
お店のタオル売り場で、細長いタオルが増えたと感じたことはないでしょうか。SNSでは、お風呂や自炊など、暮らしの何かを「やめた」と宣言する「キャンセル界隈」という言葉が広がっています。じつはいま、この「やめたい」という気持ちに向けて、企業が次々と商品を投入しています。しかも、ヒット商品が相次いでいます。なぜ「やめる」は、企業が注目する次の金脈なのか。「キャンセル界隈」という新しい市場の仕組みについて、リサーチャーのcomugiが解説します。
(TBS Podcast『コムギコ:資本主義をハックしろ!!』2026年8月31日配信『「やめる」はなぜ流行る?キャンセル界隈から始める「引き算の経済学」』より)
バスタオルを使わない・減らした人の、75.9%が「満足」
一般的なバスタオルを使わない人や、使う回数を減らした人の75.9%が「いまの生活に満足している」と答え、「不満」はわずか6.2%でした(※)。そうした人は、あわせて全体のおよそ3割にのぼります。
受け皿になっているのが、バスタオルより細長いタオルです。同じ記事によると、代表格の「バスタオル卒業宣言」は2018年発売で累計550万枚を超え、2025年には販売が過去最高になりました。さらに歴史が長いのが2006年生まれの「ホテルスタイルタオル ビッグフェイスタオル」で、「#バスタオルやめました」というハッシュタグを掲げる販売元の発表では、累計1,000万枚を超えています。
乾きにくく、かさばるバスタオルをやめても、体は拭ける。やめた人たちのあいだでは、「やめてよかった」が、もう多数派なのです。
※「バスタオル、キャンセル派が3割 部屋の狭さ・物価高から小さめ台頭」日経MJ、2026年8月16日
この市場は、流行語より古い
「キャンセル界隈」という言葉が広がったのは2024年です。ただ、手間をやめさせてくれる商品は、それよりはるかに前から売れていました。
アイロンのいらないワイシャツ「NON IRONMAX」は2009年発売で、累計1,700万枚。朝の洗顔から化粧下地までを1枚で済ませる朝用シートマスク「サボリーノ 目ざまシート」は2015年。こすらずに洗える浴室用洗剤「ルックプラス バスタブクレンジング」は2018年に出て、シリーズ累計出荷は1億3,000万個です。
先ほどのホテルスタイルタオルも2006年生まれでした。つまり、流行が市場を生んだのではありません。手間を引き算する商品は十数年前からずっと売れていて、2024年に起きたのは、名前がついたこと。
しかも、ただの名前ではありません。時短やタイパが「かかる時間が何分減る」という機能の言葉なのに対して、キャンセルは、予約や約束を自分の意思で取り消すときの言葉です。仕方なく省くのではなく、私がやめると決めた、という宣言が入っている。「選んでいるのは自分だ」という気持ちの側の名前がついたことで共感が集まり、バラバラに売られていた時短の商品が、ひとつの流れとして見えるようになったのです。
「やめる」を「卒業」に翻訳する
では、企業は「やめたい」をどう商品にするのでしょうか。
ヒントは、名前の付け方にあります。「バスタオル卒業宣言」の開発担当者は、名前を決めるとき、単に「やめる」と言うと、これまでの暮らしを否定するように聞こえると考えたそうです。
そこで選ばれたのが「卒業」でした。卒業なら、これまでを否定せずに、次へ進める。やめることが、ひとつの達成になる。
同じ発想はほかにもあります。作り置きおかずの宅配サービスが、料理を休む時間を贈り物にした「料理おやすみカード」を数量限定で売り出したことがあり、味の素が2024年に始めた宅配冷凍弁当のサービスは、その名も「あえて、」。仕方なく手を抜くのではなく、自分で選んでやめる。
企業は「やめる」をそのまま売らず、卒業、おやすみ、あえて、と前向きな言葉に翻訳してから売るのです。
相手がいるときは「乗り換え」を売る
もうひと工夫が要るのが、相手のいるキャンセルです。
人付き合いや行事を一方的にやめると、関係そのものが壊れてしまいます。そこで売られるのは「やめる」ではなく「乗り換え」です。
年賀状をやめたい人には、「年賀状じまい」のあいさつ文例やデザインを用意するサービスがあり、やめること自体を礼儀正しいあいさつに変えてくれます。飲み会も、お酒を抜いて集まる楽しさだけを残す形が広がりました。ノンアルコール飲料の市場はメーカーの推計でこの10年におよそ1.6倍となり、キリンの「グリーンズフリー」は累計2億本を超えています。
やめたいのは、人付き合いそのものではありません。年賀状の準備やお酒の席といった、負担の重いやり方のほうです。つながりは残したまま、やり方だけを軽くする。相手がいる場面でも、売られているのは「引き算」なのです。
「睡眠キャンセル」には、商品が見当たらない
一方で、商品になりにくいキャンセルもあります。代表が「睡眠キャンセル界隈」です。
夜更かしで睡眠を削ってしまう、という意味の言葉で、「睡眠キャンセル」は検索分析会社が去年の夏に公表した集計で、月に平均およそ1,450回検索されていました。ところが、睡眠キャンセルを応援する商品は見当たりません。同じキャンセルでも、「コンロキャンセル界隈」には、電子レンジで一品作れる調理の素があるのに、です。
理由は単純で、コンロをやめても、料理という結果は残ります。バスタオルをやめても、体は乾きます。しかし睡眠をやめると、休息という結果そのものが消えてしまう。ここに、この市場のいちばん大事なルールがあります。商品になりやすいのは、結果はそのままで、手間だけを引き算できるキャンセルなのです。
キャンセルは、お金の節約とはかぎらない
もうひとつ、見逃せない特徴があります。キャンセルは、必ずしもお金の節約ではない、ということです。
お風呂をキャンセルする人はドライシャンプーを買い、自炊をやめる人は冷凍の宅配食を頼む。宅配食のnoshは、会社の発表で、今年7月に累計1億7,000万食を超えました。最近では、お金を払って飲食店の行列に並ばずに入れる「TableCheck FastPass」という優先案内サービスまで登場しています。
背景にあるのは、お金というより、時間と気力の不足です。人材サービス会社の調査では、仕事を終えて帰宅した時点で残っている気力が、ゲームでいう残りHP30%以下だと答えた人が55.7%いました。今年7月の日本生産性本部の調査でも、副業を「将来的には行ってみたい」と答えた働く人は27.6%と、2020年の同じ調査から12.6ポイント下がっています。
理由まで尋ねた調査ではありませんが、本業のあとにもうひとつ何かをする余裕が、細っているように見えます。「やめたい」という気持ちの正体は、使える時間と気力が、もう残り少ないことなのです。
浮いた時間とお金は、報われる場所へ
では、やめて浮いた時間とお金は、どこへ行くのでしょうか。推し活をしている人への調査では、48.7%が推し活のために節約をしていて、節約している人が削るものの1位は食費でした。
この調査が、キャンセルとのつながりを直接示したわけではありません。ただ、ここからは、ひとつの見立てができます。報われない出費を引き算して、報われる出費に足す。キャンセルとは、消費をやめて市場から出ていくことではなく、お金と時間の使い先を、自分の努力が報われる場所へ動かすことなのです。
だから企業は、この流れを追いかけます。「キャンセル界隈」が金脈に見えるとしたら、そこにいるのが「買うのをやめた人」ではなく、「使い先を選び直している人」だからです。引き算は、あきらめではなく、次の足し算のためにある。「やめる」が売れる時代の裏側には、そんな消費者の姿があります。
<コムギコ:資本主義をハックしろ!!>
毎日ニュースを100本を読むビジネス系VTuberのリサーチャーであるコムギ(comugi)が、日々の経済にまつわるニュースを解説するビデオポッドキャスト。本記事は2026年8月31日配信『「やめる」はなぜ流行る?キャンセル界隈から始める「引き算の経済学」』から抜粋してまとめたものです。
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