
北海道などで暮らす先住民族アイヌに対する新しい形の「差別」について。それは、先住民であることを否定し、激しい差別の歴史を捻じ曲げるものだ。私たちは現代の差別とどう向き合うべきなのだろうか。
【写真を見る】「歴史を変えるってこういうこと」先住民族アイヌ“新しい形の差別”どう向き合うか【報道特集】
“アイヌを学ぶ”パネル展 「至れり尽くせりの旧土人保護法」にアイヌ民族は涙
2026年3月、札幌駅につながる地下通路で、あるパネル展が開かれた。20人ほどの警察官が警戒にあたり、会場は異様な雰囲気に包まれた。
テーマは「アイヌの史実を学ぼう!」。その中のパネルには「至れり尽くせりの北海道旧土人保護法」と書かれていた。。
そこにアイヌ民族・山下明美さんが足を運んだ。一枚一枚、丁寧に見ていたが、このパネルを読み、涙を拭った。
アイヌ民族 山下明美さん
「『至れり尽くせりの旧土人保護法』と書いてある。頭にきてさ。歴史を変えるってこういうことなんだなって、びっくりした」
北海道平取町。今も多くのアイヌが住むこの土地で、山下さんは生まれ育った。
平村ペンリウク(1832年~1903年)は、「コタン」と呼ばれるアイヌの集落の指導者だった。
アイヌ民族 山下さん
「おばさんが『お前達のご先祖は、立派な人がいるんだよ』って。たぶんこの方(平村ペンリウク)のこと」
「アイヌと言えない」 “北海道旧土人保護法”で奪われた文化
石器や土器が使われていた時代の人たちをルーツに持ち、北海道などで暮らしを続けてきたアイヌ民族。サハリン(樺太)などの北方集団と交流しながら、狩猟や採集が中心の独自の文化を築いた。
1869年、明治政府はアイヌが暮らしていた土地に開拓使を設置し、「北海道」と呼んだ。
アイヌを国民に編入し、開拓の名のもとに移民を送り込んでアイヌの土地や資源を奪い、名前を日本風にすることや日本語を話すことを強要した。さらにアイヌは、入れ墨などの風習や狩猟も禁止された。
1899年に「北海道旧土人保護法」が制定された。アイヌに土地を与えることを定めたが、農耕に適さない土地が多かったほか、学校教育の期間が和人より短いなど差別的な内容だった。
山下さんはずっと、アイヌであることを隠して生きてきた。
アイヌ民族 山下さん
「30歳~45歳まで働いていた函館の看護師として。『ここは外国人を雇っているの?と、患者さんが言っていたよ』と同僚が言ってきた。その時に『実はアイヌなんだ』ということは言わなかった、言えなかったの」
「北海道旧土人保護法」は1997年に廃止された。しかし法律はなくなっても、アイヌへの差別は残り続けた。
76歳の山下さんが、アイヌであることを周囲に打ち明けられるようになったのは、70歳を過ぎてからだった。アイヌ文様の刺繍もそのころ始めた。
――両親から教えてもらうことはなかった?
アイヌ民族 山下さん
「ないない。歴史を知った上でものを言わないとだめよ。私の両親は大正生まれ。弾圧されて、禁止されたんだから。だからやっているわけないのに」
「『なんでアイヌの人なのにアイヌの言葉もできない、アイヌの刺繍もできないの』と普通思うでしょう。あなたたち日本の政府がそうした。奪ったんだもの」
「伝承したくないわけじゃないのアイヌ文化を。伝承する環境になかったし、心のひねくれた気持ちがその時代に作られてしまったの」
アイヌであることを語れなかった20代のころ、奪われたアイヌ文化が、今度は観光資源として搾取される不条理を詩につづったことがある。
山下さんの詩「北海道に来たなら」
「北海道でお土産など
買わないほうがいい
歓迎のたれ幕よろしく
チャラチャラした『民芸』の店先を
のぞいたって
なんにもない
中身のあるものなんて
『アイヌ』の木彫りです
『アイヌ』のアッシ織りです
これは『アイヌ』の……
恥ずかしくって見てられない
『アイヌ』売る北海道も
『アイヌ』見る『シャモ』の奴らも
北海道のお土産は
お金なんかで買えない」
(「シャモ」=「和人」)
「先住民族」と認められても…繰り返される“SNS上の差別”
2008年、アイヌは国会決議によってようやく「独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族」と認められた。
北海道ウタリ協会(現・北海道アイヌ協会) 加藤忠理事長(当時)
「歴史の1ページ、本当に歴史的な幕開けの第一歩に入っていくのかな」
しかし、今度はアイヌの存在そのものを否定するような投稿がネット上で広がった。
旧ツイッターより(2013年)
「純粋なアイヌ人は絶滅したと言えるとか」
「そもそも純正アイヌは存在していません」
2014年、札幌市議会議員がSNSに「アイヌ民族なんて今はもういない」などと投稿し、問題になった。
2019年に施行された「アイヌ施策推進法」では、法律で初めて、アイヌを先住民族と明記した。罰則はないものの、アイヌへの差別を禁止している。
法案審議の過程で、国はアイヌへのヘイトスピーチの具体例を次のように答弁した。
内閣官房アイヌ総合政策室 橋本元秀室長(当時)
「ヘイトスピーチにつきましては、例えば『民族としてのアイヌなんてもういない』といった趣旨の心無い発言が今も繰り返しなされている」
そして今、「新しい差別」と指摘されていることがある。
弁護士「非常に悪質で問題が大きい」 アイヌへの“新しい形の差別”
2024年11月、札幌市の区民センター(公共施設)で開かれたパネル展。
そこには「土人学校の教育 手を焼いた朝登校・入浴躾」などと当時のアイヌの人たちを見下すような内容が。
アイヌ民族の北原モコットゥナㇱ教授はこのパネルについて、差別を助長するものだと指摘する。
「入浴とかトイレの習慣とかって言うのは、当時の日本社会の中でも様々ですし特に貧困層の人々の中には衛生状態とか、例えばヨーロッパ人から見て非常に悪いっていうふうに評価されるということもあった。どちらにも見えることをその一方だけ取り上げて『こんなに衛生がひどかった 』 と強調して見せるのは悪い印象を誘導することになる」
また、差別的な内容だった旧土人保護法を「アイヌの窮状を救うための」「至れり尽くせりの法律」と説明するパネルも展示されていた。
さらに、アイヌが先住民族であることを否定するような内容も書かれている。
パネルより
「先住民とは言えないのではと思われます」
市民
「アイヌヘイトやめろ!差別をやめろ!デマを流すな!」
パネル展の会場の外では、市民が集まり、反対の声を上げた。
抗議に参加したマーク・ウィンチェスター氏はアイヌの近現代思想史の研究者だ。
マーク・ウィンチェスター氏
「歴史の歪曲と、かつてあった差別をもう一度現代において焼き増しするようなパネル展が、誰もが目にするようなところで行われていいものか。これは許せない」
パネル展は2025年9月にも開かれた。会場は札幌駅に直結した地下通路で、多くの市民や観光客が行き交う公共の場だ。
展示の内容は、ほぼ同じものだった。
パネルの内容を差別だと批判する研究者や市民団体と、主催者側の間で衝突が起き、警察が出動する騒ぎになった。
ウィンチェスター氏はその場で、パネルは歴史を誤って解釈していると指摘した。
ウィンチェスター氏
「近代化の過程において、アイヌが優遇されていたかのような主張。『至れり尽くせりの北海道旧土人保護法』とあります。農地に向いていないような土地もたくさんアイヌに付与されていた」
パネル展を主催したのは「アイヌの史実を学ぶ会」と名乗る団体だ。保守系団体の日本会議・北海道本部が後援しているという。
代表者の男性に、パネル展を開催した理由について尋ねると…
アイヌの史実を学ぶ会 伊藤昌勝会長
「我々の勉強の成果をみんなに見てもらおうとパネルを作った」
アイヌが先住民族であることを否定するような展示については…
アイヌの史実を学ぶ会 伊藤会長
「この方がアイヌなんだってことは、会ったことも見たこともない。アイヌが先住民族だなんてわからない。先住民族の定義がわかんないもん」
パネル展の内容には、専門家などから疑問や批判の声が相次いだ。
アイヌ民族の成り立ちを研究する瀬川拓郎教授は…
札幌大学(考古学) 瀬川拓郎教授
「先住民族というのは、一般的に言われているのは、近代国家の中で支配下に入って、独自の言語や文化を持つ人々という定義。アイヌの人々は先住民族と言える」
2025年12月、日本人類学会などの3つの団体も、「今日の学術的見地に立てば、アイヌ民族の先住性と独自性は明白」と表明した。
ヘイトスピーチの問題に詳しい島田度弁護士は、パネル展は「新しい形の差別だ」と批判する。
島田度弁護士
「現代の差別・レイシズムはストレートに民族をおとしめる方向では出てこない。『差別されていなかった、むしろ優遇されていた』という内容の展示」
「アイヌは俺たちより良い目を見ている。自治体から支援を受けているから、彼らの特権なんだという現代的レイシズムをある意味教科書通りなぞった展示なので、非常に悪質で問題が大きい」
札幌市へ要求も…止まらない「公共の場」でのアイヌ差別
地下通路は札幌市が管理している。市に対して札幌アイヌ協会は、今後パネル展を許可しないよう求めた。
だが、札幌市は…
札幌市 秋元克広市長(2025年10月)
「法的な立て付けとして明らかに違法状態でなければ、施設を利用することを認めざるを得ない」
すると2026年1月、パネル展の主催者は日本会議・北海道本部が発行する広報誌で、次のように明らかにした。
日本会議・北海道本部 広報誌
「展示会は、令和8年3月に開催できるよう予約ができました」
展示の目的については、「学習で知り得た史実を自信半分・不安半分でパネルにしただけで、何かを非難するものではない」としている。
3月のパネル展開催が迫るなか、山下さんたちは「これ以上、差別的なパネル展が開かれることを許してはならない」と札幌市に強く訴えた。
アイヌ民族 山下さん
「こういうパネル展示はやめてほしいという申し入れなんですよ」
札幌市の担当者
「札幌駅前通り地下広場の申し込みについては、公表しても良いと言われているもの以外については、お答えをしかねる」
市の担当者は、パネル展を許可したかどうかは、市から公表することはできないと繰り返した。
パネル展に反対する市民
「『開催できるよう予約ができました』と堂々と書いてある」
札幌市の担当者
「繰り返しですが、今後のことについてはお答えできない」
アイヌ民族 木村二三夫さん
「絶対止めなきゃだめ、やめさせなきゃだめ」
「アイヌ施策課っていうのは、誰のため、何のための政策室なの?」
札幌市の担当者
「もちろんアイヌの方々のために…」
アイヌ民族 木村さん
「アイヌのためにやっていないんじゃない。この結果、去年も今年も」
抗議の2日後、秋元市長はパネル展に対する見解を初めて示した。
札幌市 秋元市長
「アイヌの方々の先住性を疑問視したり、旧土人保護法について『至れり尽くせり』という一方的な評価を行うなど、これは札幌市の認識とは違う」
一方、差別に当たるかの判断は難しく、現時点でパネル展を拒む理由はないとした。
そして、パネル展は開かれた。
パネルの内容はほとんど変わらなかったが、アイヌが先住民族であることを否定するかのような内容は表現が変わっていた。
前回
「先住民とは言えないのではと思われます」
今回
「でも、アイヌは先住民???」
アイヌの男性は…
アイヌ民族 葛野次雄さん
「俺たちここにいた。この札幌にも、樺太にも千島にも、全道にいた」
展示を直接見ることを避けてきた山下さんが、意を決して会場に足を運んだ。
山下さんは、「アイヌは湿地を嫌い、開拓農民は湿地を選んだ」と書かれたパネルにも強い憤りを感じた。
水源から遠く、農耕に適さない土地をアイヌに割り当てたのは明治政府であるにもかかわらず、土地を望んだのはアイヌ自身だと主張するものだったからだ。
アイヌ民族 山下さん
「農耕に適さない土地を与えて『アイヌに土地を与えた』と言われてきた。それを『アイヌは湿地帯が嫌いだった』と書いてある。ああいう言い方をすること自体が差別。差別だと思います」
山下さんたちの反応を見て、主催者を問いただす人もいた。
アイヌ民族の支援者
「実際にアイヌの方で傷ついている方がいる」
アイヌの史実を学ぶ会 伊藤昌勝会長
「僕らそんなつもりでもちろんやっていないし、そんなところありますかね?素人の発表会だから、間違っていれば直しますよ」
アイヌ民族 山下さん
「あまりにもひどい」
訴え続けるアイヌ民族「これは差別している側の問題」
パネル展の9日後、秋元市長は札幌市として具体的な対策を検討する考えを示した。
札幌市 秋元市長
「ガイドライン・判断基準を示してほしいと国に対して求めてきたが、札幌市としても検討を続けなければいけない」
山下さんたちは、展示は人権侵害とし、札幌市に対策を求める署名約1万6700筆を提出した。
アイヌ民族 山下さん
「私たちの後ろには『頑張って』という思いの人がたくさんいることを力に、こうやって頑張っている」
5月1日、山下さんはアイヌへのヘイトに反対する人たちに呼びかけ、札幌で開かれたメーデーに参加した。
アイヌ民族 山下さん
「ヘイトが許されるようなことになっている。それに対して、市民にアピールすることも一つの手段」
山下さんは、差別を許さないという声が、少しずつでも広がっていくことに希望を託している。
アイヌ民族 山下さん
「いくら頑張ってもアイヌという言葉で、相手をおとしいれるような武器に使う人もいるの。それがアイヌヘイトの問題。頑張るのは当然だけど、そうじゃない。これはアイヌの問題じゃない。差別している側の問題でしょう」
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