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『アド街』峰竜太&薬丸裕英、共演の山田五郎さんを追悼 亡くなる6日前に収録…「うそと思いました」

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2026-07-22 19:18
『アド街』峰竜太&薬丸裕英、共演の山田五郎さんを追悼 亡くなる6日前に収録…「うそと思いました」
峰竜太、薬丸裕英(C)ORICON NewS inc.
 編集者で評論家の山田五郎さんが14日、死去した。22日、公式YouTubeで発表された。67歳だった。22日、テレビ東京番組『出没!アド街ック天国』で長年共演していたタレントの峰竜太(74)がオリコンニュースの電話取材に応じ、思いを語った。薬丸裕英(60)も自身のブログで追悼した。

【動画】山田五郎さんの死去が報告された動画

 山田さんのYouTubeでは、山田さんと20年以上仕事をしてきたというマネージャーが山田さんのスーツを着て登場。「2026年7月14日火曜日夕方、山田、天国へ行ってしまいました。2026年7月19日土曜日、親族、友人、お仕事関係の皆様に見守られ、無事葬儀は済んでおります。葬儀にご参列いただきました皆様には、改めてこちらでお礼を申し上げます」と伝えた。

 峰は取材に対し、訃報を知った時の心境について「うそと思いました」と率直な思いを吐露。亡くなる6日前に収録していたという。最期の収録では「チューブも付けて大変そうだった」と語ったが、「五郎さんはいつもよりもよくしゃべっていた」と回顧した。

 普段の収録の前後では多くのやり取りをしなかったという。「分からないことがあったら、五郎さんに聞いていたが、『おはようございます』『お疲れ様でした』のやり取りが多かった」と明かした。

 最期の会話も「お疲れ様でした」と長年染み込んだやり取りで、労い合って別れたという。葬儀にも出席したという峰。「生きているかのような姿だった。『今までありがとうございました』と伝えた」という。

 22日も『アド街』の収録はあったといい「みんな訃報をわかっている人ばかりで、五郎さんのことはあえて話にあげたりすることは少なかった」と、井ノ原快彦が山田さんについて触れる程度で、山田さんと続いてきたいつもの自然体で撮影が進んだことを明かした。峰は最後に「天国に行っちゃいましたけど、これからも『アド街ック天国』をよろしくね」と話していた。

 薬丸は自身のブログを更新。「山田五郎さんが天国へ旅立たれました 長年ご一緒させていただいたテレビ東京『出没!アド街ック天国』では、幅広い知識と温かくわかりやすい語り口で、本当に多くのことを学ばせていただきました」と追悼。「二週間前の収録の際、『やっくん、マンゴーありがとう。最近は固形物が食べられないから、柔らかいフルーツは本当にありがたく、美味しかった…』と、お中元でお贈りした果実のお礼を一言一言、絞り出すように伝えてくださいました」と振り返った。

 「結果的に、この会話が五郎さんと交わす最後の言葉になるとは思いませんでした」といい「約二年に及ぶ闘病生活の中にあっても、番組への情熱は揺らぐことはなく、体調が優れない時でさえ『アド街ック天国』に真摯に向き合われるお姿には敬意を抱くばかりでした」と伝えた。

 「そのお人柄と知性、そして番組への深い愛情は、多くの人々の心にこれからも生き続けることと思います。心より感謝を申し上げるとともに、山田五郎さんのご冥福をお祈り申し上げます」と結んだ。

 この日は『アド街』の公式Xも追悼。「2004年までは講談社の社員であったため、アド街のスタジオ収録の日は、わざわざ会社を休んで来てくださっていました。編集・執筆の仕事が忙しかった時もたくさんあったと思います。しかし28年間・計1400回以上、ご本人の都合でアド街を休まれる事は、一度もありませんでした」とつづった。

 さらに「五郎さんの最期の収録は、亡くなる6日前。身体はかなり辛かったはずですが、五郎さんはいつも通りユーモアと叡智を交えながら たくさん話してくださいました。スタジオで最後に言った言葉を、私たちは忘れる事はないと思います」と続けた。

 「アド街の出演者もスタッフも『寂しい』とか『残念』という言葉では片付けられない気持ちです。言葉が見つかりません。番組の羅針盤と家族を失ったかのようで、茫然自失としています。でも番組は続いていきますので、五郎さんの遺志を心に留めながら益々精進したいと思います」と追悼した。

 テレビ東京も訃報を受け、オリコンニュースの取材に対して追悼コメントを発表。「弊社番組『出没!アド街ック天国』に1998年4月から28年以上にわたりご出演いただいておりました山田五郎さんが逝去されたことを悼み、謹んで哀悼の意を表します」と悼んだ。「今年7月8日の収録に至るまで番組に情熱を注いでくださったそのお姿には、深い敬意と感謝の念を禁じ得ません」とし、最終の出演回は8月8日になると明らかにした。

 山田さんは、1958年生まれ、東京都出身。82年、講談社に入社し、雑誌『Hot-Dog PRESS』の編集長などを経てフリーとなる。 『百万人のお尻学』や、『知識ゼロからの西洋絵画入門』、『銀座のすし』などを執筆していた。また、バラエティー番組『タモリ倶楽部』や、情報バラエティー番組『出没!アド街ック天国』などにも出演し、テレビもその博識ぶりを披露していた。

 2024年10月、原発不明がんを公表。「視聴者の皆さんから私の腰のこととか、体調のこととかご心配いただいてですね、あんまりいい話じゃないから黙ってようかと思ったんですけど」と以前痛めた腰に言及しながら、「ぎっくり腰じゃなくてがんだったんですよ」と報告。「骨もあちこち転移してる。そんな状況だったんですよ。当然そんな状況だからもうステージ4Bとか」と明かしていた。

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