
2月6日に開幕するミラノ・コルティナオリンピック™。悲願のメダル獲得へ、フリースタイルスキー・男子スキークロス、五輪2大会連続出場となる須貝龍(34・チームクレブ)が1日、羽田空港からイタリアへ出発した。「前回の北京五輪で悔しい思いをして、それを晴らすための4年間だと思って競技に取り組んできました。見ていただいている皆さんに伝わるような滑りがしたい」と意気込んだ。
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空港では現地で観戦予定の家族も駆けつけ、4歳の次男・心琥(こはく)君からは「ダディー頑張ってね、大好き」と見送られた。
そんな日本代表のエース・須貝は静かに闘志を燃やしている。「オリンピックに向けて、ずっと目標にしてきた“メダル獲得”を実現したい。それが最大の目標です」と長年の想いを語る声には、揺るぎない決意がにじむ。2度目の夢舞台は2月21日に本番を迎える。
好調で迎えた五輪直前の大怪我
シーズン開幕前、昨年11月下旬〜12月上旬にかけて、須貝はスイスで武者修行。毎日2時間近くに及ぶ雪上練習でトレーニングを続け「レースを勝ち上がると疲労してくるので、その時に精度が落ちないでしっかり滑れるように、そういう練習をしています」とレース本番を想定した。
だが、12月19日に悲劇が襲った。イタリアで行われたW杯のレース中に転倒し「左足股関節脱臼」と「大腿骨頭骨折」、全治6か月の大ケガを負ってしまった。絶望と思われた五輪。転倒から1週間後、帰国して国内の病院を訪れると医師から「強度としてしっかり戻るのは3か月かかる」と診断された。それでも須貝は「どうしても五輪に復帰したい、その方向でやらせてもらいたい」と2カ月後に五輪が迫る中、須貝が下した決断は”手術をせずに保存療法で復帰”だった。
時速100キロ超、わずか“指一本分の差”で勝負が決まる世界
須貝が挑むスキークロスは、4人の選手が同時に約1㎞のコースを滑り抜け、コース内にはジャンプ、ウェーブ、バンクなどが設置されており、起伏が激しく、スピードそしてコース取りも勝敗を左右する。時には選手同士の接触による転倒、ジャンプでの着地失敗などで棄権する選手も多数。その迫力から“雪上の格闘技”と呼ばれることもある。
勝負は驚くほど繊細で、ゴールの順位が“指一本分”ほどの差で決まることも珍しくない。そのスリルとドラマこそがスキークロスの魅力で、2010年のバンクーバー五輪から正式競技となって以降、特にヨーロッパで高い人気を誇っている。
アルペンからの転向…きっかけは1本の電話
須貝はもともと高速系のアルペンスキーで五輪出場を目指していた。しかし、日本にはなかなか高速系のチームは存在せず、2018年平昌五輪の代表入りを逃した。高速系の種目を続けていた須貝に当時の全日本スキー連盟の競技本部長・皆川賢太郎さんから提案されて、2019年にスキークロスへ転向する。「当時、電話で転向を勧められたんですが、そもそもスキークロスという競技を知らなくて…(笑)」と振り返る。
初めて挑んだときは、ほかの選手と同時に滑り出すことに恐怖もあったという。それでも未知の競技へ一歩踏み出し「やってみたらすごく楽しくて。人と競う特性も、コース自体を滑るのも好きになって、今も続けています」と、新たな情熱を呼び起こした。
北京五輪で味わった“第1関節の差”
転向後に迎えた初の五輪は、2022年の北京大会。しかし、ゴール直前での接戦の末、写真判定で“第1関節ほどの差”に泣き、まさかの1回戦敗退。「手1個分くらいの差ならよくあるんですが、第1関節ほどの差は本当に少ない」と振り返る須貝。
「次こそは1ミリでも早くゴールへ飛び込みたい。勝ち上がる側になりたい」と悔しさを原動力に、再び世界の舞台へ。昨年3月の世界選手権では、この種目、日本勢としては初の表彰台入りとなる銅メダルを獲得。世界で戦う実力を確実に示している。2度目の五輪で悲願のメダルへ、雪面を切り裂くように走り抜ける。
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