エンタメ
2026-10-10 08:30
穏やかな瀬戸内海と、そこに浮かぶ島々。映画『汝、星のごとく』(公開中)の中で15年という歳月を生きる男女を演じた横浜流星と広瀬すずにとって、撮影で訪れた愛媛県今治市で過ごした時間は、役を形作る大きな力になったようだ。
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凪良ゆうが2022年に発表した同名小説を映画化した本作は、瀬戸内の島で出会った高校生の櫂(横浜)と暁海(広瀬)が、互いを心の支えとしながら、やがてそれぞれの人生を歩んでいく15年間を描く。夢を追って上京する櫂と、家族のために島に残る暁海。離れてはすれ違い、それでも互いを思い続ける2人の愛と選択を描いた物語だ。
2人に話を聞くと、同じ15年間を演じながら、そのアプローチは対照的だったことが見えてきた。横浜は体重をコントロールして時間の経過を目に見える形でも表現しようとした一方、広瀬は「ずっとこの島に居続ける、存在し続けるのが暁海」と捉え、途中から変化を意識することをやめたという。
横浜は、実際に瀬戸内を訪れた時のことを「原作ファンとしては夢のような時間でもあった」と振り返る。
「凪良先生が紡ぐ言葉から思い描いていた瀬戸内の景色が、実際に目の前に広がっていました。海に浮かぶ島々や空の表情は時間によって変わっていくので、その時にしか撮れないものが確実に映像に残っていると思います。穏やかな海、流れる時間、空気、そのすべてが我々の芝居を引き出してくれました」
広瀬もまた、現地でなければ得られなかった感覚があったという。
「その瞬間瞬間の景色だったり、時間の流れ方だったり、島でしか感じられない世界をちゃんと実感しながらお芝居できたのは、すごく贅沢な時間だったと思います」
完成した映像には「ムシムシした感じ」まで残っているといい、「島という限られた世界で暮らしている、その閉じた感じも含めて、生活の匂いまで漂ってきそうなくらい、その土地の空気が映っていると思います」と振り返った。
一方で、その美しい風景は、物語の中では別の顔も見せる。横浜は、しまなみ海道(西瀬戸自動車道)で最大規模を誇るランドマークの来島海峡大橋について、外から見れば美しい橋でありながら、閉塞感を抱える櫂たちにとっては「残酷な現実」の象徴でもあったと話す。
「あの橋を渡れば、この島から脱出できるんじゃないか、という渇望を掻き立てる存在としてリアルに実感できました」
やがて島を離れて東京へ向かう櫂と、島に残り続ける暁海。同じ景色の中から始まった2人は、15年という時間をそれぞれに生きていく。
横浜は「普通に生きていても15年という月日は、しかも高校生からの15年は、人生が大きく変わる時期でもある」と語る。
「美しいけど残酷な時間じゃないですか。傷を負ったり、得るものもあれば、気づかないうちに失うものもあって。そういう繊細な部分はすごく大切にしていました」
内面だけで15年間を表現するのではなく、外見からも時間の流れが伝わるようにした。高校時代を演じる際には「あどけなさを残すため」に体重を増やし、その後も櫂の人生に合わせて身体を変化させていった。
「東京に出て洗練されていくにつれて少しずつ削ぎ落としていくなど、体重は自分の中でコントロールしていました。心の変化だけではなく、見た目からも時間の経過が伝わるようにということを意識していました」
一方、広瀬は当初こそ、15年間の「変化をつけなきゃ」と考えていたものの、演じていくうちに、その発想から離れていったという。
「ずっとこの島に居続ける、存在し続けるのが暁海だなと思って、途中から意識するのをやめようと思いました」
広瀬は、年齢ごとの変化を自分の芝居だけで作り込むのではなく、ヘアメイクや衣装が作る外見の変化を信頼したという。
「プロのメイクさんや衣装部さんたちが、監督と話し合って作ってくださったものを信じていました。そういうベースがあったので、ちょっとした変化だけでも全然違って見えるだろうなって。だから役作りとしては、15年という時間の変化をそこまで意識していなかったんです」
その話を聞いた横浜は、「逆に今、納得しました」と反応。広瀬が年齢による見た目の変化をスタッフに委ねたからこそ、島に居続ける暁海の「変わらなさ」が自然に生まれていたことに感嘆した。
■企画から携わった横浜、広瀬は初の藤井組
これまでにも藤井道人監督とは『正体』(2024年)などで何度もタッグを組んできた横浜だが、本作では俳優として出演するだけでなく、企画段階から携わった。原作を読み映画化を熱望した横浜は、凪良にその思いを伝え、「監督は彼しかいない」と藤井に自ら打診したという。
「作品への向き合い方はどの作品も変わらないです。その作品を背負って、役を全力で生きるという覚悟は変わらない。ただ、絶対に失敗できないというか、たくさんの方々に届けなければいけないという、これまでとは違う責任のようなものは感じています」
横浜が原作を読んだ瞬間に抱いたのは、「今のこの時代に届けるべき作品だ」という確信だった。常識や“正しさ”、SNSをはじめとする世間の声に息苦しさを感じることもある現代。その中で、世間の正しさに縛られず、自らの意志で人生を選び取っていく櫂と暁海の姿に強くひかれたという。
「自分たちが映画化しなくても、きっとほかの誰かが映画にするだろうと思ったほど、素晴らしい作品でした。それをたくさんの方のお力添えがあって、こうして形にすることができました。本当に読んだ瞬間に、今のこの時代に届けるべき作品だという確信があったんです。だから本当に届いてほしいですし、届くべき作品だと思っています」
一方、広瀬にとっては今回が初めての藤井組。「いつかご一緒したいと思っていたので、この作品でよかった」と振り返る。
「藤井監督は、すごく役者の味方でいてくれる方なんです。常に安心感があって、早い段階から信頼してお芝居ができました」
中でも新鮮だったのが、藤井監督が求めているものを具体的な言葉で伝えることだった。
「思ったことや、見たいものを、具体的に言葉にして伝えてくださるのが新鮮でした。それがすごく心地よかったです。流星君もそうですけど、現場の皆さんが目の前にあることや周りの人のことを思いながら、自分にできることを黙々と全うしている。その姿がすごくかっこよかったです」
そんな2人が15年を生きた物語を象徴するのが、「愛する人のために人生を誤りたい。」というコピーだ。
横浜は「普通は誤ることを避けたいじゃないですか。でも、暁海と櫂は自分で決断して誤っているので、それほどまでに強い覚悟と愛みたいなものを感じます」と話す。
さらに、人前に立つ仕事をする自身の立場にも触れながら、この言葉への思いを語った。
「正しさみたいなものは大切にしないといけない、倫理観として。でも、2人の生き方って、すごく美しいというか。そういう生き方があってもいい。生き方について、すごく考えさせられました」
広瀬も、この言葉に強くひかれたという。
「誤ってもいいって思える出来事に、ひょっとしたらまだ出会ったことがないかもしれません。その選択を、15年たっても変わらずにいられるというのは、すごくかっこいいなと思います」
一方で、自分自身が「誤ってもいい」と思えるほど誰かを思い、その選択を貫けるかと考えると、「まだ勇気がないですし、そこまで行く自分も怖い」と明かした。
広瀬は「自分が経験するというより、映画として見るからこそ気づけることもあるのかもしれない」と語り、横浜も「いろんなものを感じていただけると思います」と、映画だからこそ伝わるものに思いを寄せていた。
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2人に話を聞くと、同じ15年間を演じながら、そのアプローチは対照的だったことが見えてきた。横浜は体重をコントロールして時間の経過を目に見える形でも表現しようとした一方、広瀬は「ずっとこの島に居続ける、存在し続けるのが暁海」と捉え、途中から変化を意識することをやめたという。
横浜は、実際に瀬戸内を訪れた時のことを「原作ファンとしては夢のような時間でもあった」と振り返る。
「凪良先生が紡ぐ言葉から思い描いていた瀬戸内の景色が、実際に目の前に広がっていました。海に浮かぶ島々や空の表情は時間によって変わっていくので、その時にしか撮れないものが確実に映像に残っていると思います。穏やかな海、流れる時間、空気、そのすべてが我々の芝居を引き出してくれました」
広瀬もまた、現地でなければ得られなかった感覚があったという。
「その瞬間瞬間の景色だったり、時間の流れ方だったり、島でしか感じられない世界をちゃんと実感しながらお芝居できたのは、すごく贅沢な時間だったと思います」
完成した映像には「ムシムシした感じ」まで残っているといい、「島という限られた世界で暮らしている、その閉じた感じも含めて、生活の匂いまで漂ってきそうなくらい、その土地の空気が映っていると思います」と振り返った。
一方で、その美しい風景は、物語の中では別の顔も見せる。横浜は、しまなみ海道(西瀬戸自動車道)で最大規模を誇るランドマークの来島海峡大橋について、外から見れば美しい橋でありながら、閉塞感を抱える櫂たちにとっては「残酷な現実」の象徴でもあったと話す。
「あの橋を渡れば、この島から脱出できるんじゃないか、という渇望を掻き立てる存在としてリアルに実感できました」
やがて島を離れて東京へ向かう櫂と、島に残り続ける暁海。同じ景色の中から始まった2人は、15年という時間をそれぞれに生きていく。
横浜は「普通に生きていても15年という月日は、しかも高校生からの15年は、人生が大きく変わる時期でもある」と語る。
「美しいけど残酷な時間じゃないですか。傷を負ったり、得るものもあれば、気づかないうちに失うものもあって。そういう繊細な部分はすごく大切にしていました」
内面だけで15年間を表現するのではなく、外見からも時間の流れが伝わるようにした。高校時代を演じる際には「あどけなさを残すため」に体重を増やし、その後も櫂の人生に合わせて身体を変化させていった。
「東京に出て洗練されていくにつれて少しずつ削ぎ落としていくなど、体重は自分の中でコントロールしていました。心の変化だけではなく、見た目からも時間の経過が伝わるようにということを意識していました」
一方、広瀬は当初こそ、15年間の「変化をつけなきゃ」と考えていたものの、演じていくうちに、その発想から離れていったという。
「ずっとこの島に居続ける、存在し続けるのが暁海だなと思って、途中から意識するのをやめようと思いました」
広瀬は、年齢ごとの変化を自分の芝居だけで作り込むのではなく、ヘアメイクや衣装が作る外見の変化を信頼したという。
「プロのメイクさんや衣装部さんたちが、監督と話し合って作ってくださったものを信じていました。そういうベースがあったので、ちょっとした変化だけでも全然違って見えるだろうなって。だから役作りとしては、15年という時間の変化をそこまで意識していなかったんです」
その話を聞いた横浜は、「逆に今、納得しました」と反応。広瀬が年齢による見た目の変化をスタッフに委ねたからこそ、島に居続ける暁海の「変わらなさ」が自然に生まれていたことに感嘆した。
■企画から携わった横浜、広瀬は初の藤井組
これまでにも藤井道人監督とは『正体』(2024年)などで何度もタッグを組んできた横浜だが、本作では俳優として出演するだけでなく、企画段階から携わった。原作を読み映画化を熱望した横浜は、凪良にその思いを伝え、「監督は彼しかいない」と藤井に自ら打診したという。
「作品への向き合い方はどの作品も変わらないです。その作品を背負って、役を全力で生きるという覚悟は変わらない。ただ、絶対に失敗できないというか、たくさんの方々に届けなければいけないという、これまでとは違う責任のようなものは感じています」
横浜が原作を読んだ瞬間に抱いたのは、「今のこの時代に届けるべき作品だ」という確信だった。常識や“正しさ”、SNSをはじめとする世間の声に息苦しさを感じることもある現代。その中で、世間の正しさに縛られず、自らの意志で人生を選び取っていく櫂と暁海の姿に強くひかれたという。
「自分たちが映画化しなくても、きっとほかの誰かが映画にするだろうと思ったほど、素晴らしい作品でした。それをたくさんの方のお力添えがあって、こうして形にすることができました。本当に読んだ瞬間に、今のこの時代に届けるべき作品だという確信があったんです。だから本当に届いてほしいですし、届くべき作品だと思っています」
一方、広瀬にとっては今回が初めての藤井組。「いつかご一緒したいと思っていたので、この作品でよかった」と振り返る。
「藤井監督は、すごく役者の味方でいてくれる方なんです。常に安心感があって、早い段階から信頼してお芝居ができました」
中でも新鮮だったのが、藤井監督が求めているものを具体的な言葉で伝えることだった。
「思ったことや、見たいものを、具体的に言葉にして伝えてくださるのが新鮮でした。それがすごく心地よかったです。流星君もそうですけど、現場の皆さんが目の前にあることや周りの人のことを思いながら、自分にできることを黙々と全うしている。その姿がすごくかっこよかったです」
そんな2人が15年を生きた物語を象徴するのが、「愛する人のために人生を誤りたい。」というコピーだ。
横浜は「普通は誤ることを避けたいじゃないですか。でも、暁海と櫂は自分で決断して誤っているので、それほどまでに強い覚悟と愛みたいなものを感じます」と話す。
さらに、人前に立つ仕事をする自身の立場にも触れながら、この言葉への思いを語った。
「正しさみたいなものは大切にしないといけない、倫理観として。でも、2人の生き方って、すごく美しいというか。そういう生き方があってもいい。生き方について、すごく考えさせられました」
広瀬も、この言葉に強くひかれたという。
「誤ってもいいって思える出来事に、ひょっとしたらまだ出会ったことがないかもしれません。その選択を、15年たっても変わらずにいられるというのは、すごくかっこいいなと思います」
一方で、自分自身が「誤ってもいい」と思えるほど誰かを思い、その選択を貫けるかと考えると、「まだ勇気がないですし、そこまで行く自分も怖い」と明かした。
広瀬は「自分が経験するというより、映画として見るからこそ気づけることもあるのかもしれない」と語り、横浜も「いろんなものを感じていただけると思います」と、映画だからこそ伝わるものに思いを寄せていた。
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