
スイスの時計産業がつくり出す売上の、およそ3分の1。これをたった1社で稼ぎ出しているのが、ロレックスです。スマートウォッチが普及し、腕時計はもう時間を知るための道具ではなくなったと言われるこの時代に、なぜロレックスは王座を守り続けられるのでしょうか? その答えは、ずば抜けた商品そのものではなく、「価値が勝手に増えていく」という独自の仕組みにありました。世界最強の時計ブランドを支える構造の核心について、リサーチャーのcomugiが解説します。
(TBS Podcast『コムギコ:資本主義をハックしろ!!』2026年5月30日配信『「時間」という神秘:セイコー、シチズン、カシオの腕時計はなぜ再び売れ始めたのか?』より)
スイス時計の売上の3分の1を、たった1社で
2025年のロレックスの年間売上は、110億スイスフランを超えました。日本円にして、ざっくり2兆円です。スイスの時計ブランドは数えきれないほどあるのに、上位5社の売上をぜんぶ足しても、ロレックス1社には届きません。一強というより、もはや別格の存在と言ったほうがいいかもしれません。
おもしろいのは、たくさん作って売っているわけではない、ということです。年間の生産本数は115万本から124万本ほど。直近では、生産数をむしろ2%ほど減らしながら、売上を伸ばしています。数で稼ぐのではなく、希少性と単価で稼ぐ。ふつうの会社なら、売れているなら増産するところを、ロレックスは逆を行きます。欲しい人がたくさんいるのに、あえて絞る。だから定価では簡単に買えず、人気モデルは何年も順番待ちになります。この「手に入りにくさ」こそが、ロレックスというブランドの最大の原動力になっているのです。
では、なぜそんな商売が成り立つのでしょうか。僕は4つの柱があると考えています。しかも、その4つは別々に立っているのではなく、互いを支え合いながら回っています。順番に見ていきましょう。
強さ① 100年かけて積み上げた「物語」
ロレックスは、自分たちの時計を「冒険の証人」として語り続けてきた会社です。
1927年、メルセデス・グライツという女性が英仏海峡を泳いで渡ることに挑戦したとき、その手首にはロレックスがありました。1953年、人類が初めてエベレストの頂に立った遠征隊が着けていたのがエクスプローラー。1960年、潜水艇トリエステ号が世界最深のマリアナ海溝に沈んだとき、その船体にくくりつけられていたのもロレックスでした。
どれも、ただの広告ではありません。「極限の場所で、ロレックスは動き続けた」という事実を、ひとつずつ歴史に刻んでいったのです。ウィンブルドン、マスターズ、F1。ロレックスがスポンサーに選ぶのは、決まって「お金と社会的地位のある人が憧れる舞台」です。安売りのイメージがつく場所には、決して出ていきません。時計そのものを売り込むのではなく、時計が置かれる「文脈」を100年かけて育ててきました。
この積み重ねが効いてくるのは、人が時計に何を求めているかを考えるとよくわかります。高級時計を買う人は、正確に時を知りたいわけではありません。正確さだけなら、数千円のクオーツのほうが上です。彼らが欲しいのは、その時計が背負っている物語であり、それを身につけた自分が、どんな世界の一員に見えるか、なのです。だから人はロレックスに、性能ではなく物語の値段を払います。ここがロレックスの出発点です。
強さ② 中古市場すら、自分の味方にする
ふつう、メーカーにとって中古品は商売の敵です。中古が安く出回れば、新品が売れなくなるからです。ところがロレックスは、その中古市場すら自分の武器に変えてしまいました。
ロレックスの代表的な139モデルの価値の維持率は、平均で新品の定価を14.1%上回っています(WatchChartsの2026年時点データ)。つまり、買った瞬間に値下がりするどころか、値上がりする時計なのです。これは「腕時計」というより「資産」に近い存在です。
2022年、ロレックスは公式の中古認定プログラム(CPO)を始めました。自社で中古品の本物保証をつけて売る仕組みで、その推計売上は約1000億円とも言われます。さらに2023年には、1888年創業の老舗小売店ブヘラを買収しました。販売の現場と中古の流通を自分の手の内に収めることで、ロレックスは中古価格に「これ以下には下がらない」という下限を設けたのです。
考えてみれば、これは見事な仕掛けです。中古でも値段が落ちないとわかっていれば、人は安心して新品を買えます。買ったあとも資産として持てますし、いざとなれば高く売れます。中古市場が荒れてブランドの価値が削られるどころか、中古が高く保たれることで新品の価値まで守られる。新品を支えるために、中古を野放しにしない。この循環が、ロレックスの価値をさらに強固にしているのです。
強さ③ 財団が株主だから、50年先を見られる
ロレックスには、上場企業なら必ず背負う「四半期ごとの決算プレッシャー」がありません。
ロレックスの株式は、ハンス・ヴィルスドルフ財団が100%握っています。創業者が1945年に設立した財団です。つまり、株主はいるのですが、それは利益の最大化を求めて毎期せかしてくる市場や外部の投資家ではなく、ブランドを守るために設けられた財団なのです。だから目先の売上を3か月単位で追う必要がありません。経営の時間軸が、ほかの会社とはまるで違うのです。
ロレックスがしばしば「準非営利企業(クアジ・ノンプロフィット)」と呼ばれるのは、このためです。利益の多くは財団を通じて社会に還元されます。だから彼らが優先するのは、「今年いくら売るか」ではなく、「50年後もロレックスがロレックスであること」です。希少性を守るために生産を絞るという、上場企業にはなかなかできない判断ができるのも、急がなくていい立場にいるからなのです。
強さ④ 変えないことを、いちばん大事にする
最後の柱は、一見地味ですが、もっとも大きな役割を果たしています。「アイコンを変えすぎない」ことです。
ロレックスの主力モデルは、どれも驚くほど古いものです。オイスターは1926年、デイトジャストは1945年、サブマリーナーは1953年、GMTマスターは1954年、デイトナは1963年。何十年も前のデザインを、少しずつ手を入れながら、基本の姿はそのまま守り続けています。革新しているように見せすぎない革新、とでも言えばいいでしょうか。
ここで思い出すのが、エルメスのバーキンです。バーキンもまた、デザインをころころ変えず、あえて簡単には手に入らないようにすることで「永遠の定番」になりました。流行を追わないからこそ、時間が経っても古くならない。むしろ時間が価値を足してくれます。ロレックスもバーキンも、「変わらないこと」を最大の武器にしているのです。
4つの柱が生む、止まらない好循環
物語があるから欲しい人が増える。欲しい人が増えるのに数を絞るから、中古価格が上がる。中古が上がるから「資産になる時計」として、さらに欲しい人が増える。そして市場の短期的な要求に振り回されないから、その希少性を何十年でも守り抜ける。デザインを変えないから、古い物語が古びずに生き続ける。
4つの柱は、別々に立っているのではありません。互いを押し上げながら、ひとつの輪として回っています。一度回り始めると勢いが増していく好循環のように、ロレックスは強くなるほど、もっと強くなる仕組みを自分で持っているのです。
この仕組みの強さは、裏を返せば「すぐには真似できない」ということでもあります。物語は100年かけて積み上げるものですし、財団による長期経営も、一朝一夕には手に入りません。だからこそ、グランドセイコーをはじめとする日本のブランドがロレックスに挑むとき、同じ土俵で勝とうとしても分が悪い。彼らが選ぶべきは、別の物語、別の価値の作り方です。ロレックスの城壁が高いほど、その横に新しい門を開く意味も大きくなります。
ナンバーワンであり続ける会社は、たいてい「いい商品をつくる会社」だと思われています。ですがロレックスを見ていると、そうではないことに気づかされます。本当に強いのは、商品の良さを超えて、価値そのものが勝手に増えていく仕組みをつくった会社です。ロレックスが売っているのは、時間を計る道具だけではありません。時間が経つほど価値が増していく、という顧客との約束なのです。
<コムギコ:資本主義をハックしろ!!>
毎日ニュースを100本を読むビジネス系VTuberのリサーチャーであるコムギ(comugi)が、日々の経済にまつわるニュースを解説するビデオポッドキャスト。本記事は2026年5月30日配信『「時間」という神秘:セイコー、シチズン、カシオの腕時計はなぜ再び売れ始めたのか?』から抜粋してまとめたものです。
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