将棋の8つの女流タイトルのうち、6つを保持する福間香奈さん。日本将棋連盟が定めた“ある規定”によって今後、“タイトルを失う可能性”があると訴えています。“出産か対局かー”。選択を迫る規定に一石を投じた、その思いを聞きました。
【写真を見る】1年通して、休みなく対局が組まれている女流棋士の8つのタイトル戦
「出雲のイナズマ」トップ女流棋士 対局研究は子育ての合間をぬって
大阪府大東市に住む女流棋士の福間香奈さん(33)。2023年、将棋で知り合った健太さん(36)と結婚し、2024年12月には長男が産まれました。
女流棋士 福間香奈さん
「ものすごく望んでいたし、子どもが欲しくてできたのですごく良かった。今までで一番うれしかった瞬間」
島根県出身で、中学1年の時に女流プロとなった福間さん。攻め手の鋭さから付いた異名は「出雲のイナズマ」。
これまでに獲得した通算タイトル数は、史上最多の67にのぼります。
去年は、妊娠・出産がありましたが、現在も8つあるタイトルのうち6つを保持しているトップ女流棋士です。
自宅では、忙しい子育ての合間をぬって過去の対局の研究を続けています。
福間香奈さん
「年々厳しくなってきている。10代20代が一番の伸び盛りで30代はだんだん読む量とか棋力、何でも体の衰えもそうだが下降していく時期ではあって、常に危機感がある状態」
子どもの存在も、将棋のモチベーションになっているという福間さん。いずれは2人目も欲しいと考えています。
しかし、日本将棋連盟が新たに決めた規定をめぐって、不安を感じているといいます。
「出産」か「対局」か… “マタハラの可能性”指摘も
将棋会館外観女流棋士のタイトル戦について定めた規定には、「妊娠している場合は、出産予定日を基準とした産前6週間から産後8週間までの期間と、番勝負の日程が一部でも重複する場合、対局者の変更を行う」と、書かれています。
女流棋士のタイトル戦は8つ。1年を通して、休みなく対局が組まれています。
6つのタイトルを持つ福間さんの場合、今回の規程では、例えば4月上旬から7月半ばまでが産前6週・産後8週の期間だとすると、3つのタイトル戦に参加できなくなってしまうのです。
福間香奈さん
「“対局”か“妊娠”するか、どちらか選択しないといけないような状況」
夫 健太さん
「2人目をもしつくるとなると、(妻は)いま複数タイトルを持っているので、いくつかタイトルを失うことになる。それは妻は望んでいないので、これは難しいと2人で落胆した」
実は去年、妊娠中だった福間さんは、タイトル戦の時期に体調不良になりましたが、当時は規定が無く、特例として対局が「延期」となったり、スケジュール調整が難しく「不戦敗」となったりと対応が一貫しませんでした。
福間香奈さん
「(去年)妊娠・出産した際には日程変更していただいたり、ご迷惑をおかけして申し訳ない気持ちと大変ありがたい気持ち。女流棋士である以上、対局できないことは何にも代えがたいものがある」
そのため、日本将棋連盟は新たなルールを整備。今年4月、その目的を「対局者の変更に関する基準を明確化することにより、公平かつ持続可能な対局環境を整えることを目的としております」と説明していました。
今回の規定で、タイトル戦に出られなくなった場合、翌年に何らかの救済措置があるといいますが、福間さんはあくまで「柔軟な日程変更をするべきだ」と話します。
女性の働き方に詳しい弁護士は、「今回の規定によりマタハラが引き起こされる可能性がある」と指摘します。
矢倉昌子 弁護士
「この規定があることによって、この期間にまったく試合に出場できない。本人の体調とか関係なしに画一的に出場できないことが、それにより本人が不利益を受ける可能性がある」
未来の女流棋士のためにも 規定改正へ「決断の一手」
福間さんは今年8月、夫の健太さんと一緒に「子ども将棋教室」をオープンしました。「大好きな将棋をもっと広めたい」という思いからです。
――将来はどんなことをやりたい?
女の子
「棋士になってみたい。(福間さんは)今まで強い人としか思っていなかったけど、教え方とか優しいし、教え方も上手くて強い人」
福間香奈さん
「毎回来るたびに強くなっているのがわかる。すごく一生懸命。私たちもすごく教えていて楽しい」
将来、女流棋士を目指す子どもたちのためにも、規定を変更する必要があると考える福間さん。
4月以降、連盟の理事に個別に訴えたり、女流棋士で作る産休委員会の設置を呼びかけたりするなどしましたが、規定は一向に変わりませんでした。
そのため、福間さんは連盟に規定の変更を求め、9日に改めて要望書を提出。10日には会見も開きました。
福間香奈さん
「今の規定だと、出産か対局するかどちらか一方を諦めなければいけない。安心して子どもを望める規定になってほしいと感じている」
規定の変更 何がネックに?
小川彩佳キャスター:
【福間さんの日本将棋連盟への主な要望】
●産前産後に予定されているタイトル戦の日程変更可能に
●産前6週・産後8週の期間でも体調や医師の意見に応じ出場可能に
●対局者変更はやむを得ない場合、暫定王者制度を設ける
この訴えに対し、日本将棋連盟はどのように向き合っているのでしょうか。
MBS 阿部雄気記者:
まず、この新たな規定について尋ねると、連盟は私たちの取材に対し「当事者の安全性と公平性がより保たれ、不利益が生じない制度が求められる中、規定の明文化を目指し検討を進めている」と回答しました。
また、福間さんの要望書についての受け止めも尋ねましたが、「手元に届いていないので回答できない」としています。
小川キャスター:
この要望書は既に以前出しているわけですよね?
阿部記者:
同様の要望書は12月に出していますが、改めて9日に出したということです。内容はかぶるところもありますが、変わるところもあります。
藤森祥平キャスター:
福間さんは6つタイトルを持っており、8つのタイトル戦がある中で、例えば産前・産後の期間が少しでも被ってしまうと「もう出られませんよ」というルールです。
東京大学准教授 斎藤幸平さん:
本当に大変な過密日程の中、出られない試合が1個でもあるとそのタイトルを失ってしまう。彼女の場合は6冠なので、試合の日程が特に詰まっているということですよね。
私が聞いた話だと、将棋連盟の会長は女性になっているし、ルールを変えること自体はそんなに大変なことじゃない。今の私たちの働き方の感覚からすれば、現行のルールは時代的に遅れたものではないかと感じるのですが、ネックは何なのでしょうか?
阿部記者:
この8タイトルは、パズルを組み合わせるようにできています。1個だけを見ても、実は最大で7番勝負、7回戦まであるので開催場所は全国津々浦々、対局前日には検分があったりセレモニーのようなものがあったりする。スポンサー対応もある。
いろんな人が関わっている中で、それを簡単に日程変更できるかというと、1個変更すると他のもの変更しないといけなくなるので、それが崩れるのが連盟としては負担なのかなと思います。
斎藤幸平さん:
8個もいらないのでは?6冠なんだから、彼女が1つにボクシングのように団体統一して4つぐらいに絞ってはだめなのでしょうか。
阿部記者:
元々、女流将棋のタイトル数は少なかった。それが将棋を盛り上げるために増えてきたということです。
斎藤幸平さん:
それをリードしたい、大きくしたいという気持ちと、やっぱり子どもを育てたいという気持ちの中で、将棋連盟はお金を儲けているんだから彼女のためにもっと対応しなければいけないですよね。
小川キャスター:
スケジュールを理由にするのであれば、妊娠のタイミングで大体予定日がいつになるかは数か月前にわかるわけですから、前もってスケジュール変更可能なのではないかと思ってしまいます。
阿部記者:
まさにおっしゃる通りで、産前6週・産後8週の期間というのは1か月前にわかるわけではなくて、数か月前にはわかっているので、その時期に速やかに「この時期が産前6週・産後8週ですよ」と伝えることで、日程の変更は可能なのではないかというのは福間さんも訴えてました。
藤森祥平キャスター:
会見の後にルールは変わりそうですか。
阿部記者:
将棋連盟がどのような対応をするかというのは、先行きはまだ見えません。
小川キャスター:
本当の意味で女流将棋界を盛り上げていこうとするのであれば、こうしてキャリアか育児かの二者択一になっているこのルールのままでいいのかということに真摯に向き合っていただきたいです。
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<プロフィール>
阿部雄気
MBS記者
これまで大阪府警や大阪地検など担当
斎藤幸平
東京大学准教授 専門は経済・社会思想
著書「人新世の『資本論』」
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