
先のベネチア国際映画祭で全編が生成AIを使って制作された映画が初めて公式上映された。このAI作品、ところがドキュメンタリー映画だという。一体どういうことなのか。現地を取材したJNNパリ支局の仁熊邦貴支局長(MBS記者)が報告する。
【写真を見る】ドキュメンタリー映画なのに全編を生成AIで制作~ベネチア国際映画祭でAI作品が初の公式上映~【調査情報デジタル】
世界最古の映画祭でAI作品の監督たちが初めてレッドカーペットに
9月に開催された第83回ベネチア国際映画祭。最高賞の金獅子賞を競うコンペティション部門に日本映画が2作品ノミネートされた。是枝裕和監督の「ルックバック」と塚本晋也監督の「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」。日本映画としては、1997年に北野武監督が「HANA-BI」で金獅子賞を獲って以来の快挙となるのか、注目を集めた。
そんな中、コンペティション部門ではないものの、映画祭の長い歴史の中で初めてとなる“AIで作られた映画”が公式プログラムに選出され、プレミア上映された。上映前には監督や出演者らがレッドカーペットを歩き(冒頭の写真)、世界中のメディアが彼らにカメラを向けた。
ドキュメンタリー映画に生成AI ~「何が実写で何がAIなのか…」~
AIで作られた映画「BE BRAVE」。イタリアのファッションブランド「ディーゼル」の創業者レンツォ・ロッソ氏(71)の人生を描いた90分のドキュメンタリー映画だ。ほぼ全編にわたってAIが使われたという。公式上映の前日に関係者向けの試写会があったので、どんな映画なのか観てみることにした。
映画の冒頭、こんなメッセージから始まった。
「全てAIで作られた作品で、今から出てくる映像は存在しないものです」
映画は、若き日のロッソ氏がニューヨークの街並みを闊歩する映像や、ジーンズメーカーを創業するという夢を語るインタビュー、生い立ちを紹介する写真、ディーゼルの過去のCM集などが、テンポのいいカットつなぎで展開されていく。そして、業界の大物たちとパーティーを開催する様子や当時を知る関係者のインタビューなども交えながらロッソ氏の半生を描いていた。
上映中、映像を見ながら何度も思ったのが「何がAIで何が実写なのか、全く分からない…」。冒頭で全てAIと伝えられていたが、過去のCM集やロッソ氏の写真などは一部本物が使われていたと思われる。過去の本人へのインタビューなども映像が古くフィルムのようだったので本物のように見えたが、それはAIが作ったものらしい。
映画を見た関係者たちは何を思ったのか、上映後に話を聞いてみた。
「オリジナルの場面とAIで作られた場面の区別がつかないから、見ていて純粋に楽しむことができません。ドキュメンタリーなら、なぜAIを使う必要があるのか、嘘っぽく思えてしまい納得がいかないのです」(イタリアの映画関係者)
「現状のAI技術では対話のシーンなどの生成において、まだ数秒程度しかもたないレベルだと思います」(映画プロデューサー)
ドキュメンタリーの主人公を「1コマも撮影していない」
公式上映に合わせて、現地では「BE BRAVE」のフランチェスコ・カロッツィーニ監督や映画の主人公レンツォ・ロッソ氏が記者会見を開いた。参加した記者からは「何が本物で何が創作物なのか教えてほしい」「AIと従来の特殊効果との違いが理解できない」といった質問が次々と飛ぶ。
それに対して、ロッソ氏は笑みを浮かべながら答えた。
「AIにしかできないことがあるんです。幼い頃のロッソを再現し、話したり、歩いたり、冗談を言ったり、何かをさせたりするなんて普通なら不可能です。だから本当に、子供の頃の自分が話している姿を見て涙が出そうになりました。彼らが私に『どう?これ、自分に見える?』と聞いてくるので、私の役目は『これは私だ』『これは私じゃない』と言うだけでした」
会見では、カロッツィーニ監督が制作の一端を話すと、記者たちは納得できないといわんばかりの表情を浮かべていた。
フランチェスコ・カロッツィーニ監督は語った。
「ロッソは先駆者であり破壊者であり、イタリアで誰もやったことのないことを成し遂げた。彼の精神をテーマ的にも技術的にも体現したかったのです。AIはアーカイブやインタビューを含め、ほぼ全編にわたって適用されています。過去の記録映像として流れるロッソのインタビューは実際には存在しないものばかりです。この映画で、私はロッソを1コマたりとも撮影していません」
ウクライナ侵攻を描いたAI映画
映画「BE BRAVE」のプロデューサーは、「AIでなければ表現できないものがある」と記者会見で話していた。それは一体どういうことなのか?
映画祭が開催されたベネチアのリド島では、映画祭の時期に合わせて、2年前から全編AIで制作された短編映画のコンテストが行われている。今年で3回目の開催を迎えた「AIフィルムフェスティバル」だ。
世界76か国から3000本以上の応募があり、ファイナルに残った10作品が上映され、最優秀作品が選ばれる。会場に行くと席は満席で、全編AIで作られた映画が次々と上映されていた。
その1本に中国人監督が作ったウクライナ侵攻を描いた作品があった。戦地で任務にあたる兵士たちの戦闘シーンや戦車で走行する様子などが生々しく“実写の如く”描かれていた。もちろん全てAIで生成されたもので、監督は「現実では撮影不可能な戦闘シーンや兵士たちの会話だからこそ、AIで再現した」とスピーチしていた。ただ、何を基にして再現したのか、実在する人物がモデルになっているのかなど、映像の根拠となるものについては明かされなかった。
わずか2週間で制作 誰でも映画監督になれる時代に?
「AIフィルムフェスティバル」では、カナダ人のロバート・ゴーデット監督の8分間の作品が最優秀に選ばれた。彼は1人で、わずか2週間ほどで映画を作ったと話した。自分が脚本を書いて、様々なツールを駆使して作品にしたという。
“AIでなければ表現できないものはあるのか?”とゴーデット監督に尋ねてみた。
「私には資金もないし、商業的な見返りも期待できないので、そもそも実写で映画作りなんてできない。そういった意味では、AIは創作を一部の人だけのものから、誰もが挑めるものへと変えつつあるのです。従来必要とされていた莫大な資金やコネクションがなくても作れるようになったのです」
長年、動画編集に携わってきたというゴーデット氏だが、「今後は誰でも映画監督になれる可能性がある」と語った。
映画界の重鎮「AIは創造性を向上させるための道具」
ベネチア国際映画祭で、AI映画が初めて公式上映された背景として、“出品規定が改定された”ことがあげられる。「AIが制作に寄与した作品も含む」と映画祭の規定の中に新たに明記されたのだ。
映画祭側は、これまで認めてこなかったAI映画の参加をなぜ認めたのか?イタリア映画界の重鎮で、映画祭の芸術監督を務めるアルベルト・バルベラ氏に直接話を聞くことができた。
「AIがすでに映画制作の現場で定着しているということです。CGの代わりにAIを使用する映画制作者が増えています。より安価で迅速であり、非常に優れた結果が得られるからです」
――実写と生成AIの区別がつかないのは、映画としてどうなのでしょう?
「まず、AIは、映画監督や脚本家、あるいは映画制作を支えるあらゆるアーティストの管理下にあるべきです。そして、もしAIだけで作られた映画であるならば、すべてAIで作られたと公表すべきです」
――今後AI映画がコンペティション部門にノミネートされることもありうる?
「AIで作られた良い映画であれば、他の映画と同様に競い合うことになります。今後数年、あるいは数か月のうちに、AIは映画制作にさらに大きな影響を与えることになると確信しています」
AIの波が映画界にも…日本を代表する監督たちは何を思う
ベネチアでの取材中、是枝監督と塚本監督にも話を聞くことができた。映画制作の思いなどを聞く中で、2人にもAI映画について尋ねてみたくなり、「AI映画はアリか?ナシか?」直球で質問をぶつけてみた。
塚本晋也監督は語る。
「人が作ったもののレベルを超えることはまだ難しいんじゃないかなと、今は思っています。やはり映画の醍醐味っていうと、なるべく手で触ったものとか、私は映画の生々しさっていうものを追求したい」
そして是枝裕和監督は…。
「AIから一番遠いところで今は作ろうと思っている。その非効率性の中から立ち上がってくる何かがあるのだと信じて作っている。AIというものが効率化だけのために使われるのであれば、興味はない」
AI映画は、確かに映像美や実写と見まがうような再現性においては、驚異的な進化を遂げている。時間やお金をかけて作るCGと比べると、圧倒的に簡易で、誰の手にも届くものなのかもしれない。
ただ、2人の話を聞いて、カメラの前で演じる俳優たちが織りなす会話や空気感、風のゆらぎや匂い、そういった独特な描写が映画にはあって、そこはAI映画とは一線を画すものであると感じた。
〈執筆者略歴〉
仁熊 邦貴(にくま・くにたか)
2005年にMBS(毎日放送)に入社
大阪府警記者クラブキャップや神戸支局長を務めた後、
特集デスク、ニュースデスク、JNN担当デスクなどを歴任し
2024年10月からJNNパリ支局長
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。
・40代から増加「脳梗塞」の初期症状は?「倒れてからじゃ遅い」早期発見のカギ「BE FAST」とは【ひるおび】
・インフル感染者“去年の約7倍” 肺炎・脳症・心筋炎…『インフルエンザ合併症』の注意点は【ひるおび】
・「ママ、あいたい。ごめんね」16歳少女が衰弱死 体重は19kgに… “違法捜査”で自白強要か それでも訴え続けた無実【報道特集】
