衣装は、言葉にできない感情や物語の裏側を静かに語る――。
わずか一瞬の画面に映る衣装。その色や素材、シルエットのすべてが緻密に計算され、キャラクターの“語られない物語”を紡ぎだす。
【写真を見る】佐々木希が幸薄に!? 衣装で魅せるキャラクターの“語られない物語”とは
映画『ラストマイル』や金曜ドラマ『9ボーダー』など、多くの話題作で衣装デザインを手がけてきた金順華さん。そのデザイン哲学と手法には、衣装が持つ「語る力」を最大限に引き出す秘密が詰まっている。
金さんがキャスト全員の衣装を担当した現在放送中のドラマ『地獄の果てまで連れていく』を用いて、そのこだわりと緻密な計算を紐解いていく。
「個」と「全体」をつなぐ、衣装デザイン
──本作ではどのような役割を担われたのでしょうか?
普段は俳優専属として撮影現場に入ることが多いのですが、今回はエキストラを含む、キャスト全員の衣装を担当しました。シーン全体のバランスを意識し、香盤表をもとに細かく調整しました。「このキャラクターにはこの衣装を」と決めたら、他の登場人物はどう合わせるか――全体の調和を取りつつ、登場人物の個性が際立つよう工夫しました。全体を見る広い視点が求められる仕事で、とてもやりがいがありましたね。
──衣装を担当する際、特に意識したことは?
作品のテーマやトーンに合わせて衣装をデザインすることです。本作は復讐劇なので、衣装が物語の緊張感や登場人物の感情を支える重要な要素になります。一方でヒューマンドラマでは、登場人物が自然に溶け込むことが求められるので、衣装はあくまで“引き立て役”です。作品ごとに衣装の魅せ方を柔軟に変え、物語の一部として機能させることを心がけています。たとえば上着ひとつにしても素材や生地の厚さ、色味などを、それぞれのキャラクターの背景や立場の違いが視覚的にも明確に伝わるように工夫しています。
美しさの“自家発光”が生む恐怖
──衣装デザインで加えた“アクセント”は何かありますか?
“美しい人を美しく見せない”──これが今回の最大の課題でした。主人公・紗智子は不幸を背負った女性。佐々木希さんの華やかさを抑えるため、くすんだ色合いや薄い素材を選び、彼女の陰影や哀しみを表現しました。また、監督からは「発色を意識した撮影」に合わせ、衣装も独特なカラーリングを求められました。そのため、衣装が画面の中でどのように映るのか、色と質感、バランスを徹底的に計算しました。
衣装はただの装飾ではなく、登場人物の背景や立場を映し出し、物語に深みを与える重要な要素です。紗智子の衣装も、華やかさを抑えながら、彼女の苦悩や強さを静かに語っています。
“冴えないヒロインがキレイに変身する”のが定番ですが、本作ではその逆。主人公をあえてトーンダウンさせる珍しいアプローチを採用しました。佐々木さんの美しいオーラを封じ込めつつ、クローズアップでは彼女の美しさが“自家発光”し、むしろ“美しいものに恐怖を感じる”という新たな効果を生んでいます。佐々木さんがどのように変貌していったのか、じっくりと堪能してほしいですね。
役者のオーラを“抑える”色と素材の選び方
──佐々木さんの華やかさを抑え、紗智子はどう表現しましたか?
ベビーシッターという設定なので、基本のスタイルはトレーナーにデニム、エプロンといったシンプルなものです。ただ、初登場シーンでは、シャツとジャケットを組み合わせたオフィスカジュアルなスタイルを採用しました。一見爽やかですが、どこか緊張感や不穏さを漂わせ、「これから何かが起こる…」という予感を感じさせる白いシャツ。この白シャツにはもう一つ意味があります。学生時代の制服姿と容姿を変えた現在の彼女。過去と現在が白シャツでリンクすることで、“同じ人間”という印象を視覚的にさりげなく伝えています。
黒やネイビーを佐々木さんが着るとその美しさが際立ちすぎてしまい、“冴えない雰囲気”が崩れてしまいます。そこで選んだのは、ペールグリーンのパンツやベージュのジャケット。柔らかく控えめな色合いと、クタッとした質感のある厚手の生地を組み合わせることで、地味で落ち着いた印象を追求しました。
また、トレンドを意識しすぎず、オーバーサイズのシルエットを取り入れたことで、存在感を抑えつつ“冴えない雰囲気”を強調しています。わざとらしさを感じさせると全体が野暮ったくなるため、細部のバランスに細心の注意を払いました。この微妙なさじ加減こそが、紗智子というキャラクターのスタイリングのポイントです。
──「これはうまく作用した」と感じたポイントはありますか?
佐々木さん自身も並々ならぬ努力をしてくださいました。もともとスリムな体型ですが、さらに脂肪を落とすことで、ゲッソリとした印象を作り上げたんです。その結果、衣装が薄い体にペタッと馴染み、紗智子の不幸で陰鬱な雰囲気が一層際立ちました。
その成果がはっきりと表れたのはロケ現場でした。街中でベビーカーを押して歩く佐々木さんを見た瞬間、思わず「これだ!」と心の中でガッツポーズをしてしまったほどです(笑)。まさに“誰も見たことがない佐々木希”の姿でした。メイクはほぼ施さず、髪もシンプルにひっつめることで、彼女の華やかさを封じ込めています。メイクさんやスタッフ全員の協力のもと、まさに“総力戦”で作り上げた成果です。この作品を通して、佐々木さんの新境地を提示できたのではないかと思います。
──対する麗奈(渋谷凪咲)の衣装選びにはどのような工夫があったのでしょうか?
麗奈は周囲を引きつける華やかな魅力を持つ女性です。衣装にはフリルやレースをふんだんに取り入れ、柔らかなパステルカラーを基調にすることで、彼女の無邪気さやかわいらしさを強調しました。しかし、そのかわいらしさには意外性があります。あえてショッキングピンクのワンピースを採用し、「こんなにかわいい人が実はモンスターなんだ」というギャップを強烈に印象づけました。ここに、本質である二面性が表れています。
さらに、渋谷凪咲さんの演技がこの衣装を最大限に生かしています。たとえば夫を迎えるシーンでは、彼女自ら「このスカートは振り回したほうがかわいいし怖いよね」と提案し、フリルの裾を大きく揺らしながら階段を降りる演技を取り入れました。
ストレスや感情が揺れ動く場面では、ポイントとして赤を用いることで、視覚的に不安定さや緊張感を演出しています。スタッフの間でも「怖いことをするほど服がかわいい」と話題になるほどで、その違和感が物語における不穏なサインとして次の展開への伏線になっているんです。
何気なく選ばれたように見える色、素材、シルエット――そのすべてに物語を深めるための計算と情熱が込められている。衣装は飾りではなく、キャラクターの言葉にならない感情や物語の伏線をそっと語る“無言の語り手”。画面に映る一瞬のシーンの裏側には、衣装さんたちの「このキャラクターをどう見せるか」「何を感じさせるか」という絶え間ない試行錯誤がある。だからこそ、キャラクターが着る服一枚一枚に目を向け、その向こう側にある心情や物語の真実を感じ取ってほしい。
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