
大量の汗が止まらない「多汗症」。日本人の10人に1人いるとされていて、生活の様々な場面で影響が出ている。周囲からの理解を得られにくい、当事者たちの悩みを取材した。
【写真を見る】「汗くらいで」と言わないで…日本人の10人に1人、大量の汗が止まらない多汗症の悩み【報道特集】
机に広がる水たまり…「多汗症」とは
資格試験の勉強をする優子さん(仮名・40代)。いつ、どこにいても、タオルが手放せない。
優子さん(仮名・40代)
「全然集中できない」
テキストの文字はにじみ、机の上には汗で水たまりができていた。冷房が効いていて、部屋は少し肌寒く感じるくらいだが、手からは汗が滴り続ける。
優子さんは、「多汗症」と診断されている。多汗症は、生活に支障をきたすほど大量の汗をかく疾患で、原因は特定されていない。
特に手からの汗は、暑い日や運動をした時などとは異なり、外からの刺激と関係なく出続ける。
優子さん
「湿り気のレベルの差はあれど、常に湿っている」
優子さんは手のほかに、足や脇にも過剰な汗をかく。
多汗症は学生生活にも大きな影響を与えた。高校のテストでは、手の汗が回答用紙に落ち、上手く書くことができなかった。
優子さん
「テスト用紙がこういう状態になってしまって、その後、解ける気がしなくて、眠いふりをして突っ伏して。コロナの頃の『青春は密だ』っていうのがあったと思うんですけど、思い出すと友達と手を繋げなかった。嫌がられたなとか、ネガティブな思い出の方がいっぱい思い出されてしまって、密を避けて送りたかった」
「女の子と手を繋ぐとき、恥ずかしい思いを…」母親が募らせる不安
小学4年の宗之介くんも手に過剰な汗をかく。よくティッシュで手を拭いている。
宗之介くん
「何分もやってると、どんどん汗が出て、鍵盤弾くときに滑っちゃったりする」
母親・千織さん
「いつもこうやって拭いてるよね」
宗之介くん
「服で拭いちゃう。癖になってる」
宗之介くんは、大量の汗で皮膚がふやけてしまうことがあるという。
手のひら全体の皮がむけてしまっている。
母親・千織さん
「汗でふやけてお風呂入ってむけちゃうっていう感じです」
宗之介くん
「スイミングとか行くとむけちゃう」
中には、痛みやかゆみを伴って炎症を起こす人もいる。
母親の千織さんは…
母親・千織さん
「悪口言ったりしないで欲しいかなとは思いますけどね。大きくなって女の子と手繋いだりするときに、恥ずかしい思いすることがあるのかなと思うと、ちょっと心配です」
夏でも足元にはヒーターを…多汗症の理解されない苦しみ
雪の日、多汗症患者の手から湯気が出るのは、気温に関係なく大量の汗が出るからだ。
汗で熱が奪われ、凍えながら汗をかいてしまうという人もいる。
多汗症の当事者を支援するNPOで代表を務める黒澤希さん。40年近く、手足や脇の汗と付き合い続けている。
撮影を行った2025年6月。部屋には冷房が効いていたが、黒澤さんの足もとではヒーターが付いていた。汗をかいた足が極度に冷えてしまうのを防ぐためだという。
NPO法人多汗症サポートグループ代表理事 黒澤希さん
「冷えがひどいですね。夏場も冷えますけど、冬にうちの中にいて、本当にかじかんでこれ(ペン)を持てないので。本当に震えて書けなくなっちゃう」
多汗症の辛さを周囲に伝えることは難しいと、黒澤さんは感じている。
NPO法人多汗症サポートグループ代表理事 黒澤希さん
「汗だから大丈夫だよとか、拭けばいいよとか、皆さん多分自分がかいてる汗のことを想像して言ってくださってるんですね、優しい意味で。私たちってずっとかき続けちゃってる汗なので、分かってもらえてないような悲しい気持ちになってしまう」
多汗症は目に見えづらい疾患であることから「サイレントハンディキャップ」と言われる。命に関わることはないが、日常生活での影響が大きく、QOL(生活の質)を下げる疾患だ。
黒澤さんのNPOでは、多汗症患者の対面での交流会を年に一度開いている。周囲に話せない悩みの相談や情報交換を行っている。
東京から来たという10代の学生。高校生活で傷ついたこともあった。
学生(10代)
「(手が)濡れてたので、気持ち悪いって大声で言われてしまって、それが一番ストレスかな。気にかけてる部分もあるので」
社会人3年目の女性も…
社会人3年目
「気持ち悪いとか、なんで濡れてるのとか言われるんで、それが結構トラウマ。どんどん閉ざしていっちゃう」
多汗症の辛さは、家族に理解してもらうのも難しかったと話す。
社会人3年目
「病院に行きたいと言っても、汗くらいで病院なんて行かないよと言われた」
手の汗に悩む優子さん(仮名・40代)。高校時代の辛い記憶がある。
「この先何ができるのか」汗で諦めた夢 娘の告白に母親は…
優子さん
「汗で勉強にうまく取り組めなかったのと、コミュニケーションを取るのが恥ずかしい。人との接触が怖くなってしまった」
40代の優子さんは、多汗症の悩みを誰にも打ちあけることができないまま、2年生の終わりに高校を中退した。
その後、当時の大学入学資格検定をうけ、大学に入学したが、そこでも壁にぶつかった。
優子さん
「就職活動もうまくできなかったので、そのまま卒業してしまって。今後この手でどんな仕事ができるんだろうって悩んでいた」
ものづくりの仕事につきたかったが、手の汗で諦めざるを得なかった。現在は週に5日、テレワークで仕事をしている。
優子さんは多汗症を隠して生きてきた。数年前、母親に初めて手から滴り落ちる汗を見せたとき…
優子さん
「『そんな体に産んじゃってごめんね』って言われて。10代の頃は『こんな体に産んで』っていうふうに思ってた時期もあったので、そういうふうに言われると何て返したらいいんだろうってすごく悩んじゃいました」
原因不明の多汗症「全ての治療は対症療法」
東京都内にあるこの皮膚科には2024年、約4600人が多汗症の治療に訪れた。
院長の藤本智子医師。多汗症には複数の治療法があるという。
池袋西口ふくろう皮膚科クリニック 藤本智子 院長
「手のひらに関しては、最初はリスクの少ない塗り薬。脇の下は、まずは塗り薬。駄目だったらボツリヌス毒素の注射。リスクの少ない治療から始めて、だんだん症状に合わせてちょっと強めの治療にいく」
この男子高校生は、今回初めて診察に訪れた。
池袋西口ふくろう皮膚科クリニック 藤本智子 院長
「手の汗とか足の汗、大体何歳ぐらいから困っていた?」
診察に訪れた男子高校生
「記憶のある限りではもうずっと。多分幼稚園とかの頃からだと」
藤本医師が勧めたのは「イオントフォレーシス」という治療だ。電気によって汗の出口を小さくし、発汗を抑える。
塗り薬を組み合わせて、1か月、様子を見ることになった。
池袋西口ふくろう皮膚科クリニック 藤本智子 院長
「原因がわからない以上、全ての治療は今、対症療法。対症療法の中で、自分に合う組み合わせを探していくところをお手伝いする形」
「ごめんなさいっていう感情になることが多い」手術という選択とリスク
手術を決めた人もいる。
井手あかりさんは2024年、夫の悠介さんと結婚し、福岡に移り住んだ。手術を決めたきっかけは、転職したことにあった。
井手あかりさん(27)
「最近より手汗の出る量がひどくなってるような気がして、新しい職場で新しい人と出会うときに、申し訳ないなって思うタイミングが増えた」
職場には共有のパソコンや電話があり、使い終わった後はいつもハンカチで拭いている。
井手あかりさん(27)
「人の物を壊したりとか、人の物が汚れたりするっていうのに、ごめんなさいっていう感情になることが多い」
夫の悠介さんは…
夫・悠介さん(27)
「中学校の頃から手汗がひどいっていうのは知ってて。手繋ごうとしたら、今手汗ひどいから嫌だとかっていうのはすごくあった。仕事でもだいぶ周りに気遣ってるんだろうなって」
10年以上汗に悩み、ストレスを抱え続けてきたという。
井手あかりさん(27)
「先週、手術が決まって、もうこの手汗に悩むのもあと1週間なんだ、あと何日なんだっていう気持ちで仕事に行けた」
あかりさんが受けるのは、胸部の交感神経を遮断する手術だ。大量の手の汗は、交感神経から送り出された信号を受けて出るとされている。
手に汗を出すよう信号を送る交感神経を、電気メスで焼き切ることで、ほぼ確実に過剰な手の汗を止めることができる。
その一方で、胸や太もも、背中などの、手以外の場所から汗が出る「代償性発汗」が現れるリスクがある。場所や、その量は手術をしてみなければ分からない。
SNSには手術を受けたことを後悔する内容の投稿もある。
「代償性発汗がひどくて日常生活や人付き合いに支障が…」
「手術を後悔せざるを得ないほどに生きるのが困難に…」
日本人の10人に1人が多汗症 受診率はわずか5%
手術当日。執刀する医師から、改めて説明が行われた。
おだクリニック日帰り手術外科 小田斉 院長
「代償性発汗が多かれ少なかれ必ず全員に出る。その中に、手術を後悔するほどの極端な汗、例えば女性だと夏の暑い日に外出しただけでブラウスがびっしょり濡れるとか。過剰な代償性発汗で手術を後悔する方が実際にいる」
あかりさんは、代償性発汗のリスクを減らすため、手術は利き手の右手だけ行う。
手術の時間は約3分。脇の下から入れた電気メスで神経の一部を焼き切る。
無事に手術を終え、病室に戻ったあかりさん。安心したためか、目には涙が浮かんでいた。
この病院では、年間約800件の手術を行っているが…
おだクリニック日帰り手術外科 小田斉 院長
「保存的治療(皮膚科治療)についても、初診の外来のときにお話するようにしてます。代償性発汗で逆に手術を後悔する方がいらっしゃる。この手術はあくまでも、どれだけ手の汗で悩んでるかなんです」
手術から約4か月。あかりさんは、長崎県にある実家に帰省していた。
父・稔さんは、あかりさんから手術を受けると連絡を受けた時、驚いたという。
父・稔さん
「すごく怖がりだったので小さい頃から。急に一人で手術をするなんて決めるとは思いもしなかった」
手の汗はどのように変わったのか。見せてもらうと…
井手あかりさん(27)
「今、左手は汗がこんなに出てて、右手は全然出てない」
代償性発汗は、背中や足の裏の汗が多少増えた程度だという。
井手あかりさん(27)
「利き手だけでも自由に物が触れるようになることで、結構ストレスが軽減された。他の人に不快な思いさせないようにって配慮しようとしてたことが、よりできるようになった」
多汗症患者は日本人の10人に1人いると言われている。だが、治療にまでたどり着くのはごく一部だと医師は言う。
池袋西口ふくろう皮膚科クリニック 藤本智子 院長
「多汗症で病院に受診した人は5%以下。受診までは行き着かない人も多いのかなと思う。本人にはコントロールできない状況がいかに大変かは、みんなに知ってもらった方がいい。それによって治療できる人はした方がいい」
・「インフルにかかる人・かからない人の違いは?」「医師はどう予防?」インフルエンザの疑問を専門家に聞く【ひるおび】
・【裁判詳細】女子大生2人焼死事故 両親「怒りでどうにかなってしまいそう」「遺体と対面し本当の絶望を知った」追突トラック運転の男「ぼーっとしていた」起訴内容認める 山口
・「あんな微罪で死ぬことはないだろう…」逮捕直前にホテルで命を絶った新井将敬 衆院議員「この場に帰って来れないかもしれないけども、最後の言葉に嘘はありませんから」【平成事件史の舞台裏(28)】
