
「北海道・三陸沖後発地震注意情報」(以下、注意情報)は、北海道の根室沖から岩手県の三陸沖にかけての海底を震源とするマグニチュード(M)9クラスの巨大地震に対する注意を呼びかける情報である。
後発地震とは「後」から「発」生する地震を意味し、注意情報は、想定震源域やその周辺でモーメントマグニチュード(Mw)7.0以上の地震が発生した場合に、後発地震=巨大地震の発生する可能性が平時よりも相対的に高まっていると考えられるとして、対象地域にいる人たちに注意を促すために気象庁が発表する。
運用開始は2022年12月と比較的最近で、まだ一度も発表されたことがないこともあり、これまでに東京大学の研究グループなど複数の調査が行われているが、注意情報についての住民の認知度や理解度はどの調査でも総じて低い。
【写真を見る】震度4以下が53% もうひとつの「臨時情報」は強く揺れずに出る可能性が-未発表の「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を“深掘り”する-
「南海トラフ地震臨時情報」とは似て非なる情報
注意情報は「南海トラフ地震臨時情報」(以下、臨時情報)によく似ているとされ、臨時情報の“北日本版”といった例えも散見される。
けれども、本当のところは「似て非なる」情報だ。図-1を見てほしい。
注意情報には、臨時情報に付記される4つのキーワード「調査中」「巨大地震警戒」「巨大地震注意」「調査終了」がなく、「評価検討会」のような、地震の専門家による評価も行われない。
あるのは唯一、気象庁が粛々と行う「精度の良いモーメントマグニチュード(Mw)の算出」だけである。
なので注意情報には、特に「臨時情報(調査中)」に相当する、「もしかしたら出ますよ」的な予告がないため、「発表される」か「発表されない」かの2択しかない。
臨時情報と比較して情報発表の流れがすっきりしているように見えるが、それはつまり、注意情報が発表されるまでの流れが外部からは見えにくく、気づきにくいことの裏返しでもある。
注意情報誕生の背景には東日本大震災が
東日本大震災をもたらした「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震(Mw9.0)」が発生する2日前、三陸沖でMw7.3の地震が発生していた(図-2)。
この地震で、最大震度5弱を宮城県内で観測したほか、津波注意報が青森県から福島県にかけての太平洋沿岸に発表された。
けれども、「直後に巨大地震が発生するかもしれない」という警告や注意が発せられることはなかった。
また1963年10月には、択捉島南東沖でMw7.0の地震が発生した18時間後にMw8.5の後発地震が発生している。
こうした事例を踏まえ、国は、日本海溝・千島海溝沿いでMw7.0以上の地震が起きた場合に、1週間以内にその周辺でさらに大きなMw8.0以上の後発地震が発生する可能性について注意を促す必要があると判断。その結果誕生したのが「北海道・三陸沖後発地震注意情報」である。
この記事では、注意情報が発表されるきっかけとなる地震を、後発地震と対比させる便宜上、先発地震と呼ぶことにする。
注意情報の発表が人々の対応行動にどれだけの影響を与えるかについては、人々が先発地震が起きたことをどれだけ認識しているかが重要な鍵を握るのではないか。
もしかしたら、人々が先発地震をまったく認識しないまま注意情報が突然発表されて戸惑う―そんな場面が臨時情報よりも多くなるのではないか。
それが筆者の問題意識だ。
注意情報の発表基準とは
まだ一度も発表されたことのない注意情報は、どのような場合に発表されるのだろうか。
気象庁の公式ホームページには、以下の2つの条件が記されている。
・北海道の太平洋沖から東北地方の三陸沖の巨大地震の想定震源域及びその領域に影響を与える外側のエリアでMw(モーメントマグニチュード)7.0以上の地震が発生した場合
・想定震源域の外側でMw7.0以上の地震が発生した場合は、地震のMwに基づき想定震源域への影響が評価され、影響を与えるものであると評価された場合
これら2つの条件のどちらかを満たす地震は、内閣府が作成したガイドラインによると、過去約100年間(1904年~2017年)に計49回発生し、頻度は「約2.3年に1回」とされる。
図-4は、想定震源域と「想定震源域に影響を与えるエリア」を図示したものだ。
過去約100年間の先発地震49例を見てみたい
筆者は、49の先発地震の内容を無性に知りたくなった。
▼過去約100年間に発生した先発地震49例は、具体的にどのような地震だったのか。
▼それぞれの地震は、どの程度の揺れや津波をもたらしたのか。
以上を前もって知っておくことは、注意情報が発表された時の対応や、日本海溝沿い・千島海溝沿いを震源とする巨大地震のへの備えを考える上でとても有効と考えるからだ。
ところが、気象庁や内閣府の公式ホームページをはじめ何処を探しても、関連の資料やデータが見つからない。
そこで気象庁から「領域」「発生日時」「緯度・経度」「震源の深さ」「Mw」についてのデータを提供してもらい、「M」「最大震度」「津波の有無」については筆者が自分で調べ、先発地震49例をリスト化したのが表-1である。
想定震源域の内側「だけ」を気にしてはいけない
表-1の49の先発地震49のうち、想定震源域「内」で発生した地震は27例で全体の約55%を占める(図-5)。
内訳は日本海溝沿いの「三陸・日高沖」が18例、千島海溝沿いの「十勝・根室沖」が9例。
これに対し想定震源域「外」は22例あり、約45%に相当する。
たとえ想定震源域の外側で発生した地震でも、注意情報の発表基準を満たす地震がかなりあることがわかる。
これは何を意味するのだろうか。
図-6は、日本海溝・千島海溝沿いを震源とする地震の震央を地図上に○で表示したものだ。
このうち青い枠線で描かれた○が先発地震49例の震央で、○の大きさはマグニチュードの大きさに比例する。
青○が想定震源域の外側に確かに点在しているのが見て取れる。
ここで図-4をもう一度見てほしい。
想定震源域に影響を与える外側のエリアはMwの大きさに応じて広さが変化するとされ、Mw8.5の地震を例に、外側の約250km以内の範囲で発生した場合は注意情報が発表される旨示されている。
つまり図-4では「想定震源域に影響を与えるエリア」のオレンジ色のゾーンが比較的細く見えるが、実はMwが7→7.5→8.0→8.5→9.0と大きくなればなるほどこのゾーンが外側に拡大していく仕組みなのだ。
それを示したのが図-7で、Mw9.0にもなると、範囲は外側の約500㎞近くまで広がる。
気象庁が当初発表するマグニチュード(M)が6台でも基準満たす可能性
次にモーメントマグニチュード(Mw)とマグニチュード(M)に着目したい(図-8)。
先発地震49例のうち、Mwの最大値は9.1、Mの最大値は9.0だった。
どちらも東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震(2011年3月11日)のデータだ。
一方、Mwの最小値は7.0で8例(約16%)あった。
このことから、基準ギリギリで注意情報が発表されるケースは決して少なくないことがわかる。
また、Mの最小値は6.3で2例あった。
M6台は計11例(約22%)あり、気象庁が当初発表するMが6台でも、Mwを精査した結果7.0以上と算出されて注意情報発表に至るケースも十分にありそうだ。
実際、表-1で49番の2012年3月14日の地震は、想定震源域外(三陸沖)で発生してMは6.9だが、Mwは7.0と算出され注意情報発表の条件を満たす。
たとえ先発地震の震源が域外でも、そしてMが6台であっても、地震発生直後のデータだけで「発表されないだろう」と見切るのは早計だ。
先発地震が必ず強い揺れを伴うとは限らない
今回の調査で、最も意外に思えたのが最大震度だ。
先発地震49例のうち、震度5(弱)~7の強い揺れが23(約47%)、震度1~4が26(約53%)となっている(図-9)。
震度4以下が過半数ということは、先発地震が強い揺れを伴うことは比較的少ないことを意味する。
ただし、これについては多少差し引いて考える必要がある。
震度6(弱)以上の非常に強い揺れを観測した地震は7例あり、いずれも1990年代以降、比較的近年になってから観測されたものばかりだ。
震度観測点は2024年11月現在、全国に4,300箇所以上ある。けれども、阪神・淡路大震災が発生した1995年頃は約300箇所だった。
したがって90年代頃までは記録以上の強い揺れがあったとしても結果的に観測できていなかった可能性がある。
一方、先発地震の震源が深かったり、陸地から遠かったりした場合などは、強い揺れを必ず伴うとは限らない。
「震度4以下だから、大した揺れではないから注意情報が出るわけがない」と思い込むと見誤る可能性がある。
揺れの強さだけで注意情報発表の有無を素人判断するのは避けるべきだ。
津波を伴わない可能性も
津波については、49地震のうち34例で確認されていることがわかった(小さな津波を含む)。全体の約7割に相当する。
しかし、2003年5月26日の宮城県沖を震源とする地震(Mw7.0)や1993年1月15日の「平成5年(1993年)釧路沖地震」(Mw7.6)では、震源が深かったことなどから、津波は観測されていない。
先発地震では、強い揺れと同様、津波も必ずあるとは限らない点は押さえておきたい。
注意すべきは後発「巨大」地震だけなのか
そもそも注意情報は、地震の規模でいえば先発地震よりも後発地震の方が大きい「前震-本震型」を念頭に、先発地震の発生によって後発巨大地震の発生可能性が平時よりも相対的に高まっていることを知らせ注意を促す情報だ。
しかし表-1からは、先発地震の方が後発地震よりも大きい「本震-余震型」ではあるものの、先発地震の発生後、比較的短時間・短期間でMw7.0以上の地震が続けて発生したケースが8例確認できた(図-10)。
はたして注意情報は、後発地震として先発地震よりも大きな「Mw8クラス以上の大規模地震」のみに目を向けさせるだけで良いのだろうか。
「北海道・三陸沖後発地震」の想定震源域とその周辺では、過去にMw7以上の地震発生後、立て続けに再びMw7以上の地震が繰り返し起きてきた。
そうした事実を、地域的な特徴や傾向を、地元の住民にもっと知ってもらう必要性を感じる。
そうでなければ、防災情報の発信・伝達としては不十分ではないだろうか。
「北海道・三陸沖後発地震注意情報」に名称変更の可能性
注意情報の運用開始から2年以上が経過したにも拘わらず認知度が上がっていないとして、坂井学・防災担当大臣は3月7日、情報の名称変更などを検討するよう内閣府の関係部局に指示したことを記者会見で明らかにした。
確かに、注意情報に対する理解を名前が妨げている面は否めない。図-12を見てほしい。
地名が幾つも出てきて、ややこしいこと、この上ない。
「北海道・三陸沖…」と言われて、福島県・茨城県・千葉県の住民が、自分に関係のあることだと即座に受け止めるとはとても思えない。
もう少し整理できないものかと思いつつ、一度も発表しないうちに情報の名前を変えるとは…やれやれと思うのは筆者だけだろうか。
過去の先発地震49例が教えてくれること
対照的に、過去約100年間の先発地震49例のデータからは、注意情報発表のきっかけになる地震とはどういうものか、注意情報が発表される過程で社会がどういう状況になっているかなどについて、具体的なイメージを掴むためのさまざまなヒントや材料が得られた。
だが、最も重要なのは注意情報という個別の情報にどう対応するかではなく、その先にある、日本海溝沿い・千島海溝沿いの巨大地震にどう向き合うかだ。
過去の先発地震49例には、それを考えるための、幾つもの示唆に富むメッセージが潜んでいる。
そこから読み解いた内容は、3月15日・16日に東京大学で開催された日本災害情報学会 第30回大会でも発表した。
もう一度、49例から見えてきた特徴や傾向を以下に並べる(図-13)。
やはり、先発地震を認識しないまま注意情報が突然発表され、人々がドキッとするケースはありそうだ。
ただしメディアも一緒にそのタイミングで驚いていたのでは、あまりにも能がない。
先発地震の発生から気象庁によるMw算出、注意情報発表までの約2時間に、人々に何を伝えるのか。何を伝えられるのか。
過去約100年間の49例を踏まえて、今あらためて、その検討と準備を進めている。
〔筆者プロフィール〕
福島 隆史
TBSテレビ報道局解説委員(災害担当) 兼 社会部記者(気象庁担当)
日本災害情報学会 副会長
日本民間放送連盟 災害放送専門部会幹事
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