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自衛隊 オウム教祖狙撃の極秘作戦とは… 地下鉄サリン事件から30年【報道特集】

国内
2025-03-29 06:30

オウム真理教による地下鉄サリン事件から30年。事件直後、教祖を狙撃するという自衛隊の極秘作戦が検討されていたことがわかりました。一方、サリンで重い後遺症を負い、25年の闘病の末、亡くなった女性が伝えたかった思いとは。


【写真でみる】サリン被害者 病と闘った25年


陸自連隊長「みんな死にに行くんだ」という気持ち

陸上自衛隊大宮駐屯地。第32普通科連隊、中央特殊武器防護隊、化学学校があり、日本の生物・化学部隊の“拠点”になっている。極秘の研究棟には限られた研究員しか出入りできない。


ここにサリン、VXガスなど猛毒を製造できる部隊が存在する事は、殆ど知られていない。30年前、その存在が明らかになる事件が起きた。


首都中枢を走る地下鉄にサリンが撒かれ14人が死亡、6300人以上が重軽傷を負った無差別テロだ。


地下鉄の駅構内で無色、無臭の敵と闘ったのは第32普通科連隊だった。現場に向かう隊員に連隊長が指示している。


陸上自衛隊第32普通科連隊 福山隆 連隊長(当時)
「相手は猛毒のサリンである。軽々に中(地下鉄の車輌)に入ったりすることのないように」


“見えない敵”と対峙する緊張感に覆われていた。


陸上自衛隊第32普通科連隊 福山隆 連隊長(当時)
「地下鉄に入っていく時は、地獄の底に入っていくような気がした。吸い込まれるような気がした。『みんな死にに行くんだ』という、半分はそういう気持ちを持っていた」


除染作業に当たった隊員
「昼間なのに誰もいない。静かな、しーんとした駅の構内というのは、今思い出しても、不気味な感じがします」


除染作業に当たった隊員
「経験したことのない空間、異次元的な空間。私たちしかいないというのは緊張感があった」


自衛隊 幻の“頂上作戦”

発生直後、福山連隊長が直感したのは…


陸上自衛隊第32普通科連隊 福山隆 連隊長(当時)
「皇室に対するテロだと思った。(サリンを)精製して純度を高めて、もっと大量に撒けば、どの方向から風が吹いても皇室(皇居)に累が及ぶ」


全国の部隊運用を担当していた元陸将も当時の危機感をこう証言する。


元陸将
「皇居の風上で撒かれたら皇族をどう守れば良いのか、皇宮警察が訊いてきました。かなり執拗でした」


除染はひとまず完了し、地下鉄は翌日の始発から動き始めた。が、事態はさらに深刻になっていった。


事件を起こしたオウム真理教は、崩壊直後の旧ソ連から軍用ヘリを購入しており、自動小銃やサリン70トンの製造計画があった。武装蜂起の可能性があった。


陸上自衛隊第32普通科連隊 福山隆 連隊長(当時)
「ミルを稼働させて(サリンを詰めた)酒の一升瓶を積んで、人口密集地の新宿や渋谷、あるいは皇居に落とせば、都内1000万人のうち300万人くらいがダメージを受けるくらいの恐ろしさ」


警察の装備では対抗できない。危機感は一気に高まったという。福山連隊長は武装した教団との戦闘も想定していた。


陸上自衛隊第32普通科連隊 福山隆 連隊長(当時)
「大砲、高射砲でヘリを撃ち落とすし、警察がやられてしまったときは、自衛隊の実力を持って、やれと言うので、連隊で優秀なスナイパー(狙撃手)を10名を集めた」


オウムの大型ヘリの離陸に備えて、自衛隊のヘリ部隊も臨戦状態だったという。そしてある計画が極秘に検討されていた。頂上作戦だ。


元陸将
「実は、全国の部隊から急遽、暗視ゴーグルとサイレンサーをかき集めました。夜間、秘密裏に教祖、つまり頭領だけを倒せば、被害は最小限に抑えられるだろうと」


――教祖を狙撃するということですか?
元陸将

「そうですね。ただ、決行した場合の法律的な根拠を詰め切れませんでした。最終的に計画が実行されずにホッとしました」


地下鉄サリン事件後、教団幹部は逃走し、一触即発の危機は回避されたのだ。


化学兵器テロ その対策は今…

地下鉄サリン事件から15年。これは陸上自衛隊大宮駐屯地に、初めて報道特集のカメラが入った時の映像だ。


除染にあたった“小隊”は大幅に増員され中央特殊武器防護隊に。演習場で行われていた訓練は、市街地で化学兵器のテロが起きたことを想定するものに変わった。


応急措置で最優先が“洗浄”だ。訓練は警察や消防と連携して人が集まるスタジアムなどで頻繁に行われるようになっていた。


事件当時は不足していた防護服やマスクが、大量にストックされていた。


――(防護服やマスクの)風通しが悪いんですけど?


隊員
「悪いです。通ったら(毒物を吸入することになり)意味が無い」


そして現在、核(Nuclear)、生物(Biological)、化学(Chemical)など大量破壊兵器に対しての切り札であるNBC偵察車。瞬時に化学物質を判別し、風向や気温によって変化する汚染範囲を特定する。


この日はサリン散布を想定した訓練が行われた。撮影は許可されなかったが、車内は完全に密封状態だ。中にいる4人の隊員は防護服を着用していない。厳しい汚染区域でも活動が可能だ。


撒かれた物質を直ちに“サリン”と判別し、除染車が出動してきた。除染剤の水酸化ナトリウムで中和させていく。


――知らない薬物とかあると不安では?
隊員

「不安ですね。でもこの防護衣を着て活動するのであれば、不安なく活動できる。現場の状況がニュースで出たら、ここで(化学兵器が)使われたのかな、と考える」


装備が強化されてもテロを防ぐのは至難の業だ。


防衛省 化学学校幹部
「換気して、猛毒を地上に出せば被害が拡散してしまいます。地下鉄にサリンなんて酷い事を考え付いたものです。“全くの死角”です」


教祖の遺品 引き渡しに懸念

地下鉄サリン事件の2日後。警視庁は山梨県警と合同でオウム真理教の一斉捜索に乗り出した。当時、上九一色村には「サティアン」と呼ばれた教団施設が点在していた。


30年前、強制捜査にあたった元山梨県警科学捜査研究所の職員、竹川健一さん(71)。


元山梨県警 科学捜査研究所 竹川健一さん
「このあたりから捜査員が並んでいくんです。隊列を組んで」


関連施設はすべて撤去され、オウム真理教の面影はない。竹川さんが捜索したのは、第7サティアンだ。ここは教団の化学工場といわれ、猛毒のサリンが製造されていた。


先頭に立ち、連日捜索活動を行った。


元山梨県警 科学捜査研究所 竹川健一さん
「まずおどろいたのは、何トンもなん十トンも入るようなタンクがあって、これだけ猛毒のサリンを作って、どれだけ人を殺そうとしていたんだろう、とんでもないことだと」


――恐怖心は?
元山梨県警 科学捜査研究所 竹川健一さん

「ありましたよ、最初は。家族には話していません。こんな危険なところに入っているってことは」


現場ではガス検知器が鳴りやまなかった。


――このサリンの恐ろしさは?


元山梨県警 科学捜査研究所 竹川健一さん
「一滴二滴、皮膚に直接さわっても、死に至る。完全な設備がないと、(サリンを)作ってる最中にやっている人が死ぬ。そういう世界」


強制捜査が始まって、およそ2か月後。隠し部屋に潜んでいた教祖・麻原彰晃、本名・松本智津夫元死刑囚が逮捕された。この時の格好、ヘッドギアと作務衣が、今も存在することがわかった。


これは、独自に入手した松本元死刑囚の遺品リストだ。逮捕時に身に着けていた作務衣やヘッドギアなどを含め、170点にのぼる遺品が東京拘置所に残され、今は国が保管している。


だが協議が成立すれば、松本元死刑囚の家族に引き渡される可能性がある。オウム信者の脱会を支援してきた滝本太郎弁護士は、後継団体と関係が深い家族に渡る危険性をこう指摘する。


滝本太郎 弁護士
「麻原が使っていたブラシ、髪の毛がついてますでしょうから。歯ブラシ、作務衣、それは価値がある。宗教的価値が。髪の毛1本も昔5000円だったが、今ならいくらになるのか。作務衣だって端切れにして5万、10万にすぐなるでしょう」


遺品を所有すれば絶対的な力を持つ懸念がある。滝本弁護士は、中でもヘッドギアと赤紫の作務衣は宗教的に価値が高いと話す。


滝本太郎 弁護士
「(遺品を)受け取ったといえば済んじゃう、宗教的には。自分がグル(指導者)だといえば、それが正当性になる。新しいグル(指導者)が麻原と同じように、破壊願望が極めて強い、人間社会をおわりにさせたいと思っている人であれば、同じことがおこらないとはいえない」


元死刑囚の本音「教祖との決別」

事件の教訓をどう伝えるのか。オウム真理教元幹部の家族が取材に応じた。


大阪拘置所で刑が執行された新実智光元死刑囚の妻、由紀さんは夫が松本元死刑囚への帰依から抜け出していたことを伝えたいと言う。


新実智光元死刑囚の妻 由紀さん
「(信者は)教祖が説いたことだけを信じてるので、そうじゃなくて、きちんと見てほしいと」


新実元死刑囚は、地下鉄サリン事件など11の事件に関与して死刑が確定。松本元死刑囚の「直弟子」と公言し、裁判でも「麻原尊師の唱えた計画のため捨て駒になり、地獄へでも行こうと決意した」と述べ、最後まで反省や謝罪の言葉はなかった。


オウム真理教の後継団体アレフの信者だった由紀さんは、新実元死刑囚と面会を繰り返した後、獄中結婚した。


新実智光元死刑囚の妻 由紀さん
「あれだけのことをしたら死刑になるのは仕方ないし、執行されたのは仕方ないのは理解をしているんですけど、自分の夫となれば最後まで生きててほしかった」


自宅には新実元死刑囚の遺骨が今も保管されている。


新実智光元死刑囚の妻 由紀さん
「ただの骨なんですけど、そばに置いておきたいんですよね。本当に」


刑の執行からおよそ半年後、遺品を整理していた由紀さんは夫の日記の内容をみて驚かされることになる。


そこには松本元死刑囚への帰依から抜け出していたことが記されていた。


新実智光元死刑囚の日記
「あの様な生き方だけでなく、もっと他の生き方もあったのではないだろうか」
「僕は教祖にはついていかない。来世は弟子になることはないだろう」
「僕は今、決別してしまったのだ」


新実智光元死刑囚の妻 由紀さん
「信者の人たちにも知って欲しかっただろうし、自分がいっぱい傷つけた人たちにも知って欲しかったと思います」


夫に信仰心がなくなったことを公表した由紀さんに対し、地下鉄サリン事件のある遺族から電話があったという。


新実智光元死刑囚の妻 由紀さん
「『公表してくれて、それを知ることができて、自分は救われた』って言ってくださって、『もう自分はご主人を恨んでません』っておっしゃられて」


新実元死刑囚が信仰を捨てたことについて、滝本弁護士は…


滝本太郎 弁護士
「新実という最後まで信仰深かった、麻原彰晃尊師と殉死して、麻原彰晃尊師と輪廻転生したとみんなが信じている人が、『違ってたかもしれない』と死刑の前に言ってたとなると、自分の疑念がわいてくる。歓迎すべきことであり、驚きであり、現役の信者に影響を与えます。(信仰を)やめるきっかけになるだろうと思います」


サリン被害者 病と闘った25年

事件の被害者遺族はいま、何を思っているのか。妹を亡くした浅川一雄さん(65)。幸子さんは25年にわたる闘病の末、5年前に亡くなった。


浅川一雄さん
「あの事件をきっかけにいろいろな障害を負って、寝たきりの生活になってしまった」


事件前、初節句のお祝いで姪を抱く幸子さん。その2年後、31歳だった時、地下鉄丸ノ内線の車内でサリンの被害に遭った。


一命は取り留めたものの視力を失い、言語障害と全身マヒの重い後遺症が残った。懸命のリハビリを続ける幸子さんを、兄の一雄さん一家が自宅で介護し支えた。


当初は顔を出さず取材を受けていたが、事件の風化を防ぎたい兄の思いもあり、実名で応じるようになった。幸子さんが乗った車両にサリンをまいた広瀬健一元死刑囚の最高裁判決には、自ら法廷に出向いた。


浅川幸子さん(当時46)
「死刑、大バカ」
浅川一雄さん
「『死刑、大バカ』と言っています」


最後まで回復を信じてリハビリを続けた。事件から25年が経った2020年、亡くなった。56歳だった。


幸子さんは事件をどう受け止めていたのか。


浅川一雄さん
「一生をめちゃくちゃにされて、悔しいその気持ちが一番だったと思います」


母親を残して旅立った幸子さん。幸子さんが最後に入院した際、母親が見舞いに来た。


幸子さんの母
「ごはん食べてる?うん。うなずいたよ」
浅川一雄さん
「わかる?幸子、お母さんだよ。わかるよね。はーいって」


浅川一雄さん
「妹自身も、『親より早く死ぬのは一番の親不孝』とよく話していたので、そういうことを思うと、少しでも長く生きなければという気持ちはいっぱいあったと思います。本当に頑張ってきた一生、25年だったと思います」


闘病25年 被害者の願いは…

オウム真理教の後継団体は現在も活動を続けていて、公安調査庁は警戒を続けている。


このうち主流派の「アレフ」の施設からは松本元死刑囚の写真が見つかるなど、今も教祖崇拝の実態がある。


浅川幸子さんが亡くなってから丸5年となる命日を前に、一雄さん一家が墓参りに訪れた。


浅川一雄さん
「みんなを温かく見守ってね」


賠償金の支払いが滞った一方で、現在も活動を続けるオウム真理教の後継団体について…


浅川一雄さん
「1日も早く損害賠償を支払い、十億数千万円と残っていると思うが、それを支払い、一日も早く解散をする、それが本来あるべき姿だと思います」


一雄さんは、実名で顔を出してまで取材に応じた幸子さんの気持ちを今、こう考えている。


浅川一雄さん
「幸子自身もきっとオウムに対して、『私はあなたたちのせいでこうなってしまった』という姿を見せたかったんじゃないかなと思います。それは決して他人ごとではない。いつあなたに起こってもおかしくない事件です。次のことを起こさないためにも、忘れられてはいけない事件だと思います」


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