
日本銀行の植田総裁が、一歩、踏み込みました。次回の決定会合での利上げを示唆したのです。しかし、外国為替市場では、円高に振れたのは一時的に留まり、依然として1ドル155円近辺での円安基調が続いています。市場には「今回は利上げできても、更なる利上げは難しいだろう」との見方もあって、円安定着の危険なシナリオが現実味を帯びてきています。
【写真を見る】利上げ示唆でも円高へ戻りは弱く、市場は利上げ継続への「本気度」に注目
植田総裁「利上げの是非を判断」
日銀の植田総裁は、1日の名古屋市での講演で、「経済・物価の中心的な見通しが実現する確度は少しずつ高まってきている」と述べた上で、「次回(12月18、19日)の金融政策決定会合で、利上げの是非を適切に判断したい」と踏み込みました。植田総裁が自分から「利上げ」という言葉を発したところがミソです。今年1月の利上げの際にも、直前に植田総裁は「利上げを行うかどうか議論したい」と、同様の発言をして、いわば利上げの「予告」を行っており、市場では12月利上げに向けた意欲を示したものと受け止められています。
高市総理はGOサインを出したのか
焦点は、こうした植田総裁の利上げ判断を高市政権が「了」としているかどうかです。植田総裁は、11月18日に高市総理大臣と政権発足後、初めて会談しました。会談後、植田総裁は「2%の物価目標を安定的に実現できるよう、金融緩和の度合いを徐々に調整しているところだと伝えた」と会談内容を説明した上で、高市総理の反応を聞かれ「『そういうことかな』と了解していた」と語りました。さらに高市総理からの要望は、「特になかった」とも述べていました。高市総理自身は、会談内容について何も語っていませんので、何を『了解』したのかは藪の中です。
ただ、1日の植田総裁の踏み込んだ「利上げ示唆」発言に対して、木原官房長官や片山財務大臣は、「金融政策の具体的な手法は日銀に委ねられるべきだ」とだけコメントするなど、拒否反応は示さなかったことから、金融市場では「政権は利上げを容認する」との見方が広がっています。
円相場上昇は一時的
日銀の利上げ観測が高まったことを受けて、外国為替市場では、それまでの1ドル156円台から、一時154円台へと円高が進む場面もありました。しかし、円買いが一巡すると、その後「その次の利上げはなかなか難しいだろう」といった見方から、円高に戻る力は弱まり、155円近辺と元の水準に落ち着いてしまいました。ようやく植田総裁が踏み込んだ発言をしたのに、円高への動きに勢いはありません。
米FRBは12月利下げへ
一方、アメリカの中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)は、日銀より1週早い、12月8、9日に決定会合を開きます。一時は、パウエル議長が「次回は白紙」と強調するなど、利下げ観測が後退する場面もありましたが、ここにきて、民間の雇用調査会社ADPの雇用レポートで11月の就業者数が前月比3万2000人減少するなど、景気減速を示す指標が相次いでいることから、12月会合で3回連続となる利下げを決定するとの見方が支配的となっています。
さらに、来年に任期を迎えるパウエル議長の後任に、トランプ大統領に近いハセットNEC(国家経済会議)委員長が有力視されていることから、株式市場では、来年もアメリカの利下げ局面が続くとの期待感も高まっています。
市場は日銀の「正常化」を疑問視
アメリカが利下げし、日本が利上げするのですから、本来なら、日米金利差が縮小するだけ、為替相場が円高ドル安に振れるはずなのですが、なかなか、そうはなりません。為替相場は金利だけで決まるわけでもありませんし、そもそも、日銀の金融正常化への決意を、市場は疑っているのでしょう。市場の関心は、すでに次の会合での利上げから、その先に移っているのです。次はできても、次の次は難しそうだ、と。
次回の会合で利上げすると、日本の政策金利は0.75%になります。この30年間、日本は0.5%を超える政策金利を経験したことがありません。超円高時代の1995年9月に公定歩合が1.0%から0.5%に引き下げられて以来の高い水準になります。
さらに、その次の利上げとなると、政策金利は1.0%に達します。直感的には、金融緩和指向の高市政権説得は、なかなか難しそうに見えます。
論理的にも、かねて植田総裁は、日本の中立金利は1.0から2.5%の間だろうと述べており、1.0%は、その下限にあたります。中立金利とは、景気を熱しも、冷ましもしない金利水準のことです。政策金利を中立金利の水準に持っていくのであれば、物価目標が安定的に2%に達した後でなければ、辻褄があいません。「金融緩和の度合いを調整する」という今の理屈では、政策金利を中立金利水準にまで引き上げることを説明するのは、難しいように思えます。
利上げ後の今後の見通しが焦点に
このため植田総裁は、「利上げしたとしてもまだ緩和的だ」と強調すると共に、「中立金利までの距離については、利上げの際に示したい」と発言し、日銀として中立金利の推計を改めて精査したいという考えを示しています。
そもそも中立金利は、現在の水準を具体的に特定することは難しいとされています。概念的には、物価上昇率に潜在成長率を加えたものですが、足もとの物価上昇率をどうとらえるのか、さらには潜在成長率をどう推計するのか、変数が多いからです。
これまで植田総裁が語ってきた1.0~2.5%という数字は、物価上昇率を目標の2%で仮置きした上で、日本の潜在成長率を、よく言われているように、マイナス1.0%からプラス0.5%の間とみて、ざっくり足し合わせた数字だと、理解することができます。
仮に新たな試算で、日本の中立金利がより高くなれば、それだけ利上げの余地ができるわけです。その意味で、次の利上げを決定した際に、植田総裁が、その先の見通しをどう説明するのかに、早くも市場の関心は集まっているのです。
インフレ時代に見合った金融政策を
しかし、こうした論理の立て方では、早晩、利上げ余地はなくなってしまいます。今の議論は、基調的な物価の上昇は未だ2%に達していないので、それまで緩和環境を続ける、従って、金利はその範囲内での調整、という論理構成になっているからです。
消費者物価上昇率が3年以上にわたって2%を超え、足もとで3%にまで高騰しているのに、未だにデフレ対応型の政策運営を続けていることへの矛盾が、過度な円安を招いていることを理解すべきです。それが、市場が見ている『本気度』というものでしょう。
日本を代表する経済学者である植田総裁には、中立金利の範囲の修正と言ったテクニカルな話ではなく、デフレ時代に決められた政策決定フレームからの局面転換を語ってほしい、そう思うのは、私だけでしょうか。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)
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