
内閣改造からわずか1か月。高市総理の「一本釣り人事」とされた簗和生農林水産大臣が、疑惑の渦中で辞任した。
当初、政権側には「予算委員会さえ乗り切れば」との目論見があったとみられるが、事態は急転直下、辞任へと至る。そこには、週刊誌報道をきっかけとした問題の「フェーズの変化」、国会日程という「デッドライン」、そしてこれまで「多弱」と評されてきた野党の「異例の結束」があった。
その結束の場となったのが参議院。高市政権のアキレス腱である「参院の壁」が、最悪の形で牙をむいた形となった。最前線で取材をする記者の証言と国会の動きから、辞任劇の舞台裏と政局の行方を解説する。
「言葉の問題」から「違法性の疑い」へ…記者が感じた“潮目の変化”
10月14日、簗大臣は辞表を提出した。2日に自身の発言をめぐり「誤解を招く」としながらも辞任を否定してから、わずか12日後のことである。一体、何が辞任の決め手となったのか。
潮目を変えたのは、問題の性質の変化だった。週刊誌報道の第一弾は、簗大臣の「予算をカットした」という発言。これに対し、TBS政治部の大室裕哉記者は、官邸側は説明できるラインを整理していたと指摘する。いち議員が圧力をかけても役所は左右されないので、簗氏が「自分を大きく見せようとしただけ」という論理で整理でき、高市総理も国会答弁で簗氏に「働いて仕事で返せ」と促し、説明責任を尽くしたうえで続投させる姿勢を見せていた。
しかし、第二弾として報じられた選挙区での「シャトルバス問題」が、13日から始まった。この問題をめぐる質疑が、局面を決定的に変えた。選挙で支援者を無料で送迎していたとなれば、公職選挙法違反の可能性が問われる。「予算カット発言」から、問題は「法律に触れるかどうか」へとフェーズを変えた。大室記者が取材したある政権幹部も、「公選法違反となると全然違う話になってくる」と認識の変化を示していたという。
簗大臣がいくら説明を尽くしても、官邸側がかばいきれる問題ではなくなったのだ。
高市総理は、こうした疑念を払拭するため、簗大臣に2日間の衆議院予算委員会で説明の場を与えた。だが、そこで納得のいく説明はなされなかった。総理の心境の変化が最も表れたのが、14日の予算委員会最終盤での答弁だった。
「農業政策に関してはですね、本当に紙を見ずにしっかりと答えるすばらしい答弁をしていたと思いますよ。皆様の納得をいただけない説明しかできていない。今の現状が、私は残念でなりません」
この「残念でなりません」という言葉には、2日間の質疑を通じて簗氏の説明が不十分だったという思いが強烈に出ていたと、大室記者は分析する。
迫っていた「デッドライン」 問われる総理の任命責任
辞任にはもう一つの側面があった。国会日程という「デッドライン」である。与党としては、20日からの消費税減税関連法案の審議入りを何としても死守したい。今後の日程への影響を最小限に抑えるには、14日が最後のタイミングだったのだ。
大室記者によると、簗大臣は高市総理を支える議員グループ「高志会」のメンバーであり、今の改造内閣においては、総理にとっては数少ない“高市色”の付いた肝いりの人事だったという。
政権幹部が「高市政権としては初の交代なので、政権としては衝撃」と語るように、今回の辞任劇は官邸に大きな動揺を与えた。高市総理も辞表を受理した後、「こうして大臣が辞任する事態に至ったことについて、任命責任を重く受け止めている」と厳しい表情で語った。
担当記者も驚愕…「簗追及」一色の予算委員会
「乗り切れる」はずだった政権のシナリオを覆したのは、これまで「多弱」「バラバラ」と揶揄されることもあった野党の動きだった。TBS政治部で野党取材を担当する奥村康平記者によると、潮目が大きく変わったのは、衆院予算委員会が始まる前の10月9日。参議院の野党6党が、簗大臣に対する問責決議案の提出を検討することで一致したのだ。
この動きが、政府・与党に大きなプレッシャーとなった。週明けの衆院予算委員会(13日、14日)での答弁次第では、16日からの参議院予算委員会を前に、問責決議案が提出・可決される可能性が浮上したからである。そうなれば、国会審議に大きな影響が出ることは避けられない。
迎えた衆院予算委員会は、まさに「簗大臣追及」一色となった。異例だったのは、その追及の幅広さである。新たに結成された統一会派「中道」や共産党、そして基本的にスキャンダル追及とは距離を置いてきた国民民主党や参政党、チームみらいまでが質問に立った。今回の問題が単なるスキャンダルではなく、国民の税金の使われ方に関わる重大な事案だという認識の表れであり、奥村記者も「驚きだった」と振り返る。
「まとまれば大臣の首も取れる」野党の戦略と成功体験
さらに記者たちを驚かせたのが、質疑初日の冒頭に質問した自民党の田村憲久元厚労大臣だった。記者に事前に配布された質問通告にはない身内である自民党からの厳しい質問に、奥村記者が所属する野党クラブの記者室は「田村さんが聞いてる!」とざわついた。
大室記者の取材では、田村議員も簗大臣の問題を聞かなくてはいけない。官邸側も自民党の質疑だからといって甘くなって欲しくない。いわば田村議員と官邸側の「阿吽の呼吸」だったのがあの質疑で、自民党内からも「公選法違反なら議員辞職レベルだ」という厳しい声も聞かれているという。
こうした中、野党側は“周到な戦略”で臨んでいたと奥村記者は話す。特に「中道」は事前に何度も作戦会議を重ね、担当する質問の内容を分担した。全員が同じように大臣を追及するのではなく、山岡達丸議員や長妻昭議員らが追及の主軸を担う一方で、他の議員は今後の国会審議に控える消費税減税法案などの政策課題に絞って質問する。批判一辺倒にならないことも野党の作戦と言える。
参議院からの問責というプレッシャーを背景に、衆議院の野党側が一斉に簗氏の追及に回る。この衆参の連携が功を奏した形だと分析する。
皮肉にも、簗大臣の問題をきっかけに、野党は「異例の結束」を見せることになった。国会序盤でこれだけの野党がまとまれたことに、野党側は一定の手応えを感じていると奥村記者は話す。
「参議院でまとまれば、大臣の首も取れる」
この成功体験は、今後の国会運営にも大きな影響を与えそうだ。
辞任は幕引きではない 高市政権に残る火種と「参院の壁」
簗大臣の辞任を受け、後任には武部新衆議院議員が任命された。15日、皇居での認証式を経て、正式に新農林水産大臣が誕生した。
武部氏は簗氏と当選同期で、農水副大臣や自民党農林部会長などを歴任した政策通だ。農水大臣経験者も「農林水産政策には通じているし、人間的にもできているから問題ない」と評価しているという。課題が山積する農水行政を立て直すため、即戦力が起用された形だ。
一方で、大室記者は就任早々から“難しいかじ取り”を迫られることになると指摘する。特に、米国産のジャガイモ輸入をめぐる問題は、産地である北海道を選挙区とする武部氏にとって避けて通れない難題だ。自民党の農水族重鎮は「国内の生産、需給体制が整わないままに米国産のジャガイモが大量に入ってくると国内は混乱する。武部氏にとって一番の悩みだと思う」と話しているという。
大臣の交代で一つの山は越えたように見えるが、国会の火種が消えたわけではない。野党は16日に始まった参議院の予算委員会で、高市総理の任命責任を厳しく追及している。与党側は野党の質問時間を増やすことで譲歩し、日程通り委員会を開催することで合意したが、綱渡りの状況は続く。
今回の辞任劇で改めて浮き彫りになったのが、これまでも繰り返し指摘されてきた高市政権のアキレス腱、「参院の壁」だ。参議院では与党が過半数に届かない少数与党の状態にあり、野党が結束すれば、法案の行方も大臣の去就も左右する力を持つ。今回、問責決議案をちらつかせることで、野党はその力をまざまざと見せつけた。奥村記者は「問責決議案を出していれば、可決されていた可能性が高い」との見立てを示した。
与党が目指していた20日からの消費税減税法案の審議入りは与野党で合意し、大臣の交代で日程への影響は最小限に食い止めたかに見えるが、会期末の12月12日まで残された時間は多くない。
野党が手にした“結束”と“成功体験”を前に、高市政権は重要法案の審議という、次なる壁に直面することになる。
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