大阪地検のトップだった男から、「性的暴行を受けた」と元検事の女性が訴えている事件。女性は先月末、「天職」とまで語っていたその職を辞しました。声を上げた女性はなぜ辞職に追い込まれたのでしょうか。
【写真で見る】「今回の事件が公になった場合、自死するほかない」大阪地検元トップ“口止め”か
大阪地検トップから“性被害”訴え 被害公表しないよう要求も
大阪地検 元検事 ひかりさん(仮名)
「もう戻る場所がないから。辞表を出さざるを得なくなりました」
大阪地検の元検事、ひかりさん(仮名)。組織のトップから“性被害を受け被害を申告したところ、辞職に追い込まれた”と訴えています。
当時、大阪地検の検事正だった北川健太郎被告(66)。
2018年、懇親会後に泥酔したひかりさんをタクシーに押し込んで官舎へ連れ込み、組織のトップという立場に乗じて性的暴行を加えたとされています。
ひかりさんによると事件の約1年後、北川被告は手紙などで「検察組織」のために被害を公表しないよう求めてきたといいます。
北川被告から送られたとする手紙より
「今回の事件が公になった場合、私は絶対に生きてゆくことはできず、自死するほかないと考えている。大阪地検の検事正による大スキャンダルであり、発覚した場合、私のみならず検察組織に対しても強烈な批判があることは明らかです。あなたも属する大阪地検のためということでお願いします」
ひかりさんは事件後も仕事を続けていましたが、5年後にPTSDと診断されたことなどがきっかけとなり、被害の申告を決心しました。
北川被告は逮捕・起訴され、現在、準強制性交の罪に問われています。
「被害者が守られる環境ではない」職場での“二次加害”が追い打ちに
初公判で北川被告側は起訴内容を認めましたが、その後「ひかりさんが抵抗することが著しく困難な状態であったという認識はなかった。また、同意があったと思っていた」などとして、無罪を主張。
裁判は1年10か月の間、開かれていません。
ひかりさんに追い打ちをかけたのが、職場で受けた“二次加害”です。
被害を申告する際、ひかりさんは名前を伏せるよう求めていましたが、事件当時、大阪地検にいた副検事が実名や事実無根の噂などを職場に拡散。
ひかりさんは「被害者が守られる環境ではない」と感じ、退職せざるをえませんでした。
大阪地検 元検事 ひかりさん(9月1日)
「言葉にできないほど悔しいです。被害者である私が仕事を奪われ、職場を追われなければならないのか」
性被害や児童虐待などの事件を担当してきたひかりさん。「検事の仕事は天職」だと信じてきました。
大阪地検 元検事 ひかりさん(仮名)
「被害者の方が一歩前に足を踏み出せるように、背中を押してあげられたらと思ってずっと仕事をやってきたので、それを失うということがすごく寂しいです」
検察の構造的問題を明らかにするため、ひかりさんは改めて第三者委員会の設置を要求しています。
「本当に無念でとても悔しい」人権侵害を受けた元検事の胸中
小川彩佳キャスター:
ひかりさんが「天職」とまで話していた検事の仕事を辞めざるを得ない状況になってしまったことについて、改めてどんな思いですか。
大阪地検 元検事 ひかりさん(仮名):
私は幼い頃から性被害を含めたいろんな犯罪被害に遭うことがあり、とても怖い思いをしてきました。その時は逃げるのに必死で声を上げることができませんでした。だから「そういう人がたくさんいるんだろうな」と思って検事になりました。
私だからこそ、声を上げにくい性被害や虐待被害などに向き合い・寄り添い、共に泣いて・共に戦い、厳正に処罰することで、被害者の回復に力添えできる検事の仕事は私にとっては生きがいであり、天職だと感じていました。そう思い、人々の安全を守ってきました。
ただ、私だけでは寄り添える被害者に限りがあるので、今まで培ってきた知識や経験をたくさんの人に伝承し、悪法を改正することにも尽くしてきました。
そうして1人でも多くの被害者の方々に救いがあるように尽力してきましたが、私が被害者となり、被害を打ち明けた後は検察組織から切り捨てられ、人権侵害を受け、辞職に追い込まれました。本当に無念でとても悔しいです。
「被害者だと知られたくなかった」職場が捜査機関であることの葛藤
小川キャスター:
「大阪地検トップから性暴力を受けたと被害申告をするということは、検事をやめないといけない」と話していましたが、相手が大阪地検トップだからこその恐れや
検察組織への影響も危惧したのでしょうか。
大阪地検 元検事 ひかりさん(仮名):
私は職場のトップから性被害を受けたので、当然職場には知られたくありません。しかし、職場が検察庁という捜査機関でしたから、「私が被害を申告する」ということは、「職場に被害を申告しなければならない」という特殊な環境にありました。
私が被害者だということを、とにかく職場に知られたくなかった。今まで当たり前のようにやってきた仕事もできなくなります。
また、検察というのはとても閉鎖された組織で、「被害を訴えた人を叩く」という組織風土があります。自分が被害を申告すれば、自分の名前や誹謗中傷が拡散されるかもしれないという怖さもありました。
「誰にも相談しない」が半数以上 「性暴力を受けた」声を上げる難しさ
藤森祥平キャスター:
職場が「検察」という特殊性が、被害を訴える声を上げることの難しさに繋がるのではないかということですが、内閣府の調査では不同意性交等の被害を受け、誰にも相談しなかった人は55.7%というデータが出ています。
以下のような理由が多くなっています。
【相談しなかった・相談が遅れた理由】
・恥ずかしくてだれにも言えなかった:45.7%
・相談してもむだだと思った:31.5%
・自分さえ我慢すればこのままやっていけると思った:28.3%
※内閣府「男女間における暴力に関する調査報告書」より(複数回答)
大阪地検 元検事 ひかりさん(仮名):
私の場合は「検事正」というトップからの被害なので、被害を訴えても誰も私の話を聞かず、トップの話を信用して、事件を握りつぶされてしまうリスクが非常に大きかったことも被害を申告できなかった理由のひとつです。
直筆書面で脅迫・口止めされたように、私が被害を訴えれば、私を育ててくれた検察組織や無関係の職員に迷惑をかけてしまうという怖さもありました。
「とにかく検事の仕事を失いたくなかった」という思いがありました。
性被害はそもそも自分が今まで生きてきた世界観や、職場への信頼、仕事への信頼、全てを崩壊させます。
検事として積み重ねてきたもの全てがボロボロに壊されてしまう。人としての尊厳がぐちゃぐちゃに踏みにじられてしまう。そもそも自分の被害を現実として受け止められない、だから被害を話せない。
話したとしても、相手がきちんと自分に寄り添ってくれるかどうかわからない。「また新たな被害を受けるかもしれない」、そういう怖さがあって性被害はなかなか打ち明けられません。
声をあげた人をどう守るか 「パワハラ・セクハラ経験」職場の傾向は…
藤森キャスター:
厚労省の「職場のハラスメントに関する実態調査」によると、パワハラ・セクハラを経験した人がいる職場では、
・上司と部下のコミュニケーションが少ない
・ハラスメント防止規定が制定されていない
・失敗が許されない
・高い規律が求められる
このような特徴がみられるそうです。
こういった特徴から、声を上げづらくなってしまい、内向きになってしまう傾向があるようです。
東京大学准教授 斎藤幸平さん:
普段、検察は捜査する側で、捜査される側ではありません。自分たちが捜査される側になるということは「誤りを認めた」ことになり、自分たちの権威を傷つけることを恐れます。
特に、大阪地検は証拠改ざんの冤罪事件もありましたし、過去にも声を上げられなかった方がいると思います。
こういったことを解決していくためには、自浄作用だけでは足りないので、第三者委員会などの外部の監査機関が必要なのではないかと改めて思いました。
小川キャスター:
7月には、ひかりさんの訴えを受けた国会議員らが当時の法務大臣に、第三者委員会の設置を求め要望書を提出しています。しかし、法務省側は検察内部の調査に留める姿勢を示しています。
先日新たに就任した山下法務大臣は元検事でもあります。今後の対応に注目したいと思います。
「法と人を守る組織であるために」第三者機関による検証と組織改革を
大阪地検 元検事 ひかりさん(仮名):
「司法権の独立」と言いますが、それは刑事裁判で行われることです。今回は組織の中のハラスメント問題です。本来であれば、被害申告をしたことで保秘が徹底されるはずの、私の氏名や誹謗中傷が瞬く間に全国・世界に拡散されました。
こういったことがなぜ起きたのかを検証する必要があります。被害申告することを後悔させないことが大切です。
北川健太郎被告と近い関係にある副検事によって、私の氏名や誹謗中傷が拡散されましたが、こういった不祥事を矮小化し、隠蔽しようとして、私への人権侵害へ繋がっていきました。
こういった検察組織風土は、検察の中で自浄作用が働きませんから、第三者の独立した公正・中立な調査や検証によって、検察組織の膿を吐き出す必要があります。
新たに同じような犠牲者を出してはならないことが非常に大事です。
検察組織だけの問題ではなく、真面目に一生懸命働いている職員が被害を受けて辞職に追い込まれると、人権意識の低い組織になってしまい、市民への生命・安全に直結する問題になってしまいます。
検察は法と人を守る組織でなければいけません。だからこそ、第三者委員会を入れて徹底した調査を行って再発防止し、今後はこういった国家権力による人権侵害に対して、独立した第三者による人権救済機関も必要だと思います。
私がこうやって声を上げなければならないということ自体が異常だと思います。被害者は本来守られるべき存在です。被害者に対して、寄り添う社会であってほしいと思います。
私がここまで頑張ってこれたのは、検察の中で孤立していた私を支えてくれた市民の皆さんのおかげです。家族、市民の皆さまに本当に心から感謝申し上げたいと思います。
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<プロフィール>
ひかりさん(仮名)
当時地検トップだった上司からの性被害を訴える
先月退職 検事時代は性暴力・児童虐待の事件も担当
斎藤幸平さん
東京大学准教授 専門は経済・社会思想
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