エンタメ
2025-10-06 08:40

『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』が大旋風を巻き起こしている昨今。電子コミック界隈でも同様に、大正時代または大正風の時代を舞台にした作品が増えている。“鬼滅”の影響かと思いきや、その多くが女性向けコミック。結婚から始まるラブストーリーが多いのも、最近の“大正ブーム”の特徴だ。背景には、令和の女性たちの“疲れ”が潜んでいる?
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■『はいからさんが通る』だけじゃない、現在の電子コミック界隈の盛り上がり
大正時代が舞台のマンガの元祖といえば、数年前にも劇場アニメ化された『はいからさんが通る』(1975-1977年)だろうか。2000年代以降も『ローゼンメイデン(大正編)』や『華と修羅』など、この時代ならではの世界観で読者を魅了したマンガは過去にも複数あった。
とはいえ、それらはあくまで作品単位のヒット。昨今は“大正”がタイトルに付くマンガだけでも、『大正學生愛妻家』『暴君のシンデレラ~大正溺愛浪漫譚~』『妖狐の旦那さま~大正花嫁奇譚~』『大正政略恋物語』…などなど多数の作品が挙げられるように、電子コミック界隈では間違いなく大正ブームが起きているようだ。
総合電子書籍ストア『コミックシーモア』のオリジナルコミックグループ・小林佑輔さんによると、昨今の大正ブームはコロナ禍が起点だったという。
「電子コミックのユーザーが一気に増えたこの時期、すでにジャンルとして定着していた異世界転生ファンタジーを通して、過去を舞台とした作品を好むようになった読者は多かったのではないかと思われます。この時期の象徴的なヒット作品が『わたしの幸せな結婚』です。同時期には『鬼滅の刃』もヒットしましたが、その後、大正を舞台とした女性向けマンガも増えていったことから、昨今の大正ブームに影響を与えたのは“鬼滅”だけではなく“わた婚”など女性マンガの存在も大きかったのではないかと考えています」(小林さん)
“わた婚”をはじめとした大正時代を舞台とした作品には、実は昨今の電子コミックのトレンドが詰まっているのだという。
「例えば、大正時代は華族制度があったので、“令嬢”も違和感なく登場させられます。また“虐げられたヒロイン”のスパダリ的な男性との結婚による“逆転劇”や“溺愛”も、当時の社会制度になじむ。これは電子コミックのヒットには欠かせない、ウェブ広告との親和性がとても高いのです。さらに、“異能バトル”や“ファンタジー”の要素も盛り込みやすく、電子コミックの舞台として非常に適していると言えるでしょう」(小林さん)
ただ、そうした構造的な要素だけであれば大正以外の時代や海外、異世界が舞台であってもいいはず。日本の大正時代だからこそ描ける、マンガとしての魅力はどこにあるのだろうか。
「この時代には職業軍人や書生さん、芸者さん、女中さんなど現代にはない多様な職業が存在しました。そこには明確に階級の差があっただけに、現代劇では描けないピュアで切ない心情が描けるのも大正時代ならではです。一方で、大正デモクラシーの影響で、現代的な価値観が芽生え始めたのもこの時代のこと。明治ほど遠すぎず、昭和ほど近すぎない、現代と地続きという共感性もありつつ、程よいファンタジー性もあるのが、大正を舞台にしたマンガの魅力だと思います」(小林さん)
■複雑化した現代の結婚に疲れ切った女性たち、大正の「嫁入り」「花嫁」に憧れ
さらに、シーモアコミックス編集者の西野文子さんは、現代ではあり得ない“結婚のあり方”が大正を舞台にしたマンガでは違和感なく描けることを指摘する。たしかにこのジャンルには“嫁入り”や“花嫁”がタイトルに付く作品が多く、ヒロインが物語の早い段階でハイスペ婚をするシンデレラストーリーもセオリーとなっている。
「実は昨今、現代劇のマンガでは“紆余曲折ありながら結婚というゴールへと向かう”といった、かつての少女マンガに多かった作品は少なくなってきているんです。現代は女性の選択肢が広がった分、結婚もかつてほどシンプルではなくなりました。キャリアや妊娠・出産のタイミング、親の呪縛や友だち、SNSでの付き合いなど、考えなければならないことが多すぎて疲れ切っている現代女性たちは、マンガにはあまりリアルさを求めていないのかもしれません」(西野さん)
一方で家父長制をベースとした大正時代の結婚には、女性の自由や選択権はほとんどなかった。顔も見たことのない相手とのお見合い結婚も、ごく自然に受け入れられていたのだ。
「相手の顔をマッチングアプリで確認してから会う現代では、まったく考えられない価値観ですよね。ただこれだけ現代の結婚が複雑化しているだけに、“嫁として迎え入れられる”といる構造にどこか憧れを抱く読者も一定層いるのだと思います。また結婚から始まるだけに、いろいろありながらもヒロインが愛されるのは確約されています。コスパ・タイパが重視される今の時代、あまりハラハラせず安心して読み進めたいという需要にも、大正時代の結婚のあり方(を描いたマンガ)は合っているのかもしれないですね」(小林さん)
こうしたセオリーに則って人気を博しているのが、大正ロマン小説が原作で世界観を美麗に再現した『大正政略恋物語』や、ヒロインが最強の退魔師に溺愛されながら困難を乗り越える『死に戻りの花嫁~二度目の人生は帝国の最強退魔師に溺愛される~』。また、和風ファンタジーとミステリー要素がミックスされた、読みごたえのある『黒田家の身代わり花嫁』も注目を集める。ほかに『東郷家へ嫁いだ話』なども人気で、それぞれ大正時代や大正風の世界を舞台としている。いずれもどこか似た設定にも関わらず、不思議と面白く読み進められるのは、“大正ラブストーリー”が1つのジャンルとして確立されつつある証拠かもしれない。
「正直、少し前には編集部でも『類似作品が増えて飽きられるのでは?』と危惧していました。ところが読者からは、『似たような作品をもっと読みたい』という声が非常に多かった。その需要に応えるべく、編集部でも作家さんに大正モノをご提案するなど、ラインナップを充実させてきたところもあります」(西野さん)
一方で、同じ大正モノでも、最近はやや異なる作風が人気を伸ばしてきているという。
「シンデレラストーリー的な作品は相変わらず人気ですが、最近は少し落ち着き傾向にあります。そんな中で目立って増えているのが、“丁寧な暮らし×人間ドラマ”にフォーカスした作品です」(西野さん)
その代表作とも言えるのが、今年ドラマ化された『波うららかに、めおと日和』だ。舞台こそ昭和11年だが、大正と地続きの要素(ヒロインの結婚相手が職業軍人、顔も知らない見合い結婚、和洋折衷の生活様式…etc)が多い同作。ピュアすぎる2人の歯痒いラブストーリーもさることながら、現代にはなくなったライフスタイルに魅了される視聴者も多かった。
「明確に大正時代を舞台にした“丁寧な暮らしモノ”として人気なのが、『煙と蜜』や『うちの小さな女中さん』といったマンガです。家電もほとんどなかった時代、台所仕事や掃除、洗濯、お裁縫などの家事は手作業で行われるものでした。実際は重労働だったでしょうが、時間に追われるストレスフルな現代女性にとっては、そうした描写に癒されるものがあるのかもしれません」(西野さん)
また、小林さんは「電子コミック読者は、マンガ以外にもSNSなどデジタルに触れている時間が長い傾向にある」と分析する。
「高度にデジタル化された現代社会に、知らず知らず疲れている方は多いはず。デジタルがまったく存在しなかった時代への憧憬も、大正モノの人気を後押ししているのではないかと思いますね」(小林さん)
このようにさまざまな要因が絡み合いながら、一大ジャンルを形成しつつある大正マンガ。今後どんなテーマや作風が抜きん出てくるか注目したいところだ。
(文:児玉澄子)
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とはいえ、それらはあくまで作品単位のヒット。昨今は“大正”がタイトルに付くマンガだけでも、『大正學生愛妻家』『暴君のシンデレラ~大正溺愛浪漫譚~』『妖狐の旦那さま~大正花嫁奇譚~』『大正政略恋物語』…などなど多数の作品が挙げられるように、電子コミック界隈では間違いなく大正ブームが起きているようだ。
総合電子書籍ストア『コミックシーモア』のオリジナルコミックグループ・小林佑輔さんによると、昨今の大正ブームはコロナ禍が起点だったという。
「電子コミックのユーザーが一気に増えたこの時期、すでにジャンルとして定着していた異世界転生ファンタジーを通して、過去を舞台とした作品を好むようになった読者は多かったのではないかと思われます。この時期の象徴的なヒット作品が『わたしの幸せな結婚』です。同時期には『鬼滅の刃』もヒットしましたが、その後、大正を舞台とした女性向けマンガも増えていったことから、昨今の大正ブームに影響を与えたのは“鬼滅”だけではなく“わた婚”など女性マンガの存在も大きかったのではないかと考えています」(小林さん)
“わた婚”をはじめとした大正時代を舞台とした作品には、実は昨今の電子コミックのトレンドが詰まっているのだという。
「例えば、大正時代は華族制度があったので、“令嬢”も違和感なく登場させられます。また“虐げられたヒロイン”のスパダリ的な男性との結婚による“逆転劇”や“溺愛”も、当時の社会制度になじむ。これは電子コミックのヒットには欠かせない、ウェブ広告との親和性がとても高いのです。さらに、“異能バトル”や“ファンタジー”の要素も盛り込みやすく、電子コミックの舞台として非常に適していると言えるでしょう」(小林さん)
ただ、そうした構造的な要素だけであれば大正以外の時代や海外、異世界が舞台であってもいいはず。日本の大正時代だからこそ描ける、マンガとしての魅力はどこにあるのだろうか。
「この時代には職業軍人や書生さん、芸者さん、女中さんなど現代にはない多様な職業が存在しました。そこには明確に階級の差があっただけに、現代劇では描けないピュアで切ない心情が描けるのも大正時代ならではです。一方で、大正デモクラシーの影響で、現代的な価値観が芽生え始めたのもこの時代のこと。明治ほど遠すぎず、昭和ほど近すぎない、現代と地続きという共感性もありつつ、程よいファンタジー性もあるのが、大正を舞台にしたマンガの魅力だと思います」(小林さん)
■複雑化した現代の結婚に疲れ切った女性たち、大正の「嫁入り」「花嫁」に憧れ
さらに、シーモアコミックス編集者の西野文子さんは、現代ではあり得ない“結婚のあり方”が大正を舞台にしたマンガでは違和感なく描けることを指摘する。たしかにこのジャンルには“嫁入り”や“花嫁”がタイトルに付く作品が多く、ヒロインが物語の早い段階でハイスペ婚をするシンデレラストーリーもセオリーとなっている。
「実は昨今、現代劇のマンガでは“紆余曲折ありながら結婚というゴールへと向かう”といった、かつての少女マンガに多かった作品は少なくなってきているんです。現代は女性の選択肢が広がった分、結婚もかつてほどシンプルではなくなりました。キャリアや妊娠・出産のタイミング、親の呪縛や友だち、SNSでの付き合いなど、考えなければならないことが多すぎて疲れ切っている現代女性たちは、マンガにはあまりリアルさを求めていないのかもしれません」(西野さん)
一方で家父長制をベースとした大正時代の結婚には、女性の自由や選択権はほとんどなかった。顔も見たことのない相手とのお見合い結婚も、ごく自然に受け入れられていたのだ。
「相手の顔をマッチングアプリで確認してから会う現代では、まったく考えられない価値観ですよね。ただこれだけ現代の結婚が複雑化しているだけに、“嫁として迎え入れられる”といる構造にどこか憧れを抱く読者も一定層いるのだと思います。また結婚から始まるだけに、いろいろありながらもヒロインが愛されるのは確約されています。コスパ・タイパが重視される今の時代、あまりハラハラせず安心して読み進めたいという需要にも、大正時代の結婚のあり方(を描いたマンガ)は合っているのかもしれないですね」(小林さん)
こうしたセオリーに則って人気を博しているのが、大正ロマン小説が原作で世界観を美麗に再現した『大正政略恋物語』や、ヒロインが最強の退魔師に溺愛されながら困難を乗り越える『死に戻りの花嫁~二度目の人生は帝国の最強退魔師に溺愛される~』。また、和風ファンタジーとミステリー要素がミックスされた、読みごたえのある『黒田家の身代わり花嫁』も注目を集める。ほかに『東郷家へ嫁いだ話』なども人気で、それぞれ大正時代や大正風の世界を舞台としている。いずれもどこか似た設定にも関わらず、不思議と面白く読み進められるのは、“大正ラブストーリー”が1つのジャンルとして確立されつつある証拠かもしれない。
「正直、少し前には編集部でも『類似作品が増えて飽きられるのでは?』と危惧していました。ところが読者からは、『似たような作品をもっと読みたい』という声が非常に多かった。その需要に応えるべく、編集部でも作家さんに大正モノをご提案するなど、ラインナップを充実させてきたところもあります」(西野さん)
一方で、同じ大正モノでも、最近はやや異なる作風が人気を伸ばしてきているという。
「シンデレラストーリー的な作品は相変わらず人気ですが、最近は少し落ち着き傾向にあります。そんな中で目立って増えているのが、“丁寧な暮らし×人間ドラマ”にフォーカスした作品です」(西野さん)
その代表作とも言えるのが、今年ドラマ化された『波うららかに、めおと日和』だ。舞台こそ昭和11年だが、大正と地続きの要素(ヒロインの結婚相手が職業軍人、顔も知らない見合い結婚、和洋折衷の生活様式…etc)が多い同作。ピュアすぎる2人の歯痒いラブストーリーもさることながら、現代にはなくなったライフスタイルに魅了される視聴者も多かった。
「明確に大正時代を舞台にした“丁寧な暮らしモノ”として人気なのが、『煙と蜜』や『うちの小さな女中さん』といったマンガです。家電もほとんどなかった時代、台所仕事や掃除、洗濯、お裁縫などの家事は手作業で行われるものでした。実際は重労働だったでしょうが、時間に追われるストレスフルな現代女性にとっては、そうした描写に癒されるものがあるのかもしれません」(西野さん)
また、小林さんは「電子コミック読者は、マンガ以外にもSNSなどデジタルに触れている時間が長い傾向にある」と分析する。
「高度にデジタル化された現代社会に、知らず知らず疲れている方は多いはず。デジタルがまったく存在しなかった時代への憧憬も、大正モノの人気を後押ししているのではないかと思いますね」(小林さん)
このようにさまざまな要因が絡み合いながら、一大ジャンルを形成しつつある大正マンガ。今後どんなテーマや作風が抜きん出てくるか注目したいところだ。
(文:児玉澄子)
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