
大相撲名古屋場所(7月13~27日、IGアリーナ)は、東前頭15枚目の琴勝峰が13勝2敗で初優勝。歴代38度目の平幕優勝を飾った。大の里の新横綱デビュー場所で主役を奪い取った形だが、このところの優勝争いは誰が勝つか、分からないところが面白い。加えて土俵を盛り上げているのが、小兵力士たちの奮闘ぶりだ。
その筆頭格に躍り出たのが、安青錦だろう。名古屋場所では賜杯を抱いた琴勝峰に劣らないほど強烈な印象を残した。東前頭筆頭の21歳は、春場所の新入幕から3場所連続の11勝を挙げ、千秋楽まで優勝争いを展開。春、夏場所の敢闘賞に続き、名古屋では3場所連続の三賞となる技能賞を獲得した。
会場に足を運んだファンだけでなく、テレビ観戦する全国の相撲ファンを虜にした「青い目の侍」は182㎝、138㎏。通常の人よりは明らかに大きいが、関取の中に入ると小柄な部類だ。戦禍の続くウクライナ出身。地元でレスリングと相撲を習っていたが、ロシアの侵攻を逃れて来日。一昨年の2023年秋場所で初土俵を踏んだ。師匠は業師で鳴らした元関脇・安美錦の安治川親方。しこ名は親方から2文字をもらい、祖国の国旗と自らの目の色から名付けた。
初日に大関・琴桜を内無双で破って喝采を浴びたが、真骨頂は3日目だ。相手は初対戦の豊昇龍。得意の右を差して食いつき、最後は横綱の上手投げに乗じて体を密着させて渡し込み。土俵中央で転がした。初土俵から12場所目の金星は年6場所制が定着した1958年以降では、元大関の小錦、現役の友風の14場所を抜く、歴代1位のスピード記録となった。
「信じられなかった。大歓声は聞こえなかった」。自らも興奮さめやらない様子で、喜びを語った若武者。「勝って奢らず」の姿勢を貫きながらも、「自分の相撲で、一人でも元気になってくれたら嬉しい」と母国への思いも口にした。
続く4日目にも存在感を見せる。本人が「憧れの存在」と目標にする実力者、若隆景から2度目の対戦で初白星を挙げた。お互い低い体勢で立ち合った。先場所は先に右を浅く差されて前に出るところを肩透かしで敗れたが、この日は脇を締めて前進。相手のわずかな引きに付け込み、押し出した。「力士になる前から見ていた相手。勝ててうれしい。若隆景関の尊敬する部分?全部です」
安青錦の長所は、その低い体勢を崩さず、あごを引き、頭を下げた前傾姿勢を保てること。通常の土俵上の稽古だけでなく、ウエートトレーニングも取り入れ、持ち味の体幹の強さを磨き上げているのであろう。あれだけ低いと、普通は頭を押さえられたら前に落ちる。しかし、彼はそれを足腰の筋肉で我慢して足を送り、逆に付け込んで攻め込む。レスリングの構えのように低い体勢を崩さないまま、懐に入れば、「動画で研究している」という投げ、捻りなど、多彩な技が出る。
加えて感じるのが、向かっていく逃げない気持ちだ。どんな相手にも臆せず、正面からぶつかっていく。必ず勝つつもりで挑んでいる燃える目がある。ベテランのある親方が言った。「あれは戦場で戦う戦士の表情だ。生きるか、死ぬかに近い覚悟で土俵に上がっているね。今の日本人力士とは心構えが違うよ」。以前から「出稼ぎ」とも呼ばれて「外国出身者の相撲にかける思いは違う」と言われてきたが、中でも安青錦はさらにそれが際立つようだ。
ただ、まだ来日してわずか3年余り。13日目まで首位に並びながら、そこから2連敗したのは、その強い気持ちが空回りして、緊張をコントロールできなかったためだろう。千秋楽は琴勝峰との直接対決だった。勝てば、決定戦にもつれるその一番で優勝を決めた相手が取組前、支度部屋を出る直前までまわしを付けずにリラックスしていたのとは対照的。動きも表情も硬く、それが土俵上でも出て、立ち合いに踏み込まれた後の突き落としであっけなく敗れた。それでも来場所以降に好機は十分あると思わせる15日間だった。
名古屋場所の42人の幕内力士の中で体重が140㎏以下なのは4分の1を超える12人。最も番付の地位が高いのは優勝経験もある関脇の若隆景(136㎏)だが、上位と対戦の可能性の多かった平幕の5枚目までには安青錦のほか、平戸海(137㎏)がいた。その下には翔猿(135㎏)、佐田の海(137㎏)、人気者の宇良(139㎏)と切れの良い動きで沸かせる力士が続く。
120㎏を割っているのは2人だけだ。最軽量の114㎏の翠富士は肩透かしの名人。もう1人が新入幕で10勝して敢闘賞に輝いた117㎏の若碇改め、藤ノ川だ。伊勢ノ海部屋の伝統のしこ名を38年ぶりに復活させたこちらは20歳。父は元幕内大碇の甲山親方という親子関取で、弟の碇潟も幕下にいる。父と同じ押しが得意ではあるが、組むと両差し、投げ技もある。翠富士との最小兵対決ではつり出しで勝ち名乗りを受け、優勝した琴勝峰にも土を付けるなど、暴れまくった。
今は、ほとんどの格闘技が体重別を採用している。柔道、ボクシング、レスリングだけでなく、相撲もアマチュアはそうだ。だが、日本から始まった武道に起源を持つ柔道、空手、相撲等の競技は基本的に無差別から始まっている。剣道は元々、体重差は勝負に直結しないので体重別はない。その中で伝統を守っている大相撲は、まわし一つで勝負を決める。だからこそ、体格で劣る力士でも、自らの特徴と研究心、稽古量で存在感を発揮すれば、「小よく大を制す」の醍醐味を十分に発揮し、ファンを魅了することが出来る。
9月の秋場所(国技館)では、若隆景が大関とりに挑むほか、安青錦も新三役に昇進することが確実だ。他の小兵力士たちも、気持ちを新たにまた「心」と「技」を磨き、「体」を整え、土俵に上がってくるだろう。
「小柄だから跳んだり、跳ねたり。立ち合いの変化もOK」との見方もある。だが、「小さな大横綱」と言われて31度の優勝を誇った元横綱の千代の富士から生前、聞いた話がある。「小さいからこそ正攻法だ。そうでなければ、横綱、大関にはなれない。跳んだり、跳ねたりしたら、作戦がはまれば勝つが、はまらなければ負ける。それでは協会の看板は務まらない」。胸に響く言葉だった。
大横綱が切り開いた道に続く小兵力士は出てくるのか。大型化が進む時代だからこそ、応援したくなる。
(竹園隆浩/スポーツライター)
・エアコン「1℃下げる」OR「風量を強にする」どっちが節電?「除湿」はいつ使う?賢いエアコンの使い方【ひるおび】
・スマホのバッテリーを長持ちさせるコツは?意外と知らない“スマホ充電の落とし穴”を専門家が解説【ひるおび】
・「パクされて自撮りを…」少年が初めて明かした「子どもキャンプの性被害」 審議進む日本版DBS “性暴力は許さない”姿勢や対策“見える化”し共有を【news23】