
社会に隠される形で行われてきたAID
不妊治療の一つとして、カップル以外の第三者の精子を使う方法があります。AID(Artificial Insemination by Donor)=非配偶者間人工授精ともいいます。
【写真で見る】「私は何者かを知りたい 匿名の精子提供を生きる」出版記念イベント
AIDは日本では、70年以上前に始まり、生まれた子供は1万人とも2万人とも言われます。はっきりしないのは、ほとんどの場合、生まれた子供や周りにそのことを知らせず、秘密にしてきたからです。精子の提供者も原則匿名です。社会に隠される形で行われてきました。
2000年代頃から、様々な経緯で、自分がAIDで生まれたことを知り、自助グループなどもできて、その思いや「誰が精子を提供したのか知りたい」という声をあげる人が出てきました。
AIDで生まれた人たちなどの声を集めた本が出版される
そして、このほど、AIDで生まれた人たちなどが原稿を寄せた本が出版されました。「私は何者かを知りたい 匿名の精子提供を生きる」(ドナーリンク・ジャパン編 晃洋書房)というタイトルです。
ドナーリンク・ジャパン(donorlinkjp.org)は、精子提供で生まれた人や精子を提供した人を社会面・心理面から支援し、当事者のネットワークづくりをサポートしています。
希望する人には、DNAマーカーリンク検査を使って、生まれた人と提供者や、同じ提供者から生まれた異父母きょうだいを探し、結びつける活動も行っています。
登壇した当事者の声「自分が何者かを知りたい」
7月に本の出版記念イベントが行われ、原稿を寄せた人たちが登壇しました。その1人は両親が離婚した時、AIDで生まれたことを告知されました。本人は当時30代で、結婚して子供がいました。
告知から数年後、母親が亡くなってから、自分の生まれについて深く考えるようになり、「提供者がわからないとか、自分のルーツがわからないとか、遅くに告知されたので、今までの自分とそれからの自分がつながらない、まるで自分ではないような気持ちで生活していく苦しさっていうのとかあったんですけれども、大好きな母が本当のことをなかなか言わず、30過ぎてから聞いたっていうことで、母のことが何かちょっと信じられなくなったっていうのはすごく悲しいことでした」と話します。
詳しくは本に書いてありますが、告知から20年以上経ち、他の当事者との出会いもあり、問題は解決されていないけど、だいぶ整理して考えることはできるようになったということです。
登壇した当事者たちの声「子供を生むことの意味」
一方、AIDで生まれた別の登壇者は、9歳と小さいころに告知されたこともあり、思い悩むことはなかったそうです。ただ、教育に関心を持ち、その分野の研究者を目指しているのは、AIDで生まれたことと無関係ではないだろうということです。
この日は「子供を生む」ということをどう考えるか、について、自身の考えを話しました。
AIDで生まれた登壇者
「強調しておきたいのは、子供は親の自己実現の手段でもないし、社会を維持するための資本でもないということで、親になる権利だったりとか、社会のインフラの都合だったりとか、そういうものよりも、生まれてくる子供の幸福が大事に考えられる社会を望んでいます。こうして注目をいただいてるからこそ、子供を作るっていうことそのものの重みっていうのが、いま一度、問い直されてもいいのかなと考えています」
AIDで子供を持った人も原稿を寄せています。
自身が無精子症で、現在6歳ともうすぐ2歳になる娘がいる父親が登壇し「私の今回の本の内容としましては、無精子と向き合いながら、夫婦で悩み、そして考え、時には本当に大げんかをしながらですね、この選択肢を選んで、ようやく生まれた私達の家族の物語について、書かせていただきました。私達は子供に隠さない、そして子供に恥じない選択をしていこうということを大事にして血のつながりよりも、どう向き合い、どう子供を育むかということをずっと大事にしていまして、それを信じています」と話し始めました。
「隠さない」ということで、お腹の中の赤ちゃんに話しかけるところから始め、AIDで生まれたことを子供にずっと伝え続けているそうです。また、「AID当事者支援会」という、同じように悩む人の居場所を運営しています。
「出自を知る権利」を保障する法や制度はないまま
どの登壇者も、精子を提供した第三者が誰か、知るすべはありません。先の国会では、第三者の精子や卵子の提供で生まれた子供の「出自を知る権利」の保障を含む法案が出されました。ただ、法案を作る過程で、当事者が意見を聞かれることはありませんでした。
法案でも開示される情報が少なく、様々な当事者が求めている情報とは異なり、また、開示される情報以上のものを求めても、それをする・しないは提供者の同意が必要であるなど、当事者にとっては不十分なもので、結局廃案となりました。
この日登壇した中には、AIDで生まれた人がパートナー、という人もいました。本に原稿は寄せていますが、パートナー以外の当事者たちと直接会うのは初めてだったそうです。
パートナーとの向き合い、自分たちの子供にどうそれを伝えるか、また、AIDについて考えてきたことを様々に語りましたが、最後に本や出版記念イベントについて「この本には1人1人の人生が、1人1人の思いが詰まっているので、ぜひとも皆さんこれ読んでいただいて、当事者の気持ちとかも十分に理解していただいて、またこういう会に参加していただければなと思っています。すごく議論っていうのは大切だと思うので、これまでタブー視されてきたことも、こうやって立場が違う人たちが集まって、これからもやっぱり議論していくってことはとても大切だと思うので、こういう機会、本当に持ててよかったなと思います」と話しました。
当事者の声を聞き、AIDなど生殖補助医療について考えるきっかけに
この本には他に、かつて精子を提供したことがある人と、AIDで生まれた人たちの座談会の記録など、考えるきっかけが詰まっています。
生まれてくる子供たちにとって、どうすることが一番の幸せにつながるのか、社会の誰もが無縁ではありません。AIDだけでなく、法や制度などの明確なルールがないまま行われてきている、その他の生殖補助医療について考えることにもつながるでしょう。
(TBSラジオ「人権TODAY」担当:崎山敏也)
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