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2025-12-20 08:30
ムロツヨシ、佐藤二朗、福田雄一監督がタッグを組んだ最新作『新解釈・幕末伝』(12月19日より公開中)。ある夜、ムロが福田監督に語った「コメディタッチじゃなく、本気のコメディがやりたい」という言葉から、すべてが始まった。佐藤を巻き込み、“幕末×福田オリジナル”という前代未聞の喜劇はいかにして生まれたのか――3人の覚悟に迫る。
【動画】映画『新解釈・幕末伝』スペシャルトーク「ボクらの喜劇」
■「コメディタッチじゃなく、“コメディ”がやりたい」
福田監督のもとにムロから連絡が入ったのは、コロナ禍が過ぎた直後だった。
「“ちょっとご飯を食べながら話があります”って言われて、いつものジンギスカン屋に行ったんです。そしたら、“雄一さん、僕で一本撮ってください”って言われたんですよ」(福田)
そこでムロが放った言葉が、福田監督の胸に強く響いた。
「最近、“コメディタッチでやりましょう”と言われることが多いけど、そうじゃない。コメディタッチじゃなくて、“コメディ”をやりたい。本気でコメディをやるなら、雄一さんしかいないと思いました」(ムロ)
その熱量に打たれた福田監督は答えた。
「じゃあ、一本やろう。ただ、ムロくんだけじゃダメだなって思いました(笑)」
■「やるなら、絶対に佐藤二朗さんと一緒に」
ムロは笑いながら補足する。
「“やるなら絶対、佐藤二朗さんと一緒に先頭に立つべきだ”と、おっしゃったんですよね。それで、僕から二朗さんをご飯に誘って。僕のSNSにその時の投稿もあります」
佐藤への直談判。実は、プライベートで頻繁に会う間柄ではないという2人。突然届いたムロからの連絡に、佐藤は驚きつつもうれしかったという。
「急に連絡が来て、珍しいなって。ムロくんとは、たまに飲むことはあるけど、数年に1回か2回、あるかないか。正直うれしかったですね。で、話を聞いて、“じゃあやろう”って」
こうして3人が揃った。
■「おっさん二人が主演の原作が、どこにもない」
次なる問題は“何をやるか”だった。福田監督は当時 をこう振り返る。
「正直、おっさん二人が主演の原作ってなかなか無いんですよ。漫画原作を探すのも意味がない気がして。そこで思い出したのが『新解釈・三國志』でした」
完全オリジナルで手がけた『新解釈・三國志』(2020年)は、公開まで不安で仕方がなかったという福田。しかし、その時に松橋真三プロデューサーから言われた言葉が転機となる。
「松橋さんが『監督、これは原作ものですよ』って言ってくれたんです。『三國志』って、全世界の人が知っている原作じゃないですかって。歴史という原作があるって、これほど強いことはないな、と」
そこで浮かび上がったのが“幕末”だった。
「幕末ものって、日本中の人が知っている“超強力な原作”を背負えるジャンルじゃないですか。さらに思い出したのが、ムロくんが『muro式』という舞台でやっていた“薩長同盟”。ムロツヨシを一番面白く見せられるのは、坂本龍馬だと思ったんです」
この提案に対し、ムロは一度立ち止まった。
「『muro式』でやっていたのはもう10年以上前。今やって通用するのか、正直に聞きました。でも、やるならやろう、と覚悟しました」
■「条件は、“福田のオリジナル”であること」
ムロと佐藤には、もう一つ譲れない条件があった。
「W主演でやるなら、“福田監督のオリジナルでやりたい”と。何なら条件みたいな感じで(笑)。幕末というとんでもない強力な“歴史”という原作の後ろ盾はあったとしても、“オリジナルでやりたい”という思いがあったんです」と佐藤は語る。
ムロも大きくうなずき、「そこは、二人で決めてました。“そこは絶対に譲らない”って」。
こうして、“幕末×福田雄一オリジナル喜劇”という前代未聞の企画が正式に始動した。
■「今回は“いつもの佐藤二朗”を封印しようと思った」
西郷隆盛役のオファーを受けた佐藤は、まず台本を読んで直感的にこう思ったという。
「今回の作品は、幕末という熱い時代を舞台に、豪華な俳優たちが“良い意味で本気でふざけにいく”作品。ただ、僕の役に関しては、いつもの“福田作品の佐藤二朗”は封印したほうがいいんじゃないか、と直感的に思ったんです。むしろ、ほかの選択肢が浮かばなかった。“それしかない”と思ったんです」
この決意は、長文メールとなって福田のもとに届いた。
「何度もスクロールしないと読み切れないくらい、長い“決意表明”のメールでした。その中に、“ムロがどれだけ笑いを仕掛けてきても、僕は絶対に乗りません”と書いてあって。“そう来るのか”と思いましたね」
佐藤は語る。
「福田が描いた坂本龍馬と西郷隆盛の関係って、どれだけ龍馬がふざけても西郷は“乗らない”構造になっていると思ったんです。だから徹底的に“笑わない側”に立とうと」
ムロも、その決意に強い衝撃を受けたという。
「撮影現場にこれまで見てきた“佐藤二朗のカード”を一切持たずに現れたんですよ。何もしない、というより、“ドシッと構えた西郷どん”がそこにいた。“カードを持たない戦い方”があるんだって思いました」
■30分続く“薩長同盟”――CGも仕掛けもない、役者3人だけの真剣勝負
本作の見どころのひとつが、薩長同盟締結につながる薩摩の西郷隆盛と長州の桂小五郎(木戸寛治)の会談を描いた長尺シーンだ。狭い和室に、座布団3枚。そこにいるのは、おじさん3人(ムロ、佐藤、桂役の山田孝之)だけ。CGも派手な仕掛けも一切ない。それでも、このシーンは台本で38ページにも及ぶ。
「編集しながら、“役者の力って本当にすごいな”と久しぶりに思いました」と福田は振り返る。
佐藤とムロも、このシーンについては特別な記憶があるという。
「実は、あの薩長同盟の場面が、一番ムロと芝居の話をしました。“さっきの方が面白かったよね”とか、本番の合間にずっと話してた。ムロがとにかくアホみたいに面白くならないと、俺と(山田)孝之の立場がない(笑)。だから、結構しっかり話し合いました」(佐藤)
ムロも続ける。
「物語を動かす役割がほぼ全部僕にあるので、一つ間違えると福田さんの“ルール”が壊れちゃう。だから、あそこは極端に神経を使いました」
■「人を幸せにするのは、“笑い”しかない」
福田監督はこれまで一貫してコメディを作り続けてきた理由について、迷いなくこう言い切る。
「僕の創作活動は、最初から最後までコメディだけです。それ以外の方法は正直わからない。でも“人は笑うことでしか幸せになれない”と、ずっと思ってやってきました」
いわゆる“考察系”作品が隆盛する昨今の流れにも触れながら、「正直、考察系はあまり得意じゃなくて」と笑うと、すかさずムロが「そういう感情は言わなくていいんですって」とツッコミを入れ、佐藤も「苦手なものをわざわざ言わなくていいんだよ」と場を和ませる。
そんな軽妙なやり取りの後、福田監督は原体験を語り始めた。
「僕は小学生の頃まで小児喘息がひどくて、発作が起きると“このまま死ぬんじゃないか”と思うくらい苦しかったんです」
その苦しい日々を支えてくれたのが、父親が見せ続けてくれた“笑い”だった。当時、発売されたばかりのビデオデッキを裏かぶりしていた『8時だョ!全員集合』と『オレたちひょうきん族』を両方見るために買ってくれたという。
「近所にレンタルビデオ店ができると、世代じゃないのにクレイジーキャッツの映画を、狂ったように見せられていました。“あれだけ喘息がひどくて、いつ死ぬかわからない状態だったけど、君はお父さんが与えてくれた‘笑い’に救われたんだよね”って言われて。たぶん、僕はずっとその記憶を引きずってきているんだと思います」
さらに福田監督は、『勇者ヨシヒコ』パート1の撮影が、東日本大震災(2011年3月11日)からわずか2ヶ月後に始まったことにも触れた。
「あんな状況の中で、こんな馬鹿馬鹿しいドラマをやっていていいのかと本気で悩みました。でも、“つらい思いをしている人が一人でも笑ってくれるなら、やった方がいい”と思って、踏み切ったんです。別に、笑いで誰かを救いたいなんて大それたことじゃない。でも、誰かがちょっと幸せになってくれたら、それで十分うれしい。その気持ちは、昔からずっと変わっていません」
この福田の言葉に、佐藤は「いい話あるじゃん。考察系のくだり、いらなかったじゃん」と笑い、ムロも「本当に、前フリにもなってなかったですね」と重ね、3人で大笑いした。
■「“飽き”の先にある笑いをつくり続けたい」
“福田作品”を待ち続けてきたファン、そしてこれまで福田作品に触れてこなかった映画ファンへ向けて、ムロはこう語る。
「“何かを見て笑う”という行為には、どうしても慣れが出てくる。使いたくない言葉ですけど、“飽き”もついてくるんです」
それでも、初めてコメディに触れる子ども、これまで笑いに触れてこなかった人が、初めて笑う瞬間は、必ずどこかで生まれていると信じているという。
「たとえ『勇者ヨシヒコ』からずっと観続けてくれた方が、一度“飽きたな”と感じたとしても、僕はその“飽きの向こう側”をどう作るかを、ずっと考えています。同じことをやっているように見えて、実は少しずつ変えている。3回目でまた笑えるかもしれないし、5回目で突然笑えるかもしれない」
そして今回の『新解釈・幕末伝』について、「いまこのタイミングでやる意義がある作品になっている」と、強調した。
■佐藤二朗にとっての“笑い”とは?
シリアスな作品からコメディまで幅広く出演している佐藤にとって、“笑い”とはどんな存在なのか。
「僕が福田と初めて会ったのは、ジョビジョバのマギーさんと福田がやっていた舞台『U-1グランプリ』でした。その稽古場で初めて会ったんです」
それまでも佐藤は、ドラマの中で“コメディリリーフ”的な役を数えきれないほど演じていた。
「だから正直、“コメディ芝居はちょっとできる方なんじゃないか”という自負もあった。でも、その舞台で福田やマギーの“笑いに対する熱量”を目の当たりにして、“全然次元が違う”と思ったんですよ」
いまも佐藤は、“笑い”に対して特別な理論を持っているわけではないという。
「笑いとシリアスって、そんなに区別していなくて、同じ地平にあるものだと思っています。笑っていたのに、いつの間にか泣いている――そんな感情の中に、人間のおかしみを感じる。だからコメディについて、講釈を垂れられるほどのものは、実はあまり持っていないんです」
■「今回は“コメディ”ではなく、“喜劇”だ」
その言葉を受け、最後に福田監督はこう語った。
「僕はずっと、“コメディを作る人間は、コメディを語るべきじゃない”と思ってきました。笑いって、“笑えるか、笑えないか”だけなんです。“こういう意図があって”なんて言い訳は、意味がない」
そして、今回は「コメディ」という言葉を使わず、「喜劇」と呼びたいと福田は語る。
「はじまりはムロくんの“本気のコメディをやりたい”だったけれど、“コメディ”という言葉を正直、使いたくない。“喜劇”なんです」
福田監督が定義する“喜劇”とは何か。
「人が一生懸命、生きようとするがゆえについてしまう嘘とか、空回りとか、必死にあがく姿。その結果、滑稽に見えてしまう。それが“喜劇”だと思っています。今回は、その連続です」
さらに福田監督は、こう続けた。
「ちょっとした軽いギャグで笑わせるものじゃない。おじさんたちが、必死に、全力で生きようともがく。その姿自体が“可笑しい”。それが今回の喜劇です」
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■「コメディタッチじゃなく、“コメディ”がやりたい」
福田監督のもとにムロから連絡が入ったのは、コロナ禍が過ぎた直後だった。
「“ちょっとご飯を食べながら話があります”って言われて、いつものジンギスカン屋に行ったんです。そしたら、“雄一さん、僕で一本撮ってください”って言われたんですよ」(福田)
そこでムロが放った言葉が、福田監督の胸に強く響いた。
「最近、“コメディタッチでやりましょう”と言われることが多いけど、そうじゃない。コメディタッチじゃなくて、“コメディ”をやりたい。本気でコメディをやるなら、雄一さんしかいないと思いました」(ムロ)
その熱量に打たれた福田監督は答えた。
「じゃあ、一本やろう。ただ、ムロくんだけじゃダメだなって思いました(笑)」
■「やるなら、絶対に佐藤二朗さんと一緒に」
ムロは笑いながら補足する。
「“やるなら絶対、佐藤二朗さんと一緒に先頭に立つべきだ”と、おっしゃったんですよね。それで、僕から二朗さんをご飯に誘って。僕のSNSにその時の投稿もあります」
佐藤への直談判。実は、プライベートで頻繁に会う間柄ではないという2人。突然届いたムロからの連絡に、佐藤は驚きつつもうれしかったという。
「急に連絡が来て、珍しいなって。ムロくんとは、たまに飲むことはあるけど、数年に1回か2回、あるかないか。正直うれしかったですね。で、話を聞いて、“じゃあやろう”って」
こうして3人が揃った。
■「おっさん二人が主演の原作が、どこにもない」
次なる問題は“何をやるか”だった。福田監督は当時 をこう振り返る。
「正直、おっさん二人が主演の原作ってなかなか無いんですよ。漫画原作を探すのも意味がない気がして。そこで思い出したのが『新解釈・三國志』でした」
完全オリジナルで手がけた『新解釈・三國志』(2020年)は、公開まで不安で仕方がなかったという福田。しかし、その時に松橋真三プロデューサーから言われた言葉が転機となる。
「松橋さんが『監督、これは原作ものですよ』って言ってくれたんです。『三國志』って、全世界の人が知っている原作じゃないですかって。歴史という原作があるって、これほど強いことはないな、と」
そこで浮かび上がったのが“幕末”だった。
「幕末ものって、日本中の人が知っている“超強力な原作”を背負えるジャンルじゃないですか。さらに思い出したのが、ムロくんが『muro式』という舞台でやっていた“薩長同盟”。ムロツヨシを一番面白く見せられるのは、坂本龍馬だと思ったんです」
この提案に対し、ムロは一度立ち止まった。
「『muro式』でやっていたのはもう10年以上前。今やって通用するのか、正直に聞きました。でも、やるならやろう、と覚悟しました」
■「条件は、“福田のオリジナル”であること」
ムロと佐藤には、もう一つ譲れない条件があった。
「W主演でやるなら、“福田監督のオリジナルでやりたい”と。何なら条件みたいな感じで(笑)。幕末というとんでもない強力な“歴史”という原作の後ろ盾はあったとしても、“オリジナルでやりたい”という思いがあったんです」と佐藤は語る。
ムロも大きくうなずき、「そこは、二人で決めてました。“そこは絶対に譲らない”って」。
こうして、“幕末×福田雄一オリジナル喜劇”という前代未聞の企画が正式に始動した。
■「今回は“いつもの佐藤二朗”を封印しようと思った」
西郷隆盛役のオファーを受けた佐藤は、まず台本を読んで直感的にこう思ったという。
「今回の作品は、幕末という熱い時代を舞台に、豪華な俳優たちが“良い意味で本気でふざけにいく”作品。ただ、僕の役に関しては、いつもの“福田作品の佐藤二朗”は封印したほうがいいんじゃないか、と直感的に思ったんです。むしろ、ほかの選択肢が浮かばなかった。“それしかない”と思ったんです」
この決意は、長文メールとなって福田のもとに届いた。
「何度もスクロールしないと読み切れないくらい、長い“決意表明”のメールでした。その中に、“ムロがどれだけ笑いを仕掛けてきても、僕は絶対に乗りません”と書いてあって。“そう来るのか”と思いましたね」
佐藤は語る。
「福田が描いた坂本龍馬と西郷隆盛の関係って、どれだけ龍馬がふざけても西郷は“乗らない”構造になっていると思ったんです。だから徹底的に“笑わない側”に立とうと」
ムロも、その決意に強い衝撃を受けたという。
「撮影現場にこれまで見てきた“佐藤二朗のカード”を一切持たずに現れたんですよ。何もしない、というより、“ドシッと構えた西郷どん”がそこにいた。“カードを持たない戦い方”があるんだって思いました」
■30分続く“薩長同盟”――CGも仕掛けもない、役者3人だけの真剣勝負
本作の見どころのひとつが、薩長同盟締結につながる薩摩の西郷隆盛と長州の桂小五郎(木戸寛治)の会談を描いた長尺シーンだ。狭い和室に、座布団3枚。そこにいるのは、おじさん3人(ムロ、佐藤、桂役の山田孝之)だけ。CGも派手な仕掛けも一切ない。それでも、このシーンは台本で38ページにも及ぶ。
「編集しながら、“役者の力って本当にすごいな”と久しぶりに思いました」と福田は振り返る。
佐藤とムロも、このシーンについては特別な記憶があるという。
「実は、あの薩長同盟の場面が、一番ムロと芝居の話をしました。“さっきの方が面白かったよね”とか、本番の合間にずっと話してた。ムロがとにかくアホみたいに面白くならないと、俺と(山田)孝之の立場がない(笑)。だから、結構しっかり話し合いました」(佐藤)
ムロも続ける。
「物語を動かす役割がほぼ全部僕にあるので、一つ間違えると福田さんの“ルール”が壊れちゃう。だから、あそこは極端に神経を使いました」
■「人を幸せにするのは、“笑い”しかない」
福田監督はこれまで一貫してコメディを作り続けてきた理由について、迷いなくこう言い切る。
「僕の創作活動は、最初から最後までコメディだけです。それ以外の方法は正直わからない。でも“人は笑うことでしか幸せになれない”と、ずっと思ってやってきました」
いわゆる“考察系”作品が隆盛する昨今の流れにも触れながら、「正直、考察系はあまり得意じゃなくて」と笑うと、すかさずムロが「そういう感情は言わなくていいんですって」とツッコミを入れ、佐藤も「苦手なものをわざわざ言わなくていいんだよ」と場を和ませる。
そんな軽妙なやり取りの後、福田監督は原体験を語り始めた。
「僕は小学生の頃まで小児喘息がひどくて、発作が起きると“このまま死ぬんじゃないか”と思うくらい苦しかったんです」
その苦しい日々を支えてくれたのが、父親が見せ続けてくれた“笑い”だった。当時、発売されたばかりのビデオデッキを裏かぶりしていた『8時だョ!全員集合』と『オレたちひょうきん族』を両方見るために買ってくれたという。
「近所にレンタルビデオ店ができると、世代じゃないのにクレイジーキャッツの映画を、狂ったように見せられていました。“あれだけ喘息がひどくて、いつ死ぬかわからない状態だったけど、君はお父さんが与えてくれた‘笑い’に救われたんだよね”って言われて。たぶん、僕はずっとその記憶を引きずってきているんだと思います」
さらに福田監督は、『勇者ヨシヒコ』パート1の撮影が、東日本大震災(2011年3月11日)からわずか2ヶ月後に始まったことにも触れた。
「あんな状況の中で、こんな馬鹿馬鹿しいドラマをやっていていいのかと本気で悩みました。でも、“つらい思いをしている人が一人でも笑ってくれるなら、やった方がいい”と思って、踏み切ったんです。別に、笑いで誰かを救いたいなんて大それたことじゃない。でも、誰かがちょっと幸せになってくれたら、それで十分うれしい。その気持ちは、昔からずっと変わっていません」
この福田の言葉に、佐藤は「いい話あるじゃん。考察系のくだり、いらなかったじゃん」と笑い、ムロも「本当に、前フリにもなってなかったですね」と重ね、3人で大笑いした。
■「“飽き”の先にある笑いをつくり続けたい」
“福田作品”を待ち続けてきたファン、そしてこれまで福田作品に触れてこなかった映画ファンへ向けて、ムロはこう語る。
「“何かを見て笑う”という行為には、どうしても慣れが出てくる。使いたくない言葉ですけど、“飽き”もついてくるんです」
それでも、初めてコメディに触れる子ども、これまで笑いに触れてこなかった人が、初めて笑う瞬間は、必ずどこかで生まれていると信じているという。
「たとえ『勇者ヨシヒコ』からずっと観続けてくれた方が、一度“飽きたな”と感じたとしても、僕はその“飽きの向こう側”をどう作るかを、ずっと考えています。同じことをやっているように見えて、実は少しずつ変えている。3回目でまた笑えるかもしれないし、5回目で突然笑えるかもしれない」
そして今回の『新解釈・幕末伝』について、「いまこのタイミングでやる意義がある作品になっている」と、強調した。
■佐藤二朗にとっての“笑い”とは?
シリアスな作品からコメディまで幅広く出演している佐藤にとって、“笑い”とはどんな存在なのか。
「僕が福田と初めて会ったのは、ジョビジョバのマギーさんと福田がやっていた舞台『U-1グランプリ』でした。その稽古場で初めて会ったんです」
それまでも佐藤は、ドラマの中で“コメディリリーフ”的な役を数えきれないほど演じていた。
「だから正直、“コメディ芝居はちょっとできる方なんじゃないか”という自負もあった。でも、その舞台で福田やマギーの“笑いに対する熱量”を目の当たりにして、“全然次元が違う”と思ったんですよ」
いまも佐藤は、“笑い”に対して特別な理論を持っているわけではないという。
「笑いとシリアスって、そんなに区別していなくて、同じ地平にあるものだと思っています。笑っていたのに、いつの間にか泣いている――そんな感情の中に、人間のおかしみを感じる。だからコメディについて、講釈を垂れられるほどのものは、実はあまり持っていないんです」
■「今回は“コメディ”ではなく、“喜劇”だ」
その言葉を受け、最後に福田監督はこう語った。
「僕はずっと、“コメディを作る人間は、コメディを語るべきじゃない”と思ってきました。笑いって、“笑えるか、笑えないか”だけなんです。“こういう意図があって”なんて言い訳は、意味がない」
そして、今回は「コメディ」という言葉を使わず、「喜劇」と呼びたいと福田は語る。
「はじまりはムロくんの“本気のコメディをやりたい”だったけれど、“コメディ”という言葉を正直、使いたくない。“喜劇”なんです」
福田監督が定義する“喜劇”とは何か。
「人が一生懸命、生きようとするがゆえについてしまう嘘とか、空回りとか、必死にあがく姿。その結果、滑稽に見えてしまう。それが“喜劇”だと思っています。今回は、その連続です」
さらに福田監督は、こう続けた。
「ちょっとした軽いギャグで笑わせるものじゃない。おじさんたちが、必死に、全力で生きようともがく。その姿自体が“可笑しい”。それが今回の喜劇です」
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