
シリーズ「小屋番 八ヶ岳に生きる」【第4話】
国土の7割を山が占めるという「山国」日本。
全国に350を超える有人の山小屋があると言われている。
【写真を見る】「頭が痛い?」トイレで倒れ立てなくなった若者…駆けつける山岳看護師の女性
こうした山小屋を営み、山を住処にし、山を自然を、そして登山者を守る人たち「小屋番」。
コンビニもない、車もない、自然と向きあう小屋番の日常は「過酷」そのものだ。
それでも山に魅せられ小屋番として、その「過酷」な道を選ぶ人たちがいる。
このシリーズでは、「コヤガタケ」と呼ばれるほどに山小屋が多い八ヶ岳で生きる小屋番たちの日々に迫る。
「頭が痛い」トイレで倒れこんだ登山客
赤岳鉱泉(2220メートル)は八ヶ岳の最高峰赤岳(2899メートル)登山の中継地としても知られる山小屋だ。そこから赤岳だけでなく硫黄岳などにも足を伸ばせ、また冬も営業している登山者に人気の山小屋である。
7月に入った快晴のこの日も赤岳鉱泉は賑わっていた。
受付に立つ赤岳鉱泉のオーナー栁澤太貴さん(38歳)の元に、「赤岳鉱泉山岳診療所」のジャンパーを着て、医療用ゴム手袋をした女性が駆けつける。診療所のこの日の担当の山岳看護師だ。
彼女は栁澤さんから氷を受け取り、足早にトレイに向かった。
そこには「頭が痛い、頭が痛い」と繰り返しトイレに入ったまま倒れこみ、立てなくなった若者が居た。氷で額を冷やし、血中酸素を測る。登山数日前まで体調が悪かったという若者は、自分は大丈夫と踏んで小屋まで来たものの、再び体調を崩したらしい。彼は診療所で夜を過ごし、朝食を口にするまで回復したのち、下山した。
実は、ちょっとした体調不良を押して登山を決行した人が、山に登って、身体の異変を訴えることが頻繁にあるという。
八ヶ岳にただ一つの「赤岳鉱泉山岳診療所」開設
「赤岳鉱泉山岳診療所」は小屋に入ってすぐ左側にある。
八ヶ岳で唯一の、そして通年で開いている日本で唯一の山岳診療所だ。山岳診療所は北アルプスを中心に20か所程あるが、いずれも夏限定の診療所である。
2021年7月、この診療所は開設された。地元の諏訪中央病院、諏訪赤十字病院、相澤病院と連携し、山岳医と山岳看護師の資格を持つ医師と看護師で運営されている。
診療所の設立は、栁澤さんの夢だったという。
「仲間だったりお客さんが遭難で何人も亡くなるのをみて、悲しむ人を目の当たりにして、(遭難や事故を)未然に防ぎたかった」
医療従事者の報酬はボランティア
診療所とは言っても、町の病院のような治療と投薬ができるわけではない。医療資材は限られている。あくまでも下山できるようにするためのサポート、そして町の医療に繋げることが目的だ。本当に厳しい状況となれば、救助要請をして、警察と山岳遭難防止対策協議会(遭対協)が出動して、その登山客を下すことになる。
高山病や転倒などによる怪我や靴擦れまで、いろんな人が訪れる。年間の利用者は98人に及ぶ。診療費は無料である。
副委員長を務める国際山岳医の市川智英医師は「山では検査機器なども無いので、自分の診察を武器にしなければならないのが麓の病院とはかなり異なる」と言う。
しかし、山岳医、山岳看護師の地位は低く、医師たちの活動はボランティアが現実である。
市川医師は「山岳医療の地位を高くしたい」。栁澤さんは「長く続けるために、質を高めるためにも将来的はボランティア活動でなくしたい。医療従事者の皆さまに報酬を払えるようにしていきたい」と話す。
二人の熱い夢だ。
赤岳鉱泉では夕食後、安全登山に少しでも貢献したいと、「山の医療相談室」を随時開いている。登山客も多く参加して、熱心に耳を傾ける。
「赤岳鉱泉医療所」は24年に法人化、賛助会員も増えてきて、着実にその夢に向かって走っている。
シリーズ「小屋番 八ヶ岳に生きる」
【第1話】「このままでは自分が壊れる」23歳で都会を逃れた青年は、なぜ氷点下20度の八ヶ岳に向かったのか…『自分をリセット』八ヶ岳の山小屋に生きる小屋番たちの思い
【第2話】「飢えた鹿はトリカブトも食べる」”鹿に食いつくされる八ヶ岳の森” 山小屋で働く小屋番が抱く危機感「このままでは八ヶ岳の森が消えてしまう」
【第3話】遭難者の1割が死亡か行方不明「スマホばかり見て自分の実力を知らない」八ヶ岳の山小屋を守る小屋番の痛切な警告
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<プロフィール>
執筆者:永山由紀子
1989年東京放送(現TBSテレビ)入社。情報番組やドラマのディレクター・プロデューサーに従事。企画・プロデュースしたドキュメンタリー映画『小屋番 ~八ヶ岳に生きる ~劇場版』は1月9日(金)からヒューマントラストシネマ有楽町ほか~全国で順次公開、上映中
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