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暴れ馬か平穏か…午年に刻まれた「気象災害の爪痕」と繰り返される猛威【気象予報士・森朗のお天気タイムマシン】

国内
2026-01-01 07:30

2026年は午年(うまどし)。過去の午年の天気を振り返ってみると、そこには「穏やかな放牧地の風景」とはかけ離れた、まるで荒れ狂う暴れ馬のような気象災害の数々が記録されていました。
来たるべき午年は果たしてどのような空模様となるのでしょうか?(アーカイブマネジメント部 萩原喬子)


【写真を見る】「転覆した洞爺丸」1954年(昭和29年)


1954年(昭和29年/午年)現代の防災へつながる「原点」

1954年(昭和29年)は、日本の防災体制を根底から変えた激動の1年でした。5月には「メイストーム(5月の嵐)」の語源となった猛烈な低気圧が発生。さらに9月には、日本海難史上最悪の惨事となった「洞爺丸台風」が襲来しました。急速に発達する低気圧や台風などに当時の予報が追いつかず、多くの命が失われた教訓から、気象レーダー網の整備が急速にすすめられることになります。
また人々の防災意識の高まりに応えるように、電話予報サービス「177」の試験運用が始まったのもこの年でした。(1955年1月1日から全国でサービス開始、2025年3月31日にサービス終了)


1966年(昭和41年/午年)常識を覆した「猛烈な風」

「第2宮古島台風」が日本の風速記録を塗り替えました。
観測された最大瞬間風速は85.3m/s。時速に直すと約307kmという、新幹線並みの暴風です。強固なコンクリート建築すら破壊したこの風は、日本の建築基準を見直させる転機となりました。


1978年(昭和53年/午年) 都市部を襲う「見えない嵐」

高度化した都市機能が意外な形で牙をむいたのが1978年です。2月、東京都内の荒川鉄橋上で、走行中の営団地下鉄(当時)東西線が突風により横転・脱線。「電車が風で倒れるはずがない」という当時の常識が崩れた瞬間でした。


1990年(平成2年/午年)流行語になった「気象観測史上(はじめて…)」

あまりに多くの記録が塗り替えられた1990年。新語・流行語大賞に「気象観測史上はじめて…」という言葉がランクインしました。
中でも衝撃的だったのは、12月という異例の時期に千葉・茂原市で発生した日本最大級の竜巻です。住宅を基礎から破壊し、車を空へ舞い上げたこの猛威は台風だけでなく、局地的な「突風」のリスクが日常にあることを突きつけた出来事でした。


21世紀の午年 牙をむく「都市型災害」と「豪雨」

2002年(平成14年)には非常に強い勢力の台風21号が首都圏を直撃。交通網は完全に麻痺し、倒木や看板の落下が相次ぐなど大都市の脆弱さが露呈しました。


そして記憶に新しい12年前、2014年(平成26年)午年。8月の広島市を同時多発的な土砂災害が襲いました。狭い範囲に猛烈な雨を降らせ続けた原因は「線状降水帯」。深夜から明け方にかけての猛烈な雨が、逃げる間もなく民家を飲み込みました。


気象予報士 森 朗氏:
過去の午年を振り返ると、どれもが当時の「想定」を上回る現象ばかりでした。「そんなはずがない」という思い込みを捨て、備えという名の手綱をしっかりと握っておくことが大事かもしれませんね。


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