
ドラマ「北の国から」などで知られる脚本家の倉本聰さんが、北海道・富良野市内の自宅で亡くなったことが分かりました。91歳でした。
脚本家・倉本聰さん(91)が死去 さだまさしさん「大恩人でした」
倉本聰さん(当時66歳 2001年1月放送「はなまるマーケット」)
「ものすごい時は(原稿用紙)20枚くらいあっという間に書いてますね。その代わり手は動かなくなる。僕ワープロとか一切使わないから」
数々のテレビドラマや映画を手がけた脚本家の倉本聰さん。9月18日の夕方、多臓器不全のため自宅で亡くなりました。91歳でした。
倉本さんは、東京大学・文学部を卒業後、ニッポン放送に入社。その後、独立し、1977年に北海道・富良野市に移住しました。
その北の大地を舞台に、父親と2人の子どもが逞しく生きる姿を描いた代表作「北の国から」は大きな感動を呼びました。
「北の国から」の主題歌を担当した、さだまさしさんはSNSで…
さだまさしさん
「歴史に残る名作『北の国から』の音楽を、若造の僕を信用して、ぽいっと全部任せて下さった侠気の人。大恩人でした」
また、作中で黒板純役を務めた俳優の吉岡秀隆さんは、感謝の思いを伝えました。
吉岡秀隆さん
「倉本先生と出会えたこと、神様に感謝します」
「茶の間の中を覗いて『失礼いたします』と静かに」ドラマ作りの精神
2018年には、80歳を過ぎてなお、テレビドラマづくりに挑み続ける姿勢がたたえられた倉本さん。その精神について、このように述べていました。
倉本聰さん(当時83歳 2018年5月 ギャラクシー賞贈賞式)
「先輩たちに言われたのは、テレビは各家の茶の間に入っていくものだ。大声を立てるな。静かにのれんをめくって、茶の間の中を覗いて『失礼いたします』と静かに入りなさいと。その教えを守ってやってきたつもりです」
倉本さんの葬儀は、すでに近親者のみで執り行われたということです。
11月3日には、富良野演劇工場にてお別れの会が予定されています。
・40代から増加「脳梗塞」の初期症状は?「倒れてからじゃ遅い」早期発見のカギ「BE FAST」とは【ひるおび】
・「ママ、あいたい。ごめんね」16歳少女が衰弱死 体重は19kgに… “違法捜査”で自白強要か それでも訴え続けた無実【報道特集】
・お腹をすかせた中学生3人…通りかかった食堂で「PayPay使えますか?」「ごめんなさい、現金だけなんです」その後の展開は…SNS投稿に大反響のワケ「こういう出会いって宝物」「読んでて涙出た」
