リップバームの製造にも水素!? 山梨に世界9カ国が集結、水素社会の実現に向けた課題を議論
2026-10-23 14:31:58

リップバームやコーヒーの製造にも、水素が使われ始めている。次世代エネルギーとして期待される水素は、燃料電池車や発電設備だけでなく、少しずつ身近な製品にも関わるようになってきた。
10月20日、山梨県北杜市で「富士ハイドロジェン・サミット2026」の本会議が開かれた。山梨県が主催し、東京都と山梨大学が共催。日本を含む世界9カ国から約250人が参加し、水素の活用を広げるための取り組みや、実用化の壁について議論した。
会場では知事同士の対談に加え、企業経営層や研究者が、それぞれ異なる立場から水素の現在地を語った。
山梨と東京が連携、水素を「作る・使う」仕組みを街へ

開会宣言で長崎幸太郎山梨県知事が強調したのは、水素の研究成果を披露するだけでなく、実際に使う中で直面した課題を共有することだった。
山梨県が進めてきたのは、再生可能エネルギーで発電した電気から水素を作る「P2G(パワー・ツー・ガス)」の仕組み。水素として貯蔵し、必要に応じて燃料に利用できる。県内ではサントリーの白州工場で水素の熱利用が始まっているほか、コーセーの南アルプス工場でも、化粧品の製造工程にグリーン水素が使われている。

続く知事対談には小池百合子東京都知事が登壇。東京都と山梨県は2022年からグリーン水素の活用に向けて連携し、東京・京浜島でも都市部で水素を製造、利用する取り組みを進めている。
小池知事は、水素を「作る・運ぶ・使う・つなぐ」という視点から、都営バスなどの商用車や建物の熱供給への活用に言及。大きな需要がある東京と、技術や運用の知見を蓄積した山梨が協力する意義を語った。
対談では意外な製品も紹介された。東京都が資生堂などの企業と共同開発した「TOKYO LIP BALM」だ。東京都産のグリーン水素を保湿成分の製造工程に活用しており、水素の身近な利用例として注目される。
また、水素を燃料にした調理やコーヒー焙煎も例に挙がった。水素そのものを消費者が手にするわけではなくても、暮らしの裏側で利用する場面は広がりつつある。
技術はあっても採算が合わない? 企業が語る普及の壁

一方、水素を使う設備が開発されても、普及が自動的に進むわけではない。既存の燃料より価格が高く、需要と供給の両方を育てる必要があるからだ。
経済産業省の講演では、水素と既存燃料の価格差を補う支援制度や、商用車と水素ステーションの普及を一体的に進める「水素大動脈構想」が紹介された。車両が増えなければステーションは採算が取れず、ステーションが少なければ車両も普及しない。この行き詰まりを解く狙いだ。
午後の対談「水素ビジネスの成立条件」には、カナデビア、サントリーホールディングス、トヨタ自動車の関係者が登壇した。

サントリーはウイスキーや飲料の製造で熱を使うため、その脱炭素化にも水素を役立てようとしている。しかし、水素の使用には設備投資も欠かせない。
同社の浅木純氏は、水素の価格や供給の見通しが立たない中で、企業が投資を判断する難しさを指摘。水素を作る企業、使う企業、行政が一緒にリスクを担う必要性を訴えた。
水素を作れることと、事業として使い続けられることは別問題だ。技術に加え、価格を下げ、安定供給と需要を確保する仕組みが問われている。
ノーベル化学賞の北川進教授、分子を貯める「小さな空間」を紹介

午後には、2025年のノーベル化学賞を受賞した京都大学の北川進特別教授が登壇。「持続可能な未来に向けた分子空間の設計」をテーマに講演した。
北川教授が研究してきたのは、極めて小さな穴を持つ材料「MOF(金属有機構造体)」だ。従来の常識では、内部に空間が多い材料は壊れやすいと考えられていたが、安定した構造を実現し、目的に合わせて穴を設計できることを示した。
さらに、周囲の環境に応じて構造が変化する性質も発見。講演では、気体が一定の圧力に達すると「開けごま」のように空間が開き、分子を取り込む仕組みをユーモラスに説明した。
こうした特性は、ガスの分離や貯蔵などへの応用が期待されている。会場では、MOFを活用した小型のガス貯蔵容器「CubiTan(キュビタン)」も紹介された。
一方、研究室で優れた材料を作ることと、実用的な製品にすることは別の課題だ。北川教授は、材料の加工や装置開発を進めるために、企業やスタートアップとの連携が欠かせないと説明した。
「石油を奪い合う時代」からの転換へ 田坂広志氏が訴えたこと

サミット議長を務めた山梨県知事特別顧問の田坂広志氏は、世界のエネルギー事情に強い危機感を示した。
化石燃料への依存は地球温暖化だけでなく、国際紛争による供給不安や経済の混乱にもつながる。田坂氏は、再生可能エネルギーを活用し、水素として蓄えて利用することが、各地域のエネルギー自立に役立つと訴えた。

特に力を込めたのが、水素の普及に向けた行政の役割だ。
水素は既存の燃料より価格が高い。しかし、化石燃料の利用によって生じる環境被害など、価格に表れない社会的な負担も考える必要があるという。
そのうえで、市場が立ち上がるための火つけ役となる「イグニッション・プロジェクト」を、政府や自治体が主導する重要性を強調した。
また、「アテンション・エコノミー(関心経済)」にも言及。優れた技術があっても、世の中の注目や共感を集めなければ普及は進まないと語り、水素社会の実現に向けた大きなビジョンを示す必要性を訴えた。

このほか、水素への理解を広げる取り組みとして、山梨県は同日、公式キャラクター「水素のスイチョ」が主人公の絵本の完成を発表した。
子どもたちがグリーン水素について楽しく学べる内容で、県内の教育・保育施設や図書館などへの配布も予定している。
水素社会の実現へ、山梨から世界につながる挑戦

今回のサミットでは、インドやブラジル、フィンランドなど各国の先進事例も紹介され、地域ごとに異なる取り組みや共通の課題が共有された。山梨県でも産官学の水素コンソーシアム「LIGHT」を設立し、人材育成や知見の共有を進めている。
水素社会の実現には、製造コストや供給体制など、まだ多くの課題が残されている。一方で、工場や街ではすでに実用化が進み、身近な製品への活用も広がり始めた。
研究成果を事業につなげる企業の挑戦、普及を後押しする行政、そして技術への理解を深める生活者。それぞれの取り組みが結びつくことで、水素社会は少しずつ現実のものになっていくのだろう。
富士ハイドロジェン・サミット2026特設ページ:https://www.fuji-hydrogen-summit2026.com/
情報提供元: マガジンサミット