E START

E START トップページ > エンタメ > ニュース > “人間国宝”浪曲師・京山幸枝若、待遇の変化ににっこり「天の上と地の底ほど違う」

“人間国宝”浪曲師・京山幸枝若、待遇の変化ににっこり「天の上と地の底ほど違う」

エンタメ
2026-05-20 18:00
“人間国宝”浪曲師・京山幸枝若、待遇の変化ににっこり「天の上と地の底ほど違う」
令和8年春の叙勲「旭日小綬章」受章記念記者会見に登壇した京山幸枝若 (C)ORICON NewS inc.
 浪曲師の京山幸枝若(きょうやま・こうしわか/72)が20日、都内で行われた令和8年春の叙勲「旭日小綬章」受章記念記者会見に出席した。

 幸枝若は2024年、吉本興行所属として初めて重要無形文化財保持者「人間国宝」に認定された。その後も浪曲界をけん引する存在として、日々芸を磨き続けている。「旭日小綬章」は、功績の内容に着目し、顕著な功績を挙げた人物に贈られるもの。今回の受章で、その卓越した芸と、次世代へ伝統をつなぐ活動が改めて認められた。

 金屏風を背に、幸枝若は「こんなうれしいことはございません」と笑顔を見せ、「2年前も驚きましたが、本日も驚いております。これをきっかけに浪曲が発展していってくれればいいのになと」と期待をふくらませた。

 会見では、浪曲界への憂いと期待を明かした幸枝若。10年ほど前から浪曲師人口の減少に「このままでは浪曲を忘れられてしまうんじゃないかなと」と危機感を覚えていたといい、2年前の人間国宝認定で「2年前に(人間国宝認定が)吉本、浪曲師で初ということで騒がれまして、東京の方では増えたんですけど、大阪の方では増えなくて…」と少しの安堵といまだ残る懸念をにじませた。

 現在は360日のうちの40日ほど舞台に立ち、あとは協会に尽力しているという。「もう人間国宝やのに。荷物運びとかね。会長とか人間国宝になってもやるんやろうか…幟を片付けたり」とボヤキ、笑いを誘った幸枝若。待遇の変化を聞かれると、「若いときに頑張って苦労してたときにみたら天の上と地の底ほど違う」とにっこり。続けて「コツコツやってきてよかったなって、今はそう考えています」としみじみ語っていた。

 浪曲は、落語(語る)、講談(読む)に対し、節(節)や啖呵(たんか)を聞かせる、物語り芸。浪花節(なにわぶし)ともいう。曲師の弾く三味線を伴奏として、心情・場面を際出せ、アドリブ的要素も交えながら、1人で語る。江戸末期に関西で興り、東京にも伝わった。

 吉本興業は、1912(明治45)年創業。当時、大阪の芸能界で浪曲が人気となり、浪花節語りが1000人にも達し、道頓堀の劇場を席巻。新興の吉本興行部は、1915(大正4)年に「花月」の名を冠した寄席を始め、浪曲興行にも携わるようになり、専門の寄席も経営。その歴史が、現在のなんばグランド花月(NGK)にも受け継がれている。

 「京山」は、明治初期のスター・初代京山恭安斎から連なる系譜。当代の幸枝若は、本名は福本一光。1954年4月1日生まれ、兵庫県姫路市出身。71年に初代京山幸枝若に入門、初舞台。2004年に二代目を襲名。堅苦しいイメージの浪曲を「わかりやすく」「面白く」をモットーに追求し、後進育成にも尽力してきた。16年に大阪市市民表彰、21年に文化庁芸術祭(大衆芸能部門)大賞、23年に芸術選奨(大衆芸能部門)大賞を受賞。24年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。浪曲親友協会会長。

関連記事


【写真】豪華すぎ…!重鎮が並んだ京山幸枝若「人間国宝認定」記念公演
【写真】御年70!浪曲師初の人間国宝に認定された京山幸枝若
【写真】京山幸乃&京山幸太に囲まれ笑顔をみせる京山幸枝若
【写真】『プロフェッショナル』の密着で知られざる裏側を見せた“人間国宝”片岡仁左衛門
【写真】人間国宝・桐竹勘十郎『道行き』 全州国際映画祭コンペ部門選出

ページの先頭へ