるのだ。
しかし、こうした現場の多大な努力によって支えられている通信の要・海底ケーブルは今、不審船による“故意の切断”という新たな脅威にさらされている。
なぜそのようなことが起きているのか?
最前線ーー台湾海峡へ向かった。
【後編につづく】
TBSテレビ報道局経済部 室谷陽太
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