
単独機として世界最悪の520人の犠牲者を出した未曾有の惨事。事故から41年が経過し、当時の記憶が社会から薄れゆく一方で、日航機事故についてインターネット上では様々な憶測や、真偽不明の言説が飛び交うようになった。 そうした中で、残されたフライトレコーダーの生データは、ネット空間の憶測を物理学的に退ける根拠であり、客観的事実を示していた。
41年目の新春、引き継がれた「証拠」
日航ジャンボ機墜落事故から41年目を迎えた2026年1月。日本航空の社員が、ある男性のもとを訪れた。 男性の名前は、川幡長勝(かわはた ながかつ)氏。旧運輸省・航空事故調査委員会の専門委員として、墜落した123便のフライトレコーダーの解析を担当した人物だ。 自宅には、当時のコンピュータが打ち出したデータが刻まれた長さ2.3メートルのロール紙が、4本保管されていた。
引き取り手がなければ廃棄される運命にあった貴重な生データは、日航社員との面会を経て、安全啓発センターへ寄贈されることが決まった。
絶望的なテープ切断と、女子大学生の奮闘
川幡氏が解析したフライトレコーダーは、機体の状態を記録するデジタル式の飛行記録装置だ。エンジン出力や操縦桿の操作量など64項目に及ぶ物理データと、スイッチなどのオン・オフ状態を示す33個のデータが、当時は磁気テープに記録されていた。しかし、激しい衝撃を受けた磁気テープはしわだらけになり、一部は切断されていた。最も重要な「異常発生時」のデータは、解読不能なエラーとなっていた。アメリカの製造メーカーの機器にかけても完全な修復は不可能だった。
川幡氏に残された手段は、途方もないアナログ作業だった。エラーとなった波形からノイズを取り除き、人間の目で「0」と「1」の信号をひとつずつ拾い上げる。1秒間=1センチのデータは、2.3メートルにも及ぶロール紙となって拡大プリントされた。「1ビット」の波形が、わずか3ミリの長さに引き伸ばされた。人間の目で何とか確認できるサイズだった。これを判読していく地道な作業を担当したのが、アルバイトとして雇われた東京女子大学の数学専攻の女子大学生だった。
川幡長勝氏
「事故調査の作業は秘密厳守のため、特別な場合を除き第三者には依頼しません。彼女は数学専攻で、航空の知識がなかったことがかえって都合がよかったのです」
先入観を持たない女子大学生は、静かな研究室でひたすらデータの区切りを発見し、波形の境界を確定していった。この地道な手作業が、惨事の真実を浮かび上がらせることになる。
1秒間に刻まれた事実、データが示す「物理学的な答え」
手作業で導き出された波形データは、異変が発生した「18時24分35秒」からの、わずか「1秒余り」に起きた機体の異常な挙動を克明に捉えていた。それは、ネット空間上に広がる「外部からの飛翔体(ミサイル等)の衝突説」に対し、物理学の視点から明確な答えを提示するものだった。
川幡氏の解析による見解は、以下の通りだ。
▼第1の動き「前方への加速」
データは異常発生の瞬間、機体が前方へ加速したことを示していた。後部の圧力隔壁が破壊され、客室内の高圧空気が一気に後ろへ噴出したことで、機体が「前に進む推力」を得た物理的証拠となる。
▼第2の動き「下方への加速」
第1の動きの直後、機体は下方へ加速している。噴出した空気が垂直尾翼の内部を突き破り、尾翼を破壊したことで下への動きが加わった。
もし外部からミサイル等の物体が衝突したのなら、機体は衝撃で左右や前後に振れるはずである。この「前へ、そして下へ」という1秒間の物理データは「圧力隔壁の損壊から垂直尾翼の破壊に至る」という事故調査報告書の考え方を、物理学的に証明する根拠となった。
米ボーイング社で直面した「制度の壁」
川幡氏は、データ解析が終盤に差し掛かった頃、事故調査委員会のメンバーとともにアメリカへ渡っている。事故調の目的は、圧力隔壁の不適切な修理を行ったとされるボーイング社の担当者に直接面会し、聴取することだった。 川幡氏はアメリカの名門・プリンストン大学大学院で航空工学を学んだ経歴を持つ。日本の領事館員が同席しない場では「通訳」も務めた。この時、ボーイング側は頑なに関係者の聴取を拒否したという。
川幡長勝氏
「作業した人はもういないんだと、いないの一点張りでした。だいぶ質問しましたが、だめでした」
個人の責任追及を避け、再発防止を最優先するアメリカ側の思想と、真実の全容を知りたいと願う日本側のジレンマ。川幡氏の「だいぶ質問した」という短い言葉には、日米の制度の壁に直面した事故調査委員会の、苦労と悔しさがにじみ出ている。
「事実(Fact)」を未来へ繋ぐ
川幡氏が日航に資料を寄贈してから3か月が経った2026年4月。川幡氏は、123便の機体の残骸などが保管されている日航安全啓発センターを初めて訪問した。 川幡氏にとって、実物の圧力隔壁や機体の残骸を目にするのは、40年ぶりのことだ。フライトレコーダーの磁気テープが格納されていたブラックボックスとも久しぶりの対面となった。自らが「0」と「1」の波形を通して格闘した機体の残骸を前に、川幡氏は何を想ったのか。
川幡長勝氏
「垂直尾翼の破断部を間近に見たのは初めてです。亡くなられた方々のメモ書きを読んだのも初めてでした。自分だったら最後に何を書いただろうか。何か書き残そうとさえ思わなかったかもしれません」
科学者として真実を探求し続けた川幡氏は、根拠のない非科学的な言説に対して強い違和感を抱いている。しかし、彼が今最も望んでいることは、抽出された客観的事実が、正しく次の世代へと引き継がれることだ。
川幡長勝氏
「事故調査は、データに基づく合理的推測しかできません。異なる主張があれば、各種データ間の合理的関連を矛盾の無いよう、慎重に読む必要があります。憶測だけで語ることは、余計な問題を生じさせると思います」
ブラックボックスをこじ開け、導き出された「1秒間の真実」。あの日のデータが刻まれたロール紙は、惨事の記憶と記録を未来へ繋ぐ「証」として、今も生き続けている。
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