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急逝の日テレ・菅谷大介さん、生前記していた“アナウンサーの原点”「試行錯誤を重ねて…」

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2025-11-10 17:00
急逝の日テレ・菅谷大介さん、生前記していた“アナウンサーの原点”「試行錯誤を重ねて…」
菅谷大介アナウンサー (C)日本テレビ
 日本テレビの菅谷大介アナが8日、亡くなった。53歳だった。10日、同局が発表した。7月には、アナウンスルーム内の「リレーエッセイ」にて「1997年4月に入社して29年目」との書き出しで、まもなく迎える「アナウンサー30年」に向けての思いを記していた。

【写真】生前最期の投稿で…笑顔を浮かべていた菅谷大介アナ

 エッセイ内で、菅谷アナは「これまで、たくさんの仕事に携わってきましたが、その中で、最初のレギュラー番組は、97年7月から担当した「スーパーJOCKEY」です。今、この名前を言うと、競馬番組ですか?と聞かれることもあるのですが、日曜午後1時から放送されていたバラエティ番組。「熱湯コマーシャル」でも有名な番組で、私は、そのコーナーで「熱湯クエスチョン」という、ゲストが答えづらい質問をする声を担当していました」と回顧。

 続けて「試行錯誤を重ねて、思い切って、自分なりに色を付けた読み方は、のちに、スタジオで、ジャガー横田さんからドロップキックを受けることになり、熱湯風呂に年6回も入ることになり、熱湯クエスチョンのCDをだすことになり、と、様々な仕事につながっていきました。つい最近も、「シューイチ」の「今昔NEWSイッチ」コーナーで「アナウンサー体張り史」というテーマのもと、当時の映像がOAされたのですが、私のアナウンサーとしての原点はここにあります」と明かした。

 その上で「アナウンサー30年まであと少し。その時には、どんな仕事をしているのか、ひとつひとつの仕事を大事にしながら、その時を迎えたいと思います」としたためていた。

 同局は「11月7日(金)の夜、勤務を終えて帰宅した後、不調を訴え都内の病院へ救急搬送されました。その後容体が急変し、翌8日(土)午後1時6分に死去いたしました。死因は「消化管からの出血」となります」と伝えた。

 その上で「2022年にすい臓がんを公表して以降も、アナウンサーとしても管理職としても前向きに取り組む姿を直前まで見ていただけに、あまりに突然の訃報に接し、社員一同、ただただ驚くとともに悲しみに包まれております。故人の功績に深く感謝し、ご遺族の皆様に心よりお悔やみ申し上げます」と追悼している。

 菅谷さんは1971年11月生まれ、千葉県出身。97年に同局に入社し、同年7月の『スーパーJOCKEY』が初のレギュラー番組となった。その後はバラエティー番組、スポーツ中継、情報番組などで活躍した。

 22年8月にすい臓がんを公表。21年11月「箱根駅伝」の準備を兼ねて人間ドックを受けたところ、すい臓がんが見つかり、抗がん剤治療、腹腔鏡手術などを受けたことを明かしていた。

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菅谷大介アナのプロフィール
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