
新たな出発の地、南アフリカでの挑戦
2026年2月、南アフリカ・ポチェフストルーム。日本から13000キロ以上離れたこの地で、新たなスタートを切ったアスリートがいる。やり投でパリオリンピック(2024年)とブダペスト世界陸上(2023年)を制した北口榛花(28)だ。
彼女はノースウエスト大学を拠点に、2か月半の合宿生活を送っていた。広大な敷地はもはやひとつの街のようであり、生活の全てがここで完結する。
「序盤でやけど級の日焼けをして、限られた範囲でしか生活していないので、結構いい生活ができていると思います。しっかり勝負強さをまた見せていけるようにしていきたい」と意気込む北口。
「勝負強さを見せたい」という言葉の裏には、涙で終わった東京世界陸上の記憶があった。
再出発の場所に南アフリカを選んだ理由について、北口は「ずっと勝ち続けなきゃいけないプレッシャーも知っている人」と、新たな指導者への信頼を口にする。
「ただスピードに任せていけばいいっていう問題でもないので、そこが難しい」
この地で見つけた、復活への鍵とは。世界女王として再起を図る彼女の挑戦を追った。
涙の予選敗退と、栄光を共にした名将との決別
現地で合宿を張る北口は、オフの日にトレーナーと共にカフェを訪れた。フラットホワイトとヘーゼルナッツラテを注文し、「カフェがどこに行っても美味しくて3店舗をローテーションしている」と笑顔を見せるが、この合宿に至るまでには大きな決断があった。
「去年は、前みたいな『北口強いぞ』っていう姿は見せられなかったと思うので、しっかり戦えるように頑張りたい」
2025年9月、東京世界陸上。パリオリンピック金メダリストとして世界陸上連覇に臨んだ北口だったが、結果はまさかの予選敗退だった。
「ケガをしてからいろいろ悩んで、徐々に自分の良さは出てきてたんですけど、3投までに探すことが今回はできなかった」と、当時彼女は涙ながらに語っていた。3か月前のケガが、本来の輝きを奪っていたのだ。
その4か月後、北口はひとつの大きな決断を下す。頂点へと共に歩んだデイビッド・シェケラックコーチとの契約終了である。2019年に単身チェコへ渡って以来、二人三脚で世界へ挑み、北口を世界女王へと導いた立役者だった。
2023年のブダペスト世界陸上では日本女子フィールド種目初となる金メダルを獲得し、翌年のパリオリンピックでも頂点を極めた。7年間で数々の栄光を共に築き上げながらも、なぜ今、決別を選んだのか。
「世界選手権で金メダルもとれたし、オリンピックでも金メダルをとることができて本当に感謝しています。その中でやっぱり次のステップに出たほうがいいかなってずっと悩んでいて、成長したいという気持ちで、今回の決断をしました」
レジェンドが説く「休養」と「食事」の意識改革
北口が選んだ新たな道は、新コーチとの再出発だった。代理人を介して交渉し、共に向き合うことになったのがヤン・ゼレズニー新コーチ(60)である。
ゼレズニーコーチはオリンピック3連覇、世界陸上も3度制覇という実績を持ち、彼が1996年に叩き出した98m48の世界記録は30年経った今も破られていない。指導者としても多くのメダリストを育て上げた、やり投界の絶対的レジェンドだ。ゼレズニーコーチは「私としては榛花が遠くまで投げられることはわかっていますし、彼女の夢が70m投げることだということも知っています。私たちはそのために取り組んでいます」と太鼓判を押す。
合宿の中で行われたのは、やり投に特化した瞬発系トレーニングだった。やり投は上下の連動が不可欠な種目であるため、全身をくまなく鍛え上げていく。ウエイトトレーニングの最中には、バーベルを前にしたゼレズニーコーチから「60キロでやろう。2回だけ。3分も座って休む必要はない」と短いインターバルで力を出すよう指示が飛ぶと、北口は集中して取り組んだ。
日々の練習について北口は、スピード感が極めて重要だとし、瞬発的なメニューが増えたことでこれまでとは異なる質の疲労感を感じていると明かした。
また、ゼレズニーコーチの指導方針の中で、北口が衝撃を受けたものがあった。
「2日連続オフ。2日連続オフが一番新しく取り組んだことかな。知っている人は知っていると思うんですけど、私には休みがないっていうのが昔、今は休みが固定である」
かつてハードな練習で知られた北口のスケジュールには、決まった休みがなかった。しかしゼレズニーコーチが説いたのは、休養の重要性だった。
「榛花がとてもハードな練習をしているのは知っています。私たちにとって重要なのは、健康でいること、それが鍵です。健康でいることで結果は出るでしょう」とコーチは語り、短時間で集中する練習を求めた。
健康へのこだわりは食事にも及ぶ。日本から栄養士の濵田綾子さんが帯同し、徹底した管理を行っている。濵田さんは「トレーニングの目的とか内容がどんな感じか聞きながら、中身を調整している。今はどちらかというと減量していらっしゃるので、そんなにたくさんにすることはない」と話す。
異国の地でも日本食をベースに体を作る北口。休養と食への意識改革は、彼女の身体に確かな変化をもたらしていた。
昨年から彼女の身体を見続けてきたトレーナーの大桃結花さんは、その変化をこう証言する。
「最初は正直、この身体はよく頑張ってきたなという身体をしていて、それはあちこち痛くなるよねっていう感じだったんですけど。筋のはる場所もよくなりましたし、故障した筋があまり張らなくなった。全然違いますね、去年と」
休養を大切に万全の体調を整えるゼレズニー指導の手応えを、北口自身も感じていた。
「コーチが変わってたくさんいろんなことを言われるんですけど、休みが2日連続で来るので、その休みで整理できて、次の週から良い動きができたり。5日間練習して2日休みのサイクルはうまく回っているのかなと思います」
“世界女王”との決別、新フォームへの挑戦
そして再起へ向け、北口は最大の変革へと踏み切ることになる。それは、長年親しんだフォームの修正だった。
「もともと私は1回やりを下げて引いていたんですけど、コーチからも『あえてやらなくてもいいんじゃないか』と指摘されてやめました」
フォームの修正は、世界女王へと上り詰めたかつての自分との決別を意味していた。北口は「彼が見た時に私の投げ方は違うって言われて、『(その投げ方は)来世でもうちょっと早めに出会ってやろう』と言われました」と笑顔を見せる。
もちろんリスクも伴うが、フォーム変更に対する不安はなかったのだろうか。
「合ってるかは、考えたりしなかったですね。絶対合ってると思ったんで」と北口は断言する。間違っていないと言い切れる理由は明確だった。「世界で一番飛ばしている人だから」と、ゼレズニーコーチへの信頼に、北口に迷いはなかった。
しかし、新フォームへの移行は一筋縄ではいかない。目線のブレを抑え、助走のスピードをそのままやりへと伝えることができる理想の形だが、投げ切るタイミングの習得は容易ではなかった。
以前は助走で一度やりを下に降ろし、タイミングを計っていた。
「今までどうしても、やりが一回視界から消えるので。下に降ろすと。それを目で追っちゃう時があって」
視線のブレが、やりを構える位置のズレに繋がっていたと北口は説明する。さらにその動きは、助走の推進力を殺す要因でもあったのだ。
課題をクリアするための新フォームだが、練習中には「助走が安定していない。ちょっとぐらついた」と漏らす場面もあった。
「助走から投げまでストップがない状態で投げるのが自分の中では難しい」
そう語る北口は、一投ごとにゼレズニーコーチのアドバイスを噛み締め、新たな感覚を身体に染み込ませていく。
「助走はよかった、ただ少しだけ体が開いていた。ほんの少しだけ肩がね。でもいい投げ方だ」
名将からの言葉を受けながら、2か月半に及ぶ合宿で、北口はひたむきに自分を見つめ直していた。
復活の日本選手権、そして再び世界へ
そして6月、日本選手権。勝てばアジア大会代表が内定する重要な一戦を迎えた。
昨年はケガで欠場しており、2年ぶりの優勝を狙う北口だったが、苦しい展開を強いられる。全6回の投てきのうち、4投目を終えた時点で北口は3位。首位の記録は61m03だった。
追い込まれた5投目。北口が放ったやりは62m86をマークし、逆転に成功。新フォームで見事優勝を果たし、復活の兆しを見せた。
試合後、北口はこう語った。
「62mの投げも、自分の思い描いている投げではなかったので、もっとできる自信はあります。アジア大会でまたリベンジしたい」
かつての自分を超え、世界女王に返り咲いた時、北口榛花に新たなバース・デイが訪れる。
(TBSテレビ「バース・デイ」2026年6月27日放送より)
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