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“逃げ出したいほど苦しい”制作の先にあるもの。『海に眠るダイヤモンド』音楽・佐藤直紀氏の心の内

総合
2024-11-24 07:00

映画やドラマなどで流れる音楽「劇伴」。物語を繊細に支え、シーンの空気を一層際立たせることで視聴者を深く引き込み、心を揺さぶる大事な役割を担っている。神木隆之介が主演を務める、TBS日曜劇場枠で放送中の『海に眠るダイヤモンド』では、1950年代の端島(長崎県)と現代の東京を舞台に物語が描かれているが、その活気と希望にあふれる舞台も、音楽によって演出されていることにお気づきだろうか。


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本作の音楽を担当するのは、近年の話題作『ブルーモーメント』、『風間公親-教場0-』、映画『ゴジラ-1.0』をはじめ、『GOOD LUCK!!』『WATER BOYS』『龍馬伝』、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』『るろうに剣心』などドラマ映画ファンなら一度は聞いたことがある作品で劇伴を手掛けてきた佐藤直紀氏。ここでは佐藤氏に本作での制作秘話や、劇伴の役割について語ってもらった。


脚本と監督の言葉から作る作品へのイメージ。自分に疑いをかけながら進める制作過程とは


本作の劇伴制作は7月の中旬ころからスタート。そのころはクランクイン前だったため、まずは台本を読み込みイメージを膨らませたという。


「壮大な物語、それからシリアスな側面もある脚本なので、もし僕のイメージだけで作るのならもっとスケール感と重厚感たっぷりの音楽になっていたかも。塚原あゆ子監督の“希望”や“当時の活気を再現したい”、“ワクワクするような音楽が欲しい” とのリクエストをいただき、前向きで躍動感あるキラキラした音楽を目指しました」


と、佐藤氏。


キャストがクランクインし撮影が始まると、制作途中の短い動画が届き、その映像から感じとれた作品の空気感も作曲するうえでヒントになったという。



ドラマの音楽制作と聞くと、扱う題材を綿密に調べて作品の世界にどっぷり浸かりながら行うのかと思いきや、


「僕の場合、あまりにも深く調べすぎて題材にのめり込んでしまうと、独自の解釈が強くなってしまい、作品が伝えたいこととのギャップができてしまうことがあるんです。なので、あくまで制作の最終ヒントとしては、監督とプロデューサーの思い、脚本、それからもし映像があるのであればそこから感じられる空気感と匂いです」


と、作品との向き合い方を明かす。さらに、


「制作中は夢中になって取り組んでいるのですが、ずっと入り込んだ状態でいるといつの間にか自分でも気づかないうちに本来の趣旨とはズレた方向に進んでしまうことも。必ず客観的に確認する時間を取り、『本当にこの音楽で合っているのか?』と常に自問自答を繰り返し、自曲を疑いながら作業を進めています」


と、制作過程についても触れた。


大切なのは“作品との距離感”。固定概念にとらわれず、作品にふさわしい音楽を


そんな佐藤氏が劇伴を作曲するうえで常に意識しているのは、“作品との距離感”。映像やストーリーに対して、どの程度の距離感で作曲するか気をつけているという。


「感覚的なものなので伝わりづらいかもしれませんが、本作に関しては少なくとも主観的ではないかもしれません。主人公のナレーションがあることで、俯瞰の立場からドラマを見ている印象がありました。音楽もそれに合わせて、寄り添いすぎず、音楽が物語を上から照らしている感じをイメージしました」


と、本作ならではの距離感の取り方を説明。


佐藤氏は今回の楽曲について「民放ドラマの音楽としては少し突き放した感じがあるかもしれない」と振り返りつつ、「もっとわかりやすく感情移入しやすい音楽にもできましたが、濃密な脚本を音楽が過剰に説明する必要はないと思って」と、制作の方向性を口にする。


さらには、「この作品が、このストーリーが、この映像がどんな音楽を求めているのかを探り、固定概念にとらわれず、時に恐れず挑戦する。作品にとって唯一の音楽を目指して作曲しています」と、自身の姿勢を明かしてくれた。



塚原監督のアイデアで現代の登場人物が過去を振り返る、アメリカ映画「タイタニック」と似た構図で進む物語。劇伴からもその片鱗を感じられることを伝えると、なんと佐藤氏はそのアイデアについて知らなかったのだという。


「第1話で船から端島が見えてくるときに流れた曲では、同映画の音楽でも使われたティンホイッスルという楽器を使用しています。でも、もし監督からその話を聞いていたらティンホイッスルは使っていなかったと思います。その勇気はありません。あまりにもベタで恥ずかしいですからね(笑)」


と、偶然のエピソードも飛び出した。


音楽は“唯一のフィクション”…視聴者の感情にそっと寄り添う劇伴

劇中の音楽は視聴者に作品を強く印象付ける。作品のCMはもちろん、別番組で劇伴が流れると、「あ!これはあのドラマの曲だ」とつい反応する人も多いのではないだろうか。佐藤氏はそんな劇伴の立ち位置についてこう語る。


「ドラマの中で、唯一の本当のフィクションって実は音楽なんです。作品自体はフィクションですが、俳優がしゃべるセリフは“存在”していますし、海があれば波の音など、映像に映る実在するものの音が入っています。そんな中、唯一そこに“存在”しないものが音楽。だからこそ、劇伴が視聴者の感情の動きに寄り添い、そっと思いを肯定する重要な役割になっているのかもしれません」


と、劇伴が担うものに思いを巡らせる。


それだけ視聴者の感情を左右する力を持つ劇伴だからこそ、佐藤氏は「僕は音楽でそのシーンの感情や状況を決めつけることをしたくない」とも。


「だからこそ、どんな曲でもその裏にある感情を炙り出せるようにしています。常に楽しいだけ、怖いだけじゃない。楽しい感情の中に切なさがあったり、悲劇的な曲の中にもどこか希望を感じられたり、裏の感情を隠し入れることで、音に深みが出る。それが映像と合わさることで、人間の多面的な感情を匂わせることができるんです。正直皆さんにどれだけ伝わっているかわかりません。ただ、作り手として、物語の上辺をひたすらなぞるような耳障りが良いだけの音楽にならないようこだわっています」


と、楽曲に仕込むエッセンスについても言及した。


完成映像を見ずに楽曲を納品。選曲担当との連携が生むドラマ音楽の奥深さ


これまで数々の映画音楽も担当してきた佐藤氏。映画音楽では佐藤氏ら作曲家が撮影や映像を見ながら監督と相談し、どこのシーンでどんな音楽をかけるかを細かく決めるそうだが、ドラマでは作曲家は完成映像を見る前に全ての楽曲を納品し、「選曲」という担当者がどの楽曲をどの場面で使うのかを決める。


本作での音楽の使われ方は「驚きばかりで面白い」と語る佐藤氏。


「『この曲はあのシーンに当たるだろうな』と想定しながら書いているのですが、本編では全く違う使われ方をしていて。でも、これがドラマ音楽の面白さでもある。映画音楽の場合は事前の相談から変わることはほとんどありませんが、ドラマは選曲担当の使い方次第で作品がガラッと変わる。僕とは別の発想がそこに乗っかるので、新たな発見があるんです。今回は僕の音楽演出表現の幅をさらに広げてくれるような感覚があり、とても勉強になっています」


と、選曲担当との化学反応について語る。



佐藤氏は本作の選曲担当・遠藤浩二氏のことは以前から知っていたそう。


「作曲家としての遠藤浩二さんはもちろん存じていましたが、選曲家としても活動されていることを今回初めて知り驚きました。作曲家に選曲をしてもらうということは、監督が別の監督兼編集の人に編集を任せるようなもの。そういったことは初めてだったのでどうなるのかな…と思って」


と当時の心境を吐露。


「でも、完成映像を見て、遠藤さんが作曲家の立場になって曲を当ててくださっていることがわかりました。おそらく作曲家同士にしか伝わらないかもしれませんが、構成と編集が気持ち良かった。すごくうれしかったです」


と、遠藤氏への信頼を語った。


制作中は逃げ出したいほど苦しい…それでも踏ん張って生み出すのは「今一番かっこいいと思うもの」


「ここ数年は視聴者がどう捉えるかというのは敢えて気にしないようにしています」と口にした佐藤氏。


「昨今、ドラマや音楽に限らず、エンターテイメントの受け止め方がこれまでと変わってきているように感じます。さまざまなコンテンツを気軽に視聴する機会が圧倒的に増え、見る側のレベルは非常に高い。だからこそ、こちらが『こういうのが好きでしょ?喜んでくれるんでしょ?』みたいに顔色を伺うような、魂のこもっていない曲を書こうものなら簡単に見透かされてしまうし心に響かない。自分が信じる最良の音楽を勇気を持って書き、視聴者の皆さんに『これが僕が思う今一番格好良い音楽なんだよ』と提案する。そういったエンタメの作り方が伝わるようになったと思います」



時代の流れに沿って作品へのアプローチも変わる楽曲制作。


「初めてドラマの劇伴を手掛けた『GOOD LUCK!!』(2003)のときとは、サウンドもアプローチ法も全く変わっています」と、佐藤氏は自身のドラマ劇伴・処女作を振り返る。


そこから数々の作品に携わってきた佐藤氏だが、制作中には今でも頭を抱えることがあるのだという。


「毎回、全然書けない…どうしよう。逃げちゃおうかな(笑)、と思いながら制作しています。正直めちゃくちゃ苦しい。僕は今年54歳で、これからいくつ仕事ができるかわからない。だからこそ、1つひとつ自分が作曲する意味を見出したいと思っています」


と力強く思いの丈を明かしてくれた。


時に自らのアイデアさえも疑いながら、真摯に作品に向き合い、試行錯誤の末に生み出される劇伴は、 “唯一のフィクション”として視聴者にそっと寄り添う。そんな佐藤氏の劇伴は、多くの人々の記憶に残るドラマの一部として響き続けるだろう。


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