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キャラの“偏見”を形にする――『イグナイト -法の無法者-』美術担当・野々垣聡が仕掛けた“語る背景”

エンタメ
2025-05-09 06:00

時代に取り残されたような古びた雑居ビルにある法律事務所。雑然とした机の上、使い込まれたソファ、色あせた壁面を這うむき出しの配管や鉄骨…。現在放送中の『イグナイト -法の無法者-』(TBS系)は、ただスタイリッシュなだけのリーガルドラマではない。そこには、背景に宿る“物語”がある。


【写真をみる】『イグナイト -法の無法者-』手書きイメージ画が生む“余白”の美学


この世界観を支えているのが、美術担当の野々垣聡氏だ。“こだわりすぎないこと”を信条としており、完成形を決めすぎないイメージ画や、装飾チームとの即興的なやり取りを大切にしている。そんな彼が『イグナイト -法の無法者-』で描こうとしたのは、ただのリアリティではない。「人物の背景にある物語を、空間として浮かび上がらせたい」。その言葉どおり、本作の空間には、言葉では語られない人生の手触りが染み込んでいる。


手書きのイメージ画が生む“余白”、装飾チームとともに作る世界観

近年では3D設計が主流になりつつあるテレビ・映画の美術部門で、野々垣氏はあえて「手描きのイメージ画」にこだわっている。「セットのイメージ画は全部手描きです。描ききらないことで“余白”ができる。ここに何か足せるかもしれない、隠れているかもしれない、そんな想像の余地を残したい。完成された図面より、曖昧な絵の方が、装飾チームも自由に動けるんです」。


加えて、手描きには“曖昧さ”によって装飾チームの想像力を刺激する役割もあるという。


「イメージは頭の中にあるんですけど、細部までは決めすぎないようにしています。鉛筆で描くと良い意味でごまかせる。『面白いアイデア募集中です』っていう感じで提示すると、装飾チームがいろいろ提案してくれる。せっかく一緒に作っているんだから、僕が全部指示して準備してもらうのは違うなって思っています。彼らの遊びや発想を引き出す余白を、意識的にイメージ画に残しています」。


「全部決めてしまわない」。それは一見すると非効率に思えるかもしれないが、現場ではその“空白”が想像力を呼び込み、結果的にリアルな空間につながっていく。


キャラクターを“語る”デスクと空間

その思想は、ピース法律事務所のセットにも色濃く反映されている。まず目を引くのは、主人公・宇崎凌(間宮祥太朗)の机だ。


宇崎のデスクは、必要最低限の物しか置かれていない。「宇崎は、事務所に入ったばかりということもあって、私物を事務所に持ち込むことはしないのかなと思います。性格からして自分の趣味のものを持ってきて机の周り置くって感じじゃない。昔は一心不乱にMMA(総合格闘技)をやっていたけれど、今は彼の中で変化があったのかなと」。


中心となる執務スペースは、他の人物ごとにも異なる性格を帯びている。
「伊野尾麻里(上白石萌歌)は実は策士なので、知恵の輪やパズルなど思考を象徴する小物を配置しています。撮影中に触っていて『完成しちゃった!』というサプライズもあるかなと思って、さりげなく置いています。ロジカルだけど明るい性格というギャップを出されば面白いかなと」。


「高井戸斗真(三山凌輝)は、DJをやっている設定なので、最初はストリート系の物を置こうと思っていました。しかし、実はミニマリストで私物は持ち込まない。それならいっそのこと全部を排除したほうがいいなと考え、事務系の家具なども無機質なスチール製で揃えました」。


“放棄された”空間が生むリアリティ

ピース法律事務所の空間には、あえて“雑多さ”や“未完成さ”が残されている。洗練された現代的なオフィスとは対極だ。


「個人的なイメージですが、当初、錆びついた階段を登って出勤するような。轟が知り合いの工場の2階を間借りしているような設定でもいいんじゃないかと思っていました。

実際、鉄骨の柱をそのまま使ってハンガーにしたり、棚にしたり。棚も“THE本棚”のような家具は少ないです。机やイスもバラバラ、応接のソファもよく見るとデザインが異なっていて、『足りないものを足した感』を出しています。だから、全部が古い物ではなくて、ホームセンターで買えるようなカラーボックスも取り入れながら全体をまとめています」。野々垣氏の言葉どおり、床や壁面の凹凸や汚れさえも“物語る”素材と化している。


それは事務所のボスである轟 謙二郎(仲村トオル)のデスクにも表れている。木製で重厚感があり、他のキャラクターとは一線を画している。「サスペンダーを着用したクラシカルな服装を見たときに、“ブリティッシュ”っぽさを感じて、それが空間の出発点になりました。唯一、木製のデスクを使っていて、彼の人となりが見えるようにしたかった」。


「六法全書を置く棚も時代を感じさせる家具だったり。実は鉱物やアンティークのペンスタンドは僕の私物なんです。轟と僕とでは性格は全然違いますが、質の良い物を買って長く使うようなところは似ていそうだな、と。実際僕はデザインを手描きでやっていたりしますし。そういう古いものの良さを知っているキャラクターを表現しています」。


先入観を逆手に取る

野々垣氏は「美術装飾の仕事とは、偏見を形にすること」だという。ここでいう“偏見”とは、視聴者が無意識に抱くイメージのことだ。


「この人はこういう部屋に住んでいそうだ、こういうデスクを使っていそうだ――そういう無意識の先入観をうまく利用して人物像を補強する。誰しもどんなものに対しても先入観はあるもので、それを逆手に取って表現するのが美術です。視聴者に作品の登場人物のイメージをインプットしてもらうための要素なんです」。


宇崎の自宅の部屋の端には、昔MMAをやっていたと感じさせるサンドバッグや器具が残されている。「宇崎は落ちこぼれでもあるので、部屋にも司法試験の勉強を必死にやったという痕跡を作りました」と野々垣氏。過去と現在の同居。それがにじみ出る空間になっている。


映画的演出と連動する「光に耐える」美術

本作は、BABEL LABELとTBSによる共同制作。演出面では映画的なアプローチが採られ、特に照明演出は従来のテレビドラマとは一線を画している。
「顔全体を照らすというより、陰影を強調する照明設計。暗がりを生かした構図が多い。だからこそ、セットの質感が映えるんです」。


照明と美術の連携は密接であり、“光に耐える”セットでなければ画にならない。“映らない部分”もきちんと飾り、演技のための空間を整える。「役者がセットに入ったとき、キャラクターになりきれるように。自然と小物を触りながらセリフを話していたり、動きや動線、細かい芝居はただしゃべるだけじゃない。芝居の奥行きは美術で決まると思っています」。


“静かな語り手”としての美術は、台詞の背後で観客の感情を揺さぶる。『イグナイト -法の無法者-』の空間には、登場人物の背景や価値観が静かに浸透しており、視聴者がその空気感を自然と読み取る余地が残されている。美術装飾の存在は、あくまでも控えめでありながら、物語の輪郭を確かに支えている。


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