「静かなる退職」が企業に突きつける問いとは? ── ロードフロンティア 並木将央氏に聞く、組織と個人が“活きる”ための活学とは?
2025-07-30 15:00:31
「業務時間外の連絡には反応しない」「必要最低限の業務しかしない」「昇進・昇格に興味を示さない」——こうした行動が、多くの企業で見られるようになってきました。
通称「静かなる退職(Quiet Quitting)」と呼ばれるこの現象は、いまや社会問題にもなっています。
日本経済団体連合会の調査でも、エンゲージメントが低いと答えた企業は全体の約7割にのぼります。
︎ 出典:日本経済団体連合会「2025年度 新卒採用等に関するアンケート結果」
この静かに広がる“危機”に対して、企業はどう向き合うべきなのでしょうか。
今回は、この問題に詳しい株式会社ロードフロンティア 代表取締役・並木将央氏に、その背景と組織が取り組むべき具体的なアプローチについて伺いました。
Q:「静かなる退職」とは、実際にどのような現象なのでしょうか?

並木氏:
「業務時間外の連絡には応じない」「最低限の業務しかしない」「昇進にも興味を示さない」形式的には職に就いているものの、内面的にはすでに会社の成長への興味から“離脱”している状態です。私はよく、「会社に対する仮面夫婦のような状態」と表現しています。背景には、時代の変化により“実存的虚無感”を抱える人が増えていることがあると私は考えています。
Q:これはモチベーションの問題なのでしょうか?
並木氏:
この実態を正しく理解するためには、現代社会における「人と組織の関係性」を捉えることが重要です。 私は社会を「自分―家族―会社―地域―国家」の5つの層で捉えるモデルを提唱しています。
かつてはこの5層がバランスよく機能しており、個人もそれぞれと健全な関係を築いていました。しかし今では、この構造が家族や地域が弱まり大きく歪み、特に“会社”への依存度が極端に高まっていると感じています。
家庭は希薄化し、地域社会との接点は失われ、国家への帰属意識も低下する中で、個人は自らの存在意義を「仕事」や「役割」だけに委ねがちになります。その結果、例えば「こんなにがんばってなんで仕事してるんだろ?」といった仕事や役割に疑問を持つことで虚無感に陥る人が増え、負の連鎖が起きているのです。
つまり「静かなる退職」は、単なるモチベーション低下ではなく、社会構造の歪みに起因する構造的な問題なのです。
さらに深掘りすると、戦後日本の社会モデルは“右肩上がりの経済成長”を前提に成り立っていました。学歴を手に有名企業へ就職し、家庭を持ち、定年まで安定した暮らしを送る、その人生設計こそが“正解”とされていたのです。
しかし今やモノやサービスは溢れ、物質的に満たされた社会となりました。価値観は多様化し、「幸せの定義」自体が変化しています。終身雇用や年功序列といった制度も崩壊し、ジョブ型雇用が台頭するなど、社会構造は大きく転換しているのです。
ところが、家庭も学校も企業も、そうした変化に十分対応できていないのが現状です。そのため、多くの人がいまだに旧来型の人生モデルを追い続けてしまい、社会とのギャップに苦しむことになります。
AIをはじめとした知的労働の内容の変化が大きい成熟社会では、学校で学んだことがそのままでは実社会では役立たないというギャップも起きていますし、SNSやゲームがユーチューバーやeスポーツという新たな職業も生まれてくる。楽にやりがいが手に入りそうな雰囲気の中、従来のやり方で“頑張る理由”が見えづらくなっているという背景もございます。
また、これまで決められたことにずっと縛られてきた人が、その縛りがなくなった瞬間に何をやっていいのかがわからない、といった状況も生み出しています。これにより実存的虚無感を抱く人が続出しているのです。
このような実態は、社会全体が、個人の実存的な不安に対して十分なケアをしてこなかった代償であり、「静かなる退職」というような現象が生まれているのではないでしょうか。
Q:どのような対策が必要でしょうか?
並木氏:
まず必要なのは、「自分が何者か」を理解することです。
自分を車に例えるなら、多くの人は自分の“車の構造”を理解しないまま、与えられた道をただ走らされています。「山を登れ」「街を走れ」と言われても、自分の車の性能や運転方法、適切なメンテナンスが分からなければ、いずれ事故や故障するのは当然です。
一方で、「好きな道を走れ」と言われても、どこを走ればよいのか、どう走ればよいのかが分からない、そうした戸惑いも生まれます。
Q:そこで「活学」が重要になるということですね?
並木氏:
はい、その通りです。
活学とは一言で言えば、「実存的虚無感の消し方がわかる学問」です。
ただし、実存的虚無感の原因は人それぞれであり、表面的なアプローチではなく根源的な理解と解決が必要です。
そのため、活学には一般的なこうしなさい、これさえやればOKといった「How to」は一切書かれていません。
扱うのは、「なぜ人は働くのか」「幸せとは何か」「自分はどのように生きて幸せになりたいのか」といった、極めて本質的で実存的な問いです。
私の著書『自分で自分のファンになる 世界と私を調和させる「活学」の授業』にも、明確な“答え”は書いていません。読んでいく中で自ら見つけていくことができるようになっています。あるのは、「自分という存在をどのように理解し、どう活かすか」を考えるための“問い”なのです。
Q:なぜそれが、今の時代にとって重要なのでしょうか?
並木氏:
これまでの誰かに与えられた“正解”が機能しなくなった成熟社会では、「問いを持つ力」が求められる時代に入ったからです。
生成AIの登場により、知識や情報へのアクセスはかつてないほど簡単になり与えられる正解と思われるものは容易に手に入るようになりました。しかし自分固有に対する答えは手に入りません。もはや「知ること」そのものの価値は相対的に下がり、「どのように意味づけるか」が問われる時代へとシフトしています。
「情報の時代には、蛇口をひねれば“知識”が出てきました。ですが、AIの時代にその蛇口をひねると、出てくるのは“生き方”なのです」。
しかし、AIには「意味づけ」や「価値判断」はできません。だからこそ、それは人間の本質的な役割になります。
自己理解を深め、自分の価値観や欲求を言語化し、それを社会や組織の中でどう位置づけていくか、それこそが活学の核心であり、今後のビジネスの土台となるものなのです。
Q:活学をビジネスや経営に落とし込むと、どのような課題を解決できますか?
並木氏:
現在起きている多くの人的課題の根本解決につながると考えています。
スキル研修や制度改革など“外部”からのアプローチだけでは、社員のエンゲージメントや組織文化の変革に限界があります。
むしろ重要なのは、社員一人ひとりが「自分は何者か」を理解し、その理解に基づいて自律的に行動できるかどうか、その上で会社はどれだけ社員をサポートし、社員の力を借りて会社を経営していくかです。
企業は、社員が“自分という車”の構造を理解し、最適な道を走れるよう支援できているか。
この「成熟社会経営と活学の融合」こそが、今後の組織の競争力の源泉になると私は考えています。
企業の成長とは、社員一人ひとりの“活きる力”の総和です。
そしてその出発点にあるのは、やはり“問い”なのです。
「自分はなぜ働くのか?」「どんな人生を望むのか?」
この問いと向き合うことなくして、持続可能なキャリアも、健全な組織も築くことはできません。
並木氏が「活学」を通して私たちに突きつけるのは、時代や環境がどう変化しようとも、すべての出発点は「自分の内側にある問い」であるという事実です。
人が“活きる”とは、自分という存在に意味を見出し、他者や社会との関わりの中で、自分なりの価値を創造していく営みなのではないでしょうか。
そしてそれは、誰かに与えられるものではなく、自ら掘り起こし、耕していくもの。
成熟社会を生きる私たちにとって、「活学」はもはや単なる思索ではなく、ビジネスの未来そのものを考えるための“不可欠な視座"となるでしょう。
■プロフィール

並木将央(なみきまさお)
株式会社ロードフロンティア代表取締役。
1975年、東京都出身。東京理科大学大学院の電気工学専攻修士課程を修了後、日本テキサス・インスツルメンツの筑波研究開発センターに入所。2011年に法政大学専門職大学院イノベーション・マネジメント研究科を修了し、中小企業診断士資格およびMBAを取得。同年にコンサルティング支援を中心とした事業を展開するロードフロンティアを設立。
成熟社会における経営課題の専門家として、企業セミナーや大学での講演など、幅広く行う。
主な出版物として
「成熟社会のビジネスシフト」(総合法令出版)
『自分で自分のファンになる 世界と私を調和させる「活学」の授業』(クロスメディア・パブリッシング)
情報提供元: マガジンサミット