上野動物園の双子パンダ「シャオシャオ」と「レイレイ」。中国への返還のため、27日夜、成田空港から出発しました。パンダが国内から姿を消すのは、およそ半世紀ぶりです。双子パンダとファンの最後の1日を追いました。
日本中の人々に愛された上野動物園の双子のパンダ「シャオシャオ」と「レイレイ」。上野で過ごす最後のときも、マイペースに、にんじんを食べていました。
訪れる別れのとき。
「最後まで一緒にいたい、同じ空気を最後まで吸いたいと思い来た」
そして、午後8時すぎ。
記者
「シャオシャオとレイレイを乗せたとみられる飛行機がいま、成田空港を飛び立ちました」
中国に向けて、日本を出発しました。
「行っちゃった。元気でね」
「(声をかけてあげられるなら何を?)シャオシャオとレイレイ…持ち前のかわいさと陽気な2頭なので、中国でもファンを増やしてねって」
「長いような短いような、あっという間の時間でした。一生忘れられない一日になったと思う」
27日の上野動物園。2頭のパンダを見送るため、朝から多くのファンが集まっていました。
週に3~4日来園
「一言で悲しいです、寂しいです。(よく見にきていたんですね?)生まれたときから来てました」
“レイレイの名づけ親”
「私はこの子、いつも枕元にいますので。一応レイちゃんの名づけ親なんです。応募の時にレイレイと書いて出しました。悲しいですよね。さみしい本当に」
大阪から来たこちらの女性は、パンダをきっかけに友達の輪が広がったそうです。
大阪から来たファン
「並んでいる時、前とか後ろにいる方に『どこからですか』そんな話をしながら。違う意味で楽しかった」
それぞれの思い出を胸に抱き、午後1時半、その時がやってきます。
記者
「動物園から1台のトラックが出てきました」
「元気でね」「ありがとう」「またな、がんばれよ」
パンダが初めて日本にやってきたのは、日中国交が正常化された1972年。人々はパンダを一目見ようと長蛇の列を作りましたが…
「(Q.パンダ見えた?)ぜんぜんみえない」
「並んだ割には全然、時間が足りないですね」
2頭の両親「リーリー」と「シンシン」は、東日本大震災があった2011年に来日。
福島市から避難した来園客
「学校も行けなくなったから、悲しくなって来たんですけど、パンダとか動物を見て勇気をもらいました」
来園客
「パンダのおかげで日本が明るくなればいいなと」
震災で傷ついた日本に、たくさんの笑顔をもたらしました。
シャオシャオとレイレイの兄にあたる赤ちゃんパンダが死んだときには…
「本当にパンダの赤ちゃん死んじゃったって」
いつも人々の関心を集め、人気者だったパンダ。シャオシャオとレイレイは28日、中国に到着する予定で、姉・シャンシャンがいる施設で暮らすことになります。
日本人観光客
「シャオレイが日本からやってくるので、同じタイミングで来られたらなと思って来ました。ドキドキしながら待っている」
2頭の返還により、半世紀ぶりに国内から姿を消すパンダ。日本は、新たなパンダの貸与をたびたび中国側に求めていますが、日中関係が悪化する中、見通しは立っていません。
27日に会見を行った中国外務省は。
中国外務省 郭嘉昆 報道官
「我々は今まで通りに日本の人々が中国にパンダを見に来ることを歓迎する」
今後の貸し出しについては、触れませんでした。
ファン
「楽しみがね、なくなっちゃったね」
「どうやって生きていこうかなって思います。本当に笑い話じゃなくて。今までいろんなことを頑張るエネルギーになっていたので…」
「人生を肯定してくれているという感じで、本当に感謝しかない。中国もちっちゃいこと言わずに、大きな優しい心でパンダを貸与してくれたらうれしい」
「シャオシャオ、レイレイ。元気でね。またね」
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