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小津安二郎ら古典映画の巨匠たちの映像表現を未来へ──『三人夫婦』に隠されたオマージュの意味

エンタメ
2025-04-02 10:57

「先人たちがつくってくれた知恵を学んで、踏襲したい」——滝のように情報が流れ、SNSなどの影響もあり映像にも分かりやすい刺激が求められる現代。熊坂出さんは、独ダグラス・サークや小津安二郎など、かつての巨匠たちが生み出してきた映像表現にまつわる「言語」を、今の時代にこそ取り込んでいくことで、テレビドラマの未来を見据える。


映画監督で脚本家。自主制作映画『珈琲とミルク』(2004年)で注目を集め、長編初監督作品『パーク アンド ラブホテル』(2007年)はベルリン国際映画祭で日本人初の最優秀新人作品賞を受賞。その後も多彩な作品を手がけ、近年ではSNSや現代社会の問題を取り上げ若者たちの葛藤や成長を描いた『プリテンダーズ』(2021年)や、男性の性被害というテーマに挑戦した『恋い焦れ歌え』(2022年)などの作品を発表。数々のテレビドラマも手がけ、最新作となるドラマ『三人夫婦』では演出を務める。


主人公の三津田拓三(演・浅香航大)が、元カノ・矢野口美愛(演・朝倉あき)とその彼氏、里村新平(演・鈴木大河/IMP.)から〈三人夫婦〉を提案され、自分たちらしい幸せを模索していく様子を描く。本作では、どのように役者と関わり、何を表現するのか、熊坂さんの「演出論」を聞いた。


脚本は義務でなくきっかけ 可能性広げるリハーサル

過去の作品でも撮影に入る際には、役者たちと台本に対する向き合い方などを共有するリハーサルをしてきたという熊坂さん。「僕独自の特別なやり方ではなく、アメリカやヨーロッパの映画界で行われていることを踏襲しているだけなんです。脚本は〈義務〉ではなくリハーサルは脚本の可能性を広げる場だというのが、ベーシックな考え方としてあります」と話す。


「小津監督の脚本を読んでも、出来上がった映像は少なからず、変わっている。それは現場で変わっていったんだと思うんです。脚本に一字一句従ったり、建前上の儀式のように、プロデューサーや監督の前で、セリフを“上手く”読唱するようなリハーサルはしません。脚本はあくまでも役を生きる上でのきっかけに過ぎず、自分の五感や頭脳、人生経験を存分に生かして、相手と向き合ってセリフを話していい、相手に影響されていい、ということを、まずは伝えています」と、その真意を明かす。


『三人夫婦』という、特殊なテーマを扱う今回も、熊坂さんにとっての演出は変わらない。「〈三人夫婦〉と言っても、複数婚や複数愛に関して深掘りしていく話ではなく、〈子どもが自立していく話〉だと僕は捉えています。自分の内側に閉じてしまっている3人がいて、その3人が、他者を獲得して、自立していく話だなと思っています」と、〈特殊〉さとは別の視点で作品を捉える。


「三人婚という特殊さが、登場人物たちに本当の意味で試練を与えるのは、3人が公正証書を出して、社会制度の中に入っていった後から。大きな問題が起こってくるのは、おそらくそこからです。この物語はそこに至るまでの話であって、3人が他者を理解して、自立していく過程を描く本作は、なんら特殊なことは描いていないと思います」と付け加える。


アイデアを即採用 スカーフに見る柔軟な演出スタイル

役者たちと関わる中で、それぞれの「違い」に合わせて演出をつけるのも、熊坂さんなりの演出スタイルだ。「役者によって、すごく話したがる方もいるし、放っておいてほしいという方もいる。だからみんなとディスカッションしていくことが、必ずしも正しいということではないです。役者自身で気付いていく場合もあるし、ちょっと違うなと思ったら、その場で話す」と言い、「決して緻密というわけではない」と、柔軟に対応している。


今作に関しては、以前から交流のあった、拓三役を演じる浅香航大さんと「作品に入る前に飲みながら話しました。3人それぞれ、皆さんと話しましたね」と、コミュニケーションを図っているといい、話し合いの中で浅香さんから提案された、ある「小物」も、演出のポイントの一つになっている。


「浅香さんが劇中で首にスカーフを巻いているのは、彼のアイデアなんです。聞いた時にすごくいいなと思いました」と、浅香さんの案を即採用。そのスカーフは、母親からの自立を促すような「移行対象」だと感じたのだと言う。「まだ自立できない子どもが、お母さんがそばにいなくても、お母さんの匂いが染み込んだ毛布を持っていると眠れるような、そんな存在と一緒です。それが浅香さんの中から出てきた時に、ただ見守って、〈いいね〉と言うだけでした」と、特に深掘りすることもなく、受け入れたという。


「キャッチャーであり続けることが大事かもしれないですね。お母さんのようでもある。〈演出家は助産師〉だとよく言われるのですが、確かにピッチャーではないと思います。ただ、質問が来たり、どうしてそういう風にしたいのかを、ポイントポイントで聞いたりすることはあります。言語化してもらうと、役者の中でもピントが合ってくるので」


顔面周囲だけで出せない「動き」の表現

そうしたディスカッションなどを経て、現場に入った後の演出については、「動きをつける」ことにも注力する。「あっちに行って、次はこう行って、と動きをつけます。映画やドラマは、もともと〈運動〉を捉えていくメディア。顔面周囲で感情を表現するだけが役者ではないと思っているので、僕は動きでドラマを作っていきます。動いてもらった上で、役者がやり辛そうだなと感じればやり易いように変え、映像構成を組み上げていく。その意味では、キャッチャーではなく、ピッチャーですね」と、現場での動きを明かす。


ここでも、「3人」という単位には特にこだわらず、演出していると明かす。意識の先には、情報過多な社会だからこそ、今表現したい自身のこだわりがある。「テレビドラマはますます古典映画の対極になってきていると、僕は感じています。映画は、観ている人のアナロジー(類推)をくすぐってくれる側面があって、今のドラマは、説明的で直接的。カットも細かくなって来ている」と、演出を取り巻く現状を俯瞰して見ている。


拓三たちが暮らす家での様子を描く中で、「美愛と新平が隠し事をしているシーンがあるのですが、2人が拓三に背を向けて逃げるような動きをつけて、ほぼ1カットで構成しました。そうすることで、単に2人が隠し事をしているということ以上に、豊かなことが視聴者の無意識に染み込み、アナロジーを促すと思うんです」と、「動き」や1カットの重要性について触れる。「ある一定の尺を持った1カットの中で、みんながずっと背を向けていると、相互理解ができていないというところから、他者を獲得できてない、まだ自立できていない、と視聴者の想像を促す…というようなことは、ずっとやっています」と続ける。


巨匠の知恵を踏襲 「映画言語」を取り込む真意

時代の変化に流されず、大事にしたいもの——熊坂さんの演出の芯にあるのは、自身が影響を受けてきた古典映画の「言語」だ。その背景には、「今は、アドレナリンやドーパミン依存症のように、何か良い情報があるんじゃないかとずっとスマホをスワイプしてしまうような時代。今のテレビドラマの世界でも、何秒かに1回カットチェンジをすることでドーパミン放出を促し見続けさせる、そういう作られ方をしているものもあると聞きます。でも人間の脳は、何万年も前から進化していない。ある一定時間の中で脳が処理できる情報量は決まっているので、処理できないほどの情報量がドバドバと入ると、記憶にも印象にも全く残らないのではないか」との思いがある。


「テレビドラマが、誰かの人生を変えるきっかけとか、何かを考える契機になってほしいと思っています。80年代や90年代のテレビドラマには、印象を強く残していくものがたくさんありました。流れては消えていく、というものではなくて、記憶に残って、その人の人生の糧となるようなテレビドラマを作りたい。だからこそ、今のテレビドラマにも昔の映画人が培ってきた技術を擦り込んでいくのは、大事なのではないかと思っています」と話す。


「昔の映画を観て、その〈映画言語〉を入れていくこと」と、専門的な言葉も重ねる。熊坂さんにとっての映画言語とは、「昔の巨匠たち、D・W・グリフィスやハワード・ホークス、ロベール・ブレッソン、ダグラス・サーク、小津安二郎…、世界中の数多くの巨匠たちが作ってきたもの。役者の動きを付けるのも、その一つ」。


「新平が帽子をかぶっているシーンがあるのですが、この帽子も、このドラマの中では移行対象です。帽子は昔の映画にたくさん出てきます。小津作品にもグリフィスの映画にも」と例を挙げ、「帽子は頭を保護するもの。新平がこれから社会と対峙していかなければいけない中で、無防備に真っ裸ではいられない、という時にかぶっている。映画言語を知っている人だとしたら、〈彼はいつ帽子を脱ぐんだろう?〉と捉えると思います」と説明する。


「拓三がスカーフを脱ぎ捨てるとか、新平が帽子を脱ぐとか、互いに向き合っていないとか、そういう映画言語は、音楽で言えばジャズに似ていると思います」と例え、「〈ジャズ・ランゲージ〉と言うのですが、昔の巨匠たちの演奏をトランスクライブ(耳で聞いて採譜)して、自分のものにしていく。今のドラマ界にもおそらく大事なこと」と捉えている。


役者を母性で受け止めるキャッチャーでありながら、時には場を動かすピッチャーになり、巨匠たちの知恵を惜しみなく「オマージュ」する体現者でもある。「先人たちが作ってきてくれたものをたくさん観て、学んで、踏襲していきたい」と、ドラマ界の先を見据える。


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