
知らない人の前や、慣れない環境などで話すことができなくなる「場面かん黙」という不安症があります。「声を出せるようになる」という自分との約束を果たすため、部活動に打ち込む高校生の日々を追いました。
【写真を見る】人前で話せない“場面かん黙”と向き合う高校生の挑戦、そば部で果たした「声を出したい」自分との約束【報道特集】
長野・戸隠 そば処の分校で
部員
「そばが打てることに感謝します。最高の自分を発揮します。これから、そば部の活動をはじめます。お願いします」
全国的にも珍しい部活動がある。そば打ちの技を磨く「そば部」。
長野市街地から車で約30分。全国有数のそば処・戸隠。そこに、全校生徒27人の「長野吉田高校 戸隠分校」がある。
昼間に授業をおこなう定時制で、不登校の経験や、障がいがある生徒も通っている。
部員
「お願いします」
「最初はグー、じゃんけんポイ」
そば部の伊藤智洋さん。「場面かん黙」という不安症だ。
部員
「きょう伊藤くん、(そば)打つ?」
伊藤智洋さん
「…(無言でうなずく)」
知らない人の前や、初めての場所で話すことができない。話そうとしても、喉が詰まる感じがして声が出ないという。
店員
「いらっしゃいませー。何かお探しですか?」
意思を伝えるのに使うのは、スマートフォン。
伊藤智洋さん(スマートフォンのメモ)
「折り紙に使う紙を探しています。おすすめはありますか?」
店員
「大きいサイズ?」
「場面かん黙」は500人に1人、5歳くらいまでに発症することが多いという。原因は判明していないが、治療により改善される例もある。
店員「紐いりますか?」
伊藤智洋さん「・・・(無言で首を振る)」
店員「じゃあ、ありがとうございました」
長野市に生まれ、両親と3人で暮らす智洋さん。幼いころは人前でも声を出せていた。
伊藤智洋さん(幼稚園の卒業式)
「みんなに折り紙、教えたことが楽しかったです」
小学生になると、3歳のときに診断をうけた発達障がいの症状が強くなり、物をなくすことなどが増えていく。
当時の日記。
伊藤智洋さん(小学4年当時の日記)
「ぼくは、ガヤガヤしている所に入るのは、大の苦手です。周りがうるさいと、落ち着かなくて、頭がこんらんします」
3年生のクラス替えのあと、にぎやかな雰囲気が合わず、話せなくなった。
母・久美さん
「小学校3年生、4年生くらいになると『自分の声を聞かれるのが怖い』と。声を出すのが怖い、声を聞かれるのが怖い、という思いがだんだん強くなってきたのか」
得意なことは折り紙だ。ドラゴンや虎、象、馬。自分で折り方を考えたオリジナル作品も多い。折り紙を見せて周りから話しかけてもらうなど、コミュニケーションのきっかけにしてきた。
しかし、その気力もなくなっていき、4年生の途中で不登校になった。
部員
「おはようございます!お願いします」
この日、そば部のメンバーはボランティア活動に訪れた。
そば部顧問 丸山淳一先生
「伊藤智洋です。彼は場面かん黙で、話をすることができないです。ただ、話したい気持ちはたくさんあります」
顧問の丸山淳一先生は、地域の人に喜んでもらうことで、部員に自信をつけてほしいと考えている。
お年寄り「このまま食べたい」
部員「このまま食べたい?嬉しい」
お年寄り
「やっぱりそばが違うのかな、おいしい」
「おいしいよ」
「必ず声を出せるようになる」。そば部に入った智洋さんは、そう自分と約束をした。
全国一のそば部を目指して
長野吉田高校戸隠分校のそば打ちは、授業の一環だったが、12年前に部活になった。全国大会で上位入賞を重ねる強豪で、前回は優勝を果たした。
そば部部長 長田桃子さん
「毎日練習しています。周りがうまいので、自分も負けたくないなという感じで」
そば打ちの工程は3つ。
出来の7割から8割を決めるといわれる「水回し」。
続く「のし」で生地を均一にのばす。
複数の棒で四角に広げる「江戸流」とは違い、一本で丸く広げるのが「戸隠流」だ。
最後は「切り」。全国大会に出られるのは、部員8人のうち6人。3人1組の団体戦で実力順にAチームとBチームに分けられる。
そば部顧問 丸山淳一先生
「水回しはだいぶ良くなっている。菊練りはちょっとイマイチ。あとは、こねの時に体の前後、もうちょっと使った方が良い」
そば部の活動の一方、場面かん黙の智洋さんが取り組んだのが「話す練習」だ。不安を徐々に和らげていく方法で、誰と、どこで、どんな話をしたか、その時に感じた不安のレベルを最大「5」で記入する。
例えば、丸山先生とそば部などについて話した日、不安レベルは「4.0」だが、次の日は「3.7」に、2日後は「3.3」と下がっていく。
高校では、そば部の仲間とは、会話ができるようになった。
大会まで1か月。
そば部 田中くるみさん
「本当にドキドキしています。怖いです」
メンバーが発表される日だ。全員がAチーム入りを目指し、練習を重ねてきた。
前回は補欠だった智洋さんも、思いは同じだ。
そば部顧問 丸山淳一先生
「発表します。Aチーム、由奈、桃子、くるみ」
「Bチーム、萌、とも(智洋)、錦」
智洋さんはBチーム入りについて
伊藤智洋さん(スマートフォンのメモで)
「正直言って、Aチームに入りたい気持ちが強く、というよりそのための練習を今までしてきたので、今悔しさが込み上げてきています」
智洋さんとそば部の挑戦
真っ白なそばの花が咲き誇る夏。
部員
「おはようございます」
いよいよ全国大会、当日。
大会スタッフ
「スタート!よろしくお願いします!」
戸隠分校はまず、Aチームが審査に臨んだ。
生地をのばす「のし」。
そば部副部長 德嵩由奈さん
「確認お願いします」
声を出して、生地が均一な厚さになっているか、仲間に確認を求めるのが決まりだ。
審査員
「それではスタート!」
続いてBチーム。智洋さんの担当も「のし」だ。初めての場所、そして知らない人も多くいる中、声を出すそのときが近づく。
伊藤智洋さん
「確認お願いします」
大勢の前で声を出せたのは、場面かん黙と診断されてから初めてだ。
伊藤智洋さん(スマートフォンのメモで)
「とても緊張しましたが、いつも通りできてとてもよかったです。声も小さいですが出せたのがとても大きかったです」
審査員
「第3位。長野県・長野吉田高等学校 戸隠分校Bチーム」
Bチームは3位。
Aチームは連覇を果たした。
「声を出したい」自分との“約束”
高校最後の夏を終え、智洋さんは、大きな決断をした。
そば部顧問 丸山淳一先生
「とも!ちょっと手伝って!」
全国の定時制高校で行われる、生活体験発表。智洋さんは全校生徒の前で、自分の声で作文を読むことにしたのだ。
そば部顧問 丸山淳一先生
「群馬(での全国)大会のときに一言出た。それがすごく自信になっていたので、今回もいけるのではないかと」
場面かん黙を克服しようと努力してきた3年間の思い。タイトルは『約束』。
原稿には、意識することをびっしりと書き込んだ。
丸山先生と、何度も練習を重ねた。
そば部顧問 丸山淳一先生
「OK!7分ぴったし!」
そして、発表当日を迎えた。声が出るかは、前に立ってみないと分からない。
司会
「10番、伊藤智洋さん」
伊藤智洋さん
『約束』伊藤智洋
私はある日、新聞を読んでいると、ある記事が目に留まった。
『普通って何ですか』というタイトルだった。
内容は、発達障がいがある人の生きづらさである。
読み進めていくと自分と重なる部分が多く、少し複雑だった。
そんな中、母の勧めで入ったそば部が私の人生を変える。
入学当初、『声が出せないからしょうがない』と自分に自信をなくし、自分を諦めていた。
しかし、戸隠分校には様々な事情を抱えた人が多く、そのような仲間と出会うことで、『いろんな人がいてもいいんだ』と思うきっかけになった。
そば部に出会い、自分が持つ力を発揮できる、一生懸命になれる場所を見つけた。この3年間で、一気に自分の世界が広がったように感じている。
卒業後も、いつまで場面かん黙と向き合うことになるか分からないが、これからも自身の約束に向かって前に進んでいきたい。
たくさん話をし、そして後悔のないよう、過ごせるように
そば部部長 長田桃子さん
「部活の時もたくさん練習してきていたのでその成果が出たな、すごいなと思いました」
そば部副部長 德嵩由奈さん
「努力しているのが伝わって、こっちも応援したり支えたくなる」
そば部顧問 丸山淳一先生
「『あーよかったな』というか、いろいろ自信を持ってできるようになってきたなと。(そば部以外の)ほかの生徒は全く声を聞いたことがない、そういう状況で話すって勇気を相当振り絞ったと思う」
会社でも続く奮闘の日々
この春、智洋さんは分校近くのそば製造・販売会社に就職した。
社員
「代読させていただきます。
『私の誓い』
私は、話せる話せないや障がいなどの特性をカバーし、表情を柔らかくし自分の気持ちを周囲にわかりやすく伝えます…」
職場ではまだ話すことはできない。
智洋さんの特性や人柄を理解した会社は、困ったときに鳴らすベルを準備するなど、サポートしている。
少しでも早く、会社に貢献したいと、奮闘の日々だ。
取材を続けるうちに、記者とも声を出して話せるようになった。
伊藤智洋さん
「これから自分でもどうなるかは分からないですし、もしかしたら自分が思っている以上にすんなりいくかもしれないし、苦労して時間がかかって、ようやく話せるようになったということもあるかもしれない」
「でも、やっぱり『どこまでいけるかやってみたい、挑戦したい』という気持ちはあるので、それは持ち続けていきたい」
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