E START

E START トップページ > 国内 > ニュース > 婚約から2日後に余命宣告…21歳、希少がんが発覚した女性の想い「病気をマイナスな経験で終わらせたくない」

婚約から2日後に余命宣告…21歳、希少がんが発覚した女性の想い「病気をマイナスな経験で終わらせたくない」

国内
2025-11-29 09:00
婚約から2日後に余命宣告…21歳、希少がんが発覚した女性の想い「病気をマイナスな経験で終わらせたくない」
希少がんについて動画発信するうーたんさん(@u_tann._.nikkiより)
 21歳で希少がんの末期癌であることが発覚したうーたん日記さん。余命宣告を受けたのは婚約からわずか2日後だったといいます。そんな過酷な自身の実体験を赤裸々に語ったYouTube動画には、「病気になった時にはじめて普段の当たり前がとんでもない幸せだったときづかされた」「こんな優しい方…思い伝えてくれてありがとう」「一つ一つの言葉がとても心にしみました」など多くの声が寄せられました。発症当時の状況ことから現在の心境に至るまで、投稿者・うーたんさんに話を聞きました。

【写真】髪の毛が抜けてしまっても、ハーフアップに…ウィッグでおしゃれを楽しむうーたんさん

■プロポーズ2日後に肺多発転移が発覚「無意識に若いから大丈夫だろうと思っていた」

――動画の反響についてどう感じていらっしゃいますか。

「正直、たくさんの方に届いてほしいとは思っておりましたが、実際にこんなにも多くの方に動画を観ていただけるとは思っておらず、びっくりしました。たくさんの方が温かく嬉しいコメントをくださり、本当に嬉しいです。同じように病気で辛い思いをしている方や、病気でなくても悩みながら日々過ごされている方に、私が一生懸命生きる姿をありのままお届けすることで、参考にしていただいたり、『大変な中頑張っているのはひとりじゃない』と思ってもらえたらと思い、発信を始めました。しかし今では、多くの方のコメントや応援で、私のほうが皆様に元気や勇気をいただいていると、しみじみ感じています。本当に感謝の気持ちでいっぱいです!」

――高校生の頃から、首に激痛があることをきっかけに原因不明の体の痛みに悩まれていたそうですね。

「日々痛みが増し、不安で仕方なかったです。病気だと分かることも怖かったですが、それ以上に、あまりにも痛みが強すぎて寝られない日々が続き、日常生活もままならなくなっていたため、とにかく早く正しい診断をしてほしい、早く診断してもらって楽になりたいと思っていました。耳下腺腫瘍が発覚した時は、今振り返れば癌なので、転移している可能性があることを当然考えるべきなのですが、無意識に『自分は若いから大丈夫だろう』と思ってしまっていたからか、転移している可能性を全く頭に置いていませんでした」

――肺多発転移が発覚したのは、プロポーズ2日後だったと。

「診察室で肺多発転移について告げられた時、彼への申し訳なさと同時に、『絶対に彼のためにも家族のためにも、そして親友のためにも、やれることは全部やって長生きしたい』と強く思っていました。それでも、その強い気持ちと、病気や将来への不安とで数秒ごとに気持ちが乱高下し、絶望して大泣きしたり、『頑張るぞ!』と意気込んだりを繰り返す日々でした。

今でも診察で想定よりマイナスな結果を聞くこともしばしばあり、診察に行く度に現実を突きつけられ、その日は絶望してよく泣いてしまいます。それでも家族、恋人、親友が支えてくれ、視聴者の方々がエールをくださるおかげで、なんとか前を向いて頑張れています」

■抗がん剤治療を機に動画発信「病気をマイナスな経験で終わらせたくない」

――体調が芳しくないなかでも都度経過報告を動画で発信されております。ご自身の病気についてSNSで発信されようと思われたのはどういった背景からでしたか?

「元々、この病気の経験をマイナスな経験で終わらせたくないという気持ちがあり、誰かの役に立つかなと思い、診断を受けてから日記や画像で記録を続けていました。顔出しに抵抗があり、文面でブログなどをすることも考えたのですが、私の治療は顔の神経や顎の骨を取り、足からそれらを再建(移植)する治療を含んでいるため、顔が麻痺しています。治療の現実や困りごと、工夫などを発信する上では、動画での発信が最も伝えやすいと考え、動画で発信することにしました」

――発信のタイミングには何かきっかけがあったのでしょうか?

「媒体を決めたものの中々踏み切れずにいましたが、今回抗がん剤治療をしなければならないことになり、抗がん剤治療には脱毛・免疫低下など多くの副作用が起きるため、記録に残し発信するなら今踏み出すしかないと思い、それをきっかけに発信を始めました。ちなみに、抗がん剤治療を始めた理由は、思ったよりも肺の進行が早いと分かったからです。あとどれくらい生きられるかわからないと改めて感じ、『やってみようと思うことは早く始めよう』と思いました」

――現在のご状況はいかがでしょうか。

「麻痺があり、思った表情にできなかったり、口がほんの少ししか開かなかったりします。特に寒くなると麻痺側の筋肉がこわばり、ますます表情が硬くなります。巨峰、ミニトマト、お寿司なども小さくしないと口に入らないので、食べる時に綺麗に食べられません。普通のサイズでは奥まで入らないので、歯ブラシもヘッドが小さいものを選んで使っています。治療した側の目の神経にも少し影響が残るのか、日によって思うように目が開かず、左右非対称な顔になってしまう日もあります」

――日常生活を送る上で大変なことなどはありますか?

「現在は抗がん剤治療もしたため脱毛にも悩まされています。頭はもちろん、まつ毛、眉毛、鼻毛…。体のためにも見た目的にも必要な毛すら全部なくなってしまいました。化粧やウィッグのカットの仕方でなんとかリカバリーできないか、日々試行錯誤しています! それでも、執刀してくださった先生の素晴らしい腕と、術後から1日も欠かさず続けてきたマッサージのおかげもあり、術後に比べるとだいぶ元の顔に戻ってきました。先生には本当に感謝です」

■大事な人を意識して過ごすことを大切に「SNSでアップし続けることで、誰かの希望になれたら」

――SNSでの発信や、フォロワーの存在などによって、ご自身の中で病気、生き方への向き合い方にどのような変化がありましたか。

「自分が誰かのためにと始めた発信でしたが、たくさんの方が動画を観てくださり、コメントで温かなエールをくださって、私のほうがたくさん元気づけてもらっていると日々感じます。将来のことが怖くなったり、「なぜ私が…」とネガティブな気持ちになってしまう日も、皆様のコメントを読み、頑張ろうと思えています。心から感謝の気持ちでいっぱいです」

――治療で心が折れそうなときに心の拠り所にしているものはありますか。

「やはり、家族や恋人、親友の存在ですね。美味しいものを食べたり温泉に入ったり、たわいもない会話をして過ごすと、また頑張ろうと思えたりします。また、兄弟が遠方で自分の道を頑張っていること、『頑張れ』とメッセージをくれることも力になっています。彼らの未来をもっと見たい、応援したいと思い、私もまた頑張ろうと思えます」

――SNSでは、「家族や友人などには近しい存在だからこそ、心配かけたくないという思いがあってなかなか相談しづらい」ともお話されていました。そんなときは看護師さんにお話を聞いてもらっていたとのことですが、今うーたんさんと同じように闘病されている方へどのような言葉をかけていきたいですか?

「近しい人に話せないことがあって当たり前なのかなと思います。かといって、話が重たすぎて他の誰かに話しても相手を困らせてしまうかなとか、結局答えを出すのは自分だしと、誰かに相談するのを諦めてしまう方も多いと思います。確かに、誰かに話しても解決できないこともありますが、話すだけで一時的に気持ちが楽になったり、新しいことに目を向けるきっかけになったりすると思います。私は実際にそうでした。家族や友人よりは少し遠いけれど、自分の状況を分かってくださっている看護師さんやお医者さんに相談してみるのも、相談しやすいかなと個人的に思います」

――最後に今後の目標を教えてください。

「まずは、今している治療をやれるだけやることが目標です。治療は身体がついてこないと中止したり、薬の量を減らさなければいけないこともあります。そのため、できる限り最大量で長く治療を受けられるよう、バランスよく食べて、寝て、運動して…というのがまず私のすべきことだと思っています。そして、これらの治療の実際の様子や工夫できること、リアルな思いなどを記録に残し、SNSでアップし続けることで、誰かの希望になれたらと思っています。

また、『大事な人を意識して大事にすること』も大切にして過ごしています。家族、恋人、友人に日々感謝を伝えることはもちろん、小さなサプライズをしたり、体調と相談しながらも皆とたくさん一緒に時間を過ごせるようにしています」


関連記事


【動画】見逃してしまった癌の前兆…自身の経験を赤裸々に告白するうーたんさん
【写真】斜視手術に成功…さらに美人度が増したアリシアさん、現在の姿は?
【写真】片足が2倍の太さに腫れている、安岡桜子さんの足元…「原発性リンパ浮腫」の症状とは?
【写真】19歳で片目消失、現在はシンガーとして活動し大きな舞台で堂々と歌を披露するかたのめいさん
【画像】「まるで妖精のよう…」アルビノの双子として誕生、りり香さんの赤ちゃん時代から姉妹写真、ウェディングドレス姿まで

ページの先頭へ