エンタメ
2025-11-28 20:00
細田守監督の最新作『果てしなきスカーレット』が公開された。今回、監督が真正面からテーマに据えたのは、これまで自身が扱ってこなかった“復讐”。コロナ禍後の世界で相次ぐ争い、報復の連鎖、そして“許し”という概念。16世紀の王女スカーレットと現代日本の看護師・聖の物語には、若者の不安が増す現代に向けたメッセージが込められている。監督が語る“復讐の先にあるもの”、そしてラストシーンに託した想いとは。
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■本作の大テーマ「復讐」と「許し」
――今回の作品を観客に届けるにあたっての思いをお聞かせください。
細田守監督(以下、細田):“ちゃんと届くのかどうか”という不安の中にいます。今回はさまざまな新しい挑戦をしましたので、なおさらです。ただ、できることはすべてやりきった、無事作り終えたという思いはあります。時間もかかりましたが、今はただ、観てくださる方に楽しんでいただけたらと願っています。
――改めて本作『果てしなきスカーレット』の企画の始まりや、テーマ、込めたメッセージについて教えてください。
【細田】今回は“復讐”をテーマにしました。これまで自分の作品で真正面から扱ったことのない題材でしたが、“報復の連鎖の先に何があるのか”を考えながら作りました。映画を作り始めたのは、コロナ禍が明けた頃。長い苦しみの時代が終わったと思ったら、今度は世界のあちこちで争いが立て続けに起こり、報復に次ぐ報復が繰り返されていく。その光景を見ながら、「この先、世界はどこへ向かうのだろう」と強く思ったんです。
復讐劇の元祖である『ハムレット』も意識しています。復讐劇には“憎む相手を倒して爽快感を得る”というエンターテインメント性がある。でも今の世界は、単純に善と悪に分けられるものではありません。それぞれに“正義”があり、復讐が成功しても、また別の復讐が生まれてしまう。その先にあるのは、結局“悲劇”ではないかと。制作には4年かかりました。その間に状況が変わっていればよかったのですが、むしろ複雑さが増していると感じることもありました。それでも、この作品が、今の世の中に不安を抱えている若い人たちに少しでも寄り添えるものになれば――そんな願いを込めています。
――復讐劇という大きなテーマがある一方で、本作には“赦す/許し”というキーワードも強く登場します。なぜここまで許しという概念を強調したのでしょうか。
【細田】『ハムレット』では、亡霊となった父親が息子に「許すな」と言います。そこから復讐が始まる。でも、もし「許せ」と言われたら、主人公であるハムレットはもっと悩むと思ったんです。「許すな」という言葉は復讐劇としては誰にとっても理解しやすい。でも「許せ」という言葉は、「どうしてあんな相手を許さなければいけないのか?」という葛藤を生み出すと思います。
現実の報復の連鎖の問題も同じで、許せないのは当然の感情です。ただ、許さないままでは復讐は永遠に終わらない。どこかで誰かが許しの方向に踏み出さなければ、永遠に続いてしまう。しかしそれでも許せない――そのジレンマこそがこの作品に込めたテーマです。
もし自分の娘が「父のために復讐したい」と思っていたら、父として僕は絶対にやめろと言います。気持ちはありがたいけれど、それで娘の人生が復讐に費やされてしまうのはあまりにももったいない。劇中の台詞と同じですが、本当にそう思うんです。
復讐を胸に生きれば、その人生は“復讐の人生”になってしまう。復讐劇としては盛り上がるのであろうけれど、当事者の人生を想像すると気の毒で仕方ない。自分や大切な人がその立場となったなら「それでいいのか」と必ず思うはずです。だから今回、「生きるべきか、死ぬべきか(To be or not to be, that is the question)」というハムレットの問いを、別の言葉に置き換えてスカーレットと聖のラストに託しました。あの2人の選択こそ、物語の核心です。
“許し”は人によって解釈が異なり、正解のないテーマです。だからこそ観客の皆さんにも、この映画を通してそれぞれの“許すとは何か”を考えていただけたらうれしい。押しつけではなく、一緒に考えるためのテーマとして置いたつもりです。
■『時をかける少女』との共通点と違い
――今を生きる女性と未来から来た男性という構図に、『時をかける少女』を重ねた人も多いと思います。
【細田】実は制作の途中まで、僕自身は似ていることに気づいていませんでした。プロデューサーに指摘されて初めて「確かにそうかもしれない」と思ったくらいです。“今”を生きる女性が未来から来た人物と出会い、未来を見つめ、人生の選択をしていく構造だけ見れば似ていますよね。ただし、制作した時代背景がまったく違っていると思ってい ます。
19年前、僕が『時をかける少女』を作った頃は、今よりも未来に希望を持ちやすかった気がします。若い人のバイタリティが未来を切り拓くという描き方が成立した時代だったと思います。しかし今の時代に、「若者が未来を変えてくれる」と期待するのは、どこか無責任に感じます。若者たちはSNSでの絶え間ない比較、価値観の急速な変化、民主主義そのものの揺らぎ……彼らはすでに十分すぎるほどの不安を背負い、生きづらさを感じている。だから今回の物語では、「がんばれ、未来を託したぞ!」というメッセージにはできなかったんです。
若者の背中を押すのではなく、未来がどうなるか分からない不安、正しいと思っていた価値観が揺らぐ感覚、それらを抱えながら、それでも前を向こうとする人たちに寄り添いながら、力となる物語を届けたい、という思いが自然と作品に宿っていったのだと思います。未来を託すのではなく、未来を諦めない。絶望的に見える世界でも、希望をつなぐための小さな選択。その積み重ねが、未来につながる。スカーレットと聖の選択には、そんな静かな意志を込めました。
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■本作の大テーマ「復讐」と「許し」
――今回の作品を観客に届けるにあたっての思いをお聞かせください。
細田守監督(以下、細田):“ちゃんと届くのかどうか”という不安の中にいます。今回はさまざまな新しい挑戦をしましたので、なおさらです。ただ、できることはすべてやりきった、無事作り終えたという思いはあります。時間もかかりましたが、今はただ、観てくださる方に楽しんでいただけたらと願っています。
――改めて本作『果てしなきスカーレット』の企画の始まりや、テーマ、込めたメッセージについて教えてください。
【細田】今回は“復讐”をテーマにしました。これまで自分の作品で真正面から扱ったことのない題材でしたが、“報復の連鎖の先に何があるのか”を考えながら作りました。映画を作り始めたのは、コロナ禍が明けた頃。長い苦しみの時代が終わったと思ったら、今度は世界のあちこちで争いが立て続けに起こり、報復に次ぐ報復が繰り返されていく。その光景を見ながら、「この先、世界はどこへ向かうのだろう」と強く思ったんです。
復讐劇の元祖である『ハムレット』も意識しています。復讐劇には“憎む相手を倒して爽快感を得る”というエンターテインメント性がある。でも今の世界は、単純に善と悪に分けられるものではありません。それぞれに“正義”があり、復讐が成功しても、また別の復讐が生まれてしまう。その先にあるのは、結局“悲劇”ではないかと。制作には4年かかりました。その間に状況が変わっていればよかったのですが、むしろ複雑さが増していると感じることもありました。それでも、この作品が、今の世の中に不安を抱えている若い人たちに少しでも寄り添えるものになれば――そんな願いを込めています。
――復讐劇という大きなテーマがある一方で、本作には“赦す/許し”というキーワードも強く登場します。なぜここまで許しという概念を強調したのでしょうか。
【細田】『ハムレット』では、亡霊となった父親が息子に「許すな」と言います。そこから復讐が始まる。でも、もし「許せ」と言われたら、主人公であるハムレットはもっと悩むと思ったんです。「許すな」という言葉は復讐劇としては誰にとっても理解しやすい。でも「許せ」という言葉は、「どうしてあんな相手を許さなければいけないのか?」という葛藤を生み出すと思います。
現実の報復の連鎖の問題も同じで、許せないのは当然の感情です。ただ、許さないままでは復讐は永遠に終わらない。どこかで誰かが許しの方向に踏み出さなければ、永遠に続いてしまう。しかしそれでも許せない――そのジレンマこそがこの作品に込めたテーマです。
もし自分の娘が「父のために復讐したい」と思っていたら、父として僕は絶対にやめろと言います。気持ちはありがたいけれど、それで娘の人生が復讐に費やされてしまうのはあまりにももったいない。劇中の台詞と同じですが、本当にそう思うんです。
復讐を胸に生きれば、その人生は“復讐の人生”になってしまう。復讐劇としては盛り上がるのであろうけれど、当事者の人生を想像すると気の毒で仕方ない。自分や大切な人がその立場となったなら「それでいいのか」と必ず思うはずです。だから今回、「生きるべきか、死ぬべきか(To be or not to be, that is the question)」というハムレットの問いを、別の言葉に置き換えてスカーレットと聖のラストに託しました。あの2人の選択こそ、物語の核心です。
“許し”は人によって解釈が異なり、正解のないテーマです。だからこそ観客の皆さんにも、この映画を通してそれぞれの“許すとは何か”を考えていただけたらうれしい。押しつけではなく、一緒に考えるためのテーマとして置いたつもりです。
■『時をかける少女』との共通点と違い
――今を生きる女性と未来から来た男性という構図に、『時をかける少女』を重ねた人も多いと思います。
【細田】実は制作の途中まで、僕自身は似ていることに気づいていませんでした。プロデューサーに指摘されて初めて「確かにそうかもしれない」と思ったくらいです。“今”を生きる女性が未来から来た人物と出会い、未来を見つめ、人生の選択をしていく構造だけ見れば似ていますよね。ただし、制作した時代背景がまったく違っていると思ってい ます。
19年前、僕が『時をかける少女』を作った頃は、今よりも未来に希望を持ちやすかった気がします。若い人のバイタリティが未来を切り拓くという描き方が成立した時代だったと思います。しかし今の時代に、「若者が未来を変えてくれる」と期待するのは、どこか無責任に感じます。若者たちはSNSでの絶え間ない比較、価値観の急速な変化、民主主義そのものの揺らぎ……彼らはすでに十分すぎるほどの不安を背負い、生きづらさを感じている。だから今回の物語では、「がんばれ、未来を託したぞ!」というメッセージにはできなかったんです。
若者の背中を押すのではなく、未来がどうなるか分からない不安、正しいと思っていた価値観が揺らぐ感覚、それらを抱えながら、それでも前を向こうとする人たちに寄り添いながら、力となる物語を届けたい、という思いが自然と作品に宿っていったのだと思います。未来を託すのではなく、未来を諦めない。絶望的に見える世界でも、希望をつなぐための小さな選択。その積み重ねが、未来につながる。スカーレットと聖の選択には、そんな静かな意志を込めました。
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