日本漫画史の金字塔として知られる「あしたのジョー」。他にも数々のヒット作を手掛けた漫画家の、ちばてつやさんが亡くなりました。作品には戦時中に経験した「飢え」や「苦しみ」…そして平和への思いが込められていました。
「あしたのジョー」「紫電改のタカ」「おれは鉄兵」。イラストには自画像も。自身が描いたキャラクターに囲まれ微笑んでいます。
1956年にデビュー、多くのヒット作を手がけた漫画家のちばてつやさん。今月22日、87歳で亡くなりました。
「立て、立つんだジョー!」
代表作の一つが、1968年に連載が始まり、数々の名台詞を残したボクシング漫画『あしたのジョー』。
「燃えつきた…真っ白な灰に」
主人公・矢吹丈のライバル・力石徹が過酷な減量の末、決戦にのぞむこの表情について、ちばさんは生前、こう語っていました。
ちばてつやさん
「お腹が空いたっていうのは、どういう状況なのか自分でもわかる。そういう人たちの表情だとか、どういうふうにやつれていくかというのも。もうカサカサになるんですよね、目がギョロギョロして、カサカサになっていく、そういう状況を見てましたから、覚えてますからね」
幼少期、中国東北部にあった満州で過ごした、ちばさん。終戦直前、ソ連の満州侵攻で「略奪」や「飢え」に苦しんだ過酷な逃避行の経験が作品にも反映されていたのです。
自身の半生を描いた「ひねもすのたり日記」には。
「こ…こわいよお」
「やめてくださいっ!」
ちばてつやさん
「喉が渇くと、水たまりの水をすすったりなんかしちゃうし。私の身の回りでもそうですが、たくさん死んでいる人を見ました」
豚肉やまんじゅうと引き替えに、日本人の子どもを欲しがる中国人もいたといいます。
「この子たちはどれも私が産んだ子よ。一人残らず、全部日本に連れて帰ります」
おととしには、漫画家として初めてとなる文化勲章を受章した、ちばさん。伝え続けてきたのは「戦争の悲惨さ」や「平和の大切さ」でした。
ちばてつやさん
「戦争っていうのはね、大きなあの鳴門にある大きな渦があるでしょう、あの渦みたいなもんでね。一度その渦の中に入ってしまったら、どんなに素晴らしいエンジンを持った船でも、そこから抜けられないんですよね。どんなに苦しい状況に追い込まれても、我々は戦争しないんだっていう凛とした姿勢を。戦争は絶対いけない、どんなことがあってもいけない」
・10歳若返る?「ジャパニーズウォーキング」…“1日30分”で1万歩歩くよりも効果的 道具いらずで海外で話題【Nスタ解説】
・40代から増加「脳梗塞」の初期症状は?「倒れてからじゃ遅い」早期発見のカギ「BE FAST」とは【ひるおび】
・「インフルにかかる人・かからない人の違いは?」「医師はどう予防?」インフルエンザの疑問を専門家に聞く【ひるおび】
